第85話

建造物と言うのは人が住まなくなると途端に痛み出す。王都の建造物もその例外ではなく10年ほどしか無人の時期がなかったというのにその外装は白かったであろう壁は灰色にくすみ色あせ崩れ100年近く前からあったような朽ち方をしていた。

多くの馬車や人が行きかっていた大通りに人影はなく、敷かれた石畳もいたるところに大小様々な穴が開き陥没している。ただ無人の広いだけの路地をヒュオーと悲鳴のような風が吹き抜けていく。

風景を眺めるアイナの目元に薄っすら浮かんだ涙をキキが優しく拭う。言葉はなくとも励ます気持ちは通じるもの。キキの手を取りアイナは弱々しくだが微笑んだ。


王城は王都北側の山を背にしたところに聳え立っていた。私達が通ってきたのは南門。王城から最も離れた門。そこから王城までの道のりが半ばほどまで進んだところで吹雪く風の悲鳴以外の音が混じりだした。どこからともなくズルズルと複数の人物が足を引きずるような音が聞こえてくる。音と共に姿を現したのはかろうじて服の形を保ったボロ布を纏った青白い肌に虚ろな瞳の人々だった。


生きる死者リビングデッドか」


ノティヴァンが苦虫を噛んだような顔で呟いた。


ゾンビにも種類がある。一般的には腐敗が進んだものをゾンビと言い、生前とほぼ同じ姿を保っているものを生きる死者リビングデッドっと呼ばれている。同じ不死族の低位でもその中にも序列がある。最も低いのが骸骨スケルトン次いでゾンビ、その次が生きる死者リビングデッドで私の種族、生きる鎧リビングアーマーは低位の中では上位にあたる。


どこにこんなにいたのかと思うほどの生きる死者リビングデッドが私達の周りを囲み埋め尽くしていた。


呻きながら近づく生きる死者リビングデッドの包囲網は徐々に狭まっていく。ただ、呻きながら近づいてくる生きる死者リビングデッド達。人族の間では不死者アンデッドは喋らないとされているが、私は変異種ユニークだから例外としても翁も普通に話している。そしてそれは生きる死者リビングデッド達にも言えた。近づいてくる彼らは口々に自身の思いを吐き出していた。


【あぁ、生きている人だ。なんて美味そうなんだろう】


食欲に忠実な者


【あの槍で突かれてしまうの?怖い怖い】


恐怖を訴える者


【早く逃げて。身体が言うことをきかないの】


上位者の命で動かされながらも私達を気遣う者。


『ノティヴァン、彼らの声が聞こえないか?』


背中合わせに立つノティヴァンに尋ねれば予想通りの答えが返ってくる。


「いや、呻り声しか聞こえないが…」


『キキは聞こえないか?』


私の問いにキキは首を横に振って答える。やっぱりそうか…。キキの竜の声も魔物か魔力を感じられるものにしか聞こえない。生きる死者リビングデッド達の声はその声同様、いや同族の不死者アンデッドにしか聞こえないのかもしれない。


無数に迫ってくる青白い手をノティヴァンはアイナを庇いながら槍で切り払らう。切り払われた生きる死者リビングデッド達の悲鳴が私の耳に響く。

こんな声を聞いてしまっては剣を抜けない。私はキキに迫る無数の手を引き剥がしては投げ飛ばしていた。

こんなのを相手にしていたらいくら時間があっても足りない。私達は王城へ向かわなければならないのに。気が急いて来たのは私だけではなかった。


「これじゃ、埒が明かない。突破口を開く!一気に駆け抜けるぞ」


言うとノティヴァンの握る槍の穂先が緑色に煌々と輝き始める。


「悪いな。生きてる奴を守るのが勇者の仕事なんだよ」


唇を噛みながらノティヴァンは小さく呟くと同時に横なぎに一閃槍を振るう。振るわれた槍から発せられた衝撃波が生きる死者リビングデッドの壁を打ち破りその先にある建造物までも破壊し瓦礫と変える。

道は開かれた。

アイナを担ぎ駆け出すノティヴァンの後ろをキキを抱えて追いかける。その私の後ろには黒い靄の塊がゆっくりと確実に追いかけてきていた。

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