第73話
目が覚め隣を見れば愛しい人の安らかな寝顔があった。起こさないように軽く伸びをして私はそっと窓を開いた。
夜明けが近い。星はそのみを潜め、東の空は薄っすらと白んできていた。
そんな時間でも眼下に広がる港には赤、青、黄、緑と鮮やかな帆を張った多くの船が停泊していた。
帆の色はこれから旅立つ国の色を示している。赤なら火の国、黄なら地の国、緑は風の国と。青は他国からこの水の国に戻ってきたものをあらわしていた。
港に停泊するの船の殆んどが商売のために物資を運ぶ貨物船や漁のための漁船で旅客船はあまり無かった。
数は少ないとはいえ在る旅客船も赤や緑の帆のものは大きく立派な造りであるのに比べて黄色の帆、地の国行きのものはかなり小柄なものになっていた。
どうやら、地の国に旅行に行くものは少ないようだ。
少し、ここで昔話をしよう。
昔々、まだ人と魔物が共存していた時代。
今と同じ、空は翼あるモノ達が支配し、翼無きものは侵入を許されてはいない。踏み込めば瞬く間に竜族や怪鳥などに叩き落され地に沈んでいった。
海もまたそこに住まうモノ達が支配していた。中には人族に友好的なものもいたが、全てが人の理が通じる物ではなかった。
そんな世界で生み出された転移陣は世界を繋ぎ、人々は距離に応じた代金を払うことで安全に世界を回ることを可能にした。
しかし、魔物との共存が失われたことで転移陣は使えなくなった。正確には生贄を用いることでしか使用できなくなった。
その時代の転移陣は魔物用に作られており、魔力を膨大に持つ魔物にはたいした量の魔力ではなかったが、人が用いるには命をその魂の全てを魔力に代えなければならなかった。そのような運用を見た光の女神は嘆き悲しみ、人から転移陣の技術を取り上げた。
それから長い時間が経ち、人は人が扱える転移陣を生み出した。
しかし、転移陣は世界を繋ぐことは出来なかった。
私達に理由は分からない。光の女神は人が転移陣で世界を繋ぐ事を禁じ、少しばかりの恩情で国内でのみの運用が人に許された。
そして現在、各国間の移動は危険と日数を伴う海路でのみとなった。
それは現在でも変わることは無かった。
朝食を終え都主達に見送られ私達は馬車で港へ向かった。
馬車の車窓からこれから乗る船の姿が見えてきた。
あの船に乗るのかと、そんなことを考えてるうちに船はみるみる近づき気付けば眼前にその姿があった。
馬車から降り立ち乗船する船の前に移動した私達に
「旅のご無事をお祈りしています」
とここまで送ってくれた馬車の御者が別れの言葉を告げる。
「勿論、無事に帰ってきますよ」
勇者が元気良く笑顔で御者に返すと心配げな面持ちだった御者は笑顔で手を振り都主の館へと戻っていった。
「これが俺達の乗る船か~」
勇者が見上げた船は鮮やかな黄色の帆を持つ乗員10人ほどの小柄だか下品にならない程度の装飾が施された立派な客船。勇者を送り出すに相応しい船と言えるものだった。
「お待ちしておりました、勇者様」
船のタラップを渡って現れたのは口ひげを生やし
船員たちは勇者の前に横一列に並ぶと左から船長の
「俺は船長のジベック、こいつがナーウィス」
と隣に立つ眼鏡の青年を指差し、
「あっちのがガラジスで」
指差された中年男性はむすっとした顔をさらに顰めた。
「わしはファケレと言います」
自ら名乗ったファケレ老はソアレとキキの姿をみると楽しそうに細められた目をさらに細めた。
「坊ちゃん、お嬢ちゃん達も一緒に行くのかい?」
ファケレ老の問いにソアレが頷き「そーだよ」とキキが答えると
「そうかいそうかい。あっちにつくまで美味しいものを一杯食べさせてあげるよ」
「やったー」と素直に喜ぶキキを微笑ましく見つめながら、ファケレ老は勇者の方を向くと不安げな表情で尋ねた。
「勇者様、あの子供たちも魔王討伐に一緒に向かわれるのですか?」
ファケレ老の問いに真っ先に答えたのは勇者ではなく微笑を浮かべたソアレだった。
「ファケレおじいちゃん、僕たちは勇者様の厚意で一緒に地の国のおばさんのところに行くんだ。おばさんあまり容態が良くないからって話を勇者様が聞いて、それなら一緒に行こうって誘ってくれたんだ。勇者様ってホント親切な方だよね」
話し終えるとにっこりソアレは勇者に向かって微笑む。「そうそう」と勇者はどこかぎこちない笑顔を浮べながら頷いた。
ソアレのあまりにも自然な対応に内心驚く私と明らかにえ?そうだったのと挙動不審になってるキキに対してラミナも自然な笑みを浮べながら
「本当に勇者様には感謝しております」
と頭を下げた。ソアレの嘘を船員たちは素直に信じたのか「流石は勇者様ですな」と持て囃し、勇者はそれを頭をかきながら気恥ずかしげ聞いていた。
ボーンボーンとどこかで鐘が7回鳴った。それを聞いた船長が徐に懐中時計を懐から取り出す。
「出立の時間だ。さ、勇者様方船に乗ってください」
船長が足早にタラップを跨ぎ船に乗り込むと船員たちもそれに続いた。
「俺たちも行こう」
勇者を先頭にバート、私、ラミナ、ソアレ、キキとその後に続き船に乗り込んだ。
全員が乗り込んだのを確認するとタラップは自然に船に回収されようとしているところで「待って下さい!!」と船の後方から若い女性の声が投げかけられた。
声の方を見れば腰まである紺色の髪を背中の中ほどで纏め、純白の神官服に身を包んだ十代後半だろうか?
少女は黒曜石のように輝く瞳に涙を浮べながら右手に錫杖を握り締めながら私達の乗る船に向かって駆け寄ってきていた。
戻りかけていたタラップは一旦その動きを止めた。
「私も船に乗せてください。どうしても地の国に行かなければならないのです!」
必死の形相で少女は船に向かって叫んだ。
困り顔で船長は勇者に尋ねる。
「あぁ、言ってますがどうします?」
船長に責任を押し付けられた勇者はうっと気まずげに顔を顰め、私達の顔色を伺った。
ラミナは完全に勇者に任せたのかニコニコと微笑みを崩さず、ソアレとキキは「ダメかな?」と伺う感じで少女に同情しているようだった。
鉄兜に覆われ表情は伺えないバートは勇者の意見を最優先にするだろう。
勇者が心配してるのは私達の正体がバレる事。私達が大丈夫と言えばおそらく勇者は少女を乗せることを許すだろう。
私達の中で一番正体がバレ易いのは誰かと言われたら、間違いなく私だ。この場合、私がボロを出しさえしなければ全てが丸く収まる。5日間の船旅の間だけ、その間くらい欺き通してみせる。
『地の国に行くまでだろう?それくらいなら大丈夫さ』
私の言葉に勇者の顔がぱっと明るくなった。
「ずっとじゃないもんな。地の国までだからな。よし、船長。あの子も乗せてやってくれ」
「分かりやした」
と船長が答えるとタラップは船と陸地を繋ぎ少女を船に招き入れ、少女が乗り込んだのを確認するとするすると船に回収されていった。
「ありがとうございます」
船に乗り込んだ少女は息を切らせ、大きく肩を上下させながら勇者に礼を述べると
「地の国までよろしくな」
と勇者が手を差し伸べると少女はその手を握り返し名を名乗った。
「私はアイナと申します。光の女神を奉る神殿の神官をしております」
少女が名乗り終わると船は出発を告げる汽笛を鳴り響かせた。
空は快晴。波も穏やか。この平穏が5日間続くこと誰もが祈りながら船は港を出て沖を目指す。
こうして私達は水の国をを出立して地の国へと航海を始めるのだった。
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