第74話
船が出港し私達は割り当てられた客室で暫しく寛いでいると、徐にラミナが鞄から丸薬の入った小瓶を取り出した。
『何の薬だい?』
「船酔い止めの薬よ」
ラミナは答えると丸薬を1粒口に放りこみ、持っていたカップの水と一緒に飲み込むとむーっと顔を顰めた。
「うーん、やっぱり美味しくないわ。でも、飲まないともっとひどい目にあうからね。貴方達も飲んでおきなさい」
ラミナに丸薬を渡されたソアレとキキは飲む前から既に顔が険しくなっていた。
「母さん、飲まないとダメ?」
ソアレが念を押すように聞くとにべもなくラミナは「ダメ」と答えた。
「どうしても?」
尚もキキが食い下がるが答えは「ダメ」の一点張りだった。
観念した2人はしぶしぶ丸薬を飲み下し、そろって「不味い!!」と絶叫しながら顔を顰めた。
口直しに鞄の中にしまっておいたお菓子をキャーキャー騒ぎながら探す子供達を眺めているとラミナの不憫なものを見るような視線に気付いた。
『何だいそんな目で…』
聞いて数瞬で私はラミナの視線の意味に気付いてしまった。
私は薬を飲むことが出来ない。それはこれから訪れるであろう、ひどい船酔いにあうことを意味していた。
気付き思わず天を仰ぐ私の肩を憐憫を含んだ微笑を浮かべたラミナがポンと軽く叩く。
「がんばってね。私、勇者とバートさんにも渡してくるから
気休めの声援を私に送るとラミナは別の客室にいる勇者達の元に向かった。
1日目、2日目は天候も良く波も穏やかで船は揺り篭程度に心地よく揺れる程度。平衡感覚の乱れで多少、身体がふわふわするぐらいでひどく酔うようなことはなかった。
二日目の皆が寝静まった頃。漆黒の空には瞬く星が輝く空の下、私は無人の甲板の上でなるべく音を立てずに型の復習をしていた。
一振り一振り正確に忠実に記憶にある翁の動きをなぞる。それははたから見れば演武を舞っているようにも見えた。
「綺麗ですね」
不意に声をかけられ振り返るとそこにいたのは神官の少女、アイナだった。
『眠れないんですか?』
双剣を鞘に収め手が届くか届かないかぐらいまで歩み寄り尋ねれば、アイナは目を伏せながら答えた。
「はい。怖くて怖くて眠れないのです」
『何が怖いんです?』
「これから自分が成そうとすることが…」
この少女は何を成すつもりなのか。尋ねたところでこの調子では答えが返ってくる可能性は低いだろう。
『貴女が何を成そうとしているのか私には分かりませんが、成すと決意したのなら覚悟を決めて行うまでです』
私だってこの旅の先に在る結果を知るのが怖い。それでも会いに行くと決めたのだ。何があろうと必ずソアレを魔王陛下に合わせると。
「そう…ですね、そうですよね。私、怖いけど精一杯頑張ってみます」
そう言うアイナの瞳に怯えは消え、決意の炎が点っていた。
「話し相手になってくださり、ありがとうございました」
ぺこりと頭を下げ客室に戻っていく少女の顔はどこか晴れやかだった。願わくば彼女が成そうとすることで不幸になる人が現れないことを祈りながら私は少女の後姿を見送った。
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