第70話
店の前に立つと明らかにここだけ周りの店と雰囲気が違い、ほの暗いのにどこか神秘的な雰囲気を醸し出していた。
扉はなく入り口には中が見えないように覆い布がかけられ、布をめくり中に入ると部屋を囲うように並べられたショーケースが目に入った。
ショーケースの中には淡く輝く魔石を加工した宝飾品が並べられ、正面にはフードつきローブにすっぽり包まれた小柄な人物が商品の並べられたカウンター越しに椅子に腰掛けていた。
「いらっしゃい。お客が来るのも珍しいが、今日のお客は珍しいお客だね」
ややしわがれた女性の声。老婆だろうか?老婆は私を見て楽しそうに笑う。
「長く生きてると珍しいものも見れるもんだね。あんたは何を願う?願えばおのずと道は示されるさ」
『私の願い…』
私の願いは…。私の愛する人が健やかに笑顔で暮らせること。ソアレのラミナのキキの笑顔が曇らないように、そう願っていると左手側のショーケースに収められていた魔道具が輝きだした。
「お前さんの望みを叶えるのはそれみたいだね」
よっこいしょと老婆は掛け声をかけると椅子から降り、ショーケースから3つの魔道具、指輪と腕輪とブローチを取り出しカウンターに並べた。
深紅の魔石を包み込むのは白銀の蔦、小さな花のつぼみが蔦の周りにあしらわれた指輪。小さな紫の魔石に同サイズの白く輝く魔石と黒い魔石が挟み込むように並べられた銀の腕輪。子供の手に収まるほどの大きさの鳥の片翼を模した銀の台座の根元には白く輝く魔石がはめ込まれたブローチ。
「誰にどれを渡すか、お前さんなら分かるだろう?」
『ええ』
見た瞬間に理解できた。指輪はラミナに腕輪はソアレ、ブローチはキキに。
頷くと老婆は魔道具を布袋に入れると私に手渡した。
『御代はいかほどで?』
代金を尋ねると老婆は「ちょっと屈みな」と私を屈ませるとバンと何かを私の額に押し当てた。
僅かばかりの痛みに思わず小さな呻き声が漏れる。
『急になんですか』
抗議の声を上げながら、押し当てられた額に触れてみるとバイザー部分になにやら装飾された石が埋め込まれている触感があった。
「それはあんたのぶんだよ」
訳が分からず、首をかしげている私に老婆は
「代金は良いよ。次に会うときにあんたの良い値で払っておくれ」
『え、でも…』
困惑する私を老婆はその小柄な体格から考えられないような力で私を店から押し出した。覆い布が下り老婆の姿が見えなくなる。店の中から老婆の声だけが私に届いた。
「早く戻らないとお前さんの大事な人が待っとるよ」
そうだった。そろそろラミナ達の水着選びも終わった頃だろう。振り返り『必ずまたお会いした時に代金はお渡ししますね』と老婆に声をかけ私はラミナ達の元に戻った。
「これぐらいしかお手伝いできぬことをお許しください。また、お会いするのをお待ち申し上げております」
覆い布の向こう側にいた老婆の姿はなく、そこにいたのは羊の角をこめかみから生やし銀髪を後ろで纏め上げ、蝙蝠のような翼を腰から生やしたメイド姿の女性だった。
衣類店に戻るとキキは愛らしいフリルのついたワンピースタイプの薄桃色ものをソアレはシンプルに紺色のに白のアクセントラインの入ったショートパンツのものを選び、エマは最初にラミナの選んだ黒に白いフリルのついたスイムドレスと皆、水着姿になっている中ラミナだけが身体を覆うような布をまとっていた。
『ラミナその格好は?』
私が尋ねるとラミナはこれからするいたずらが楽しみだと言わんばかりの笑顔を浮べる。
「内緒、浜に着いたら教えてあげる」
いたずらっぽく笑う彼女の最高に輝いていた。どんないたずらをしてくれるのか今から楽しみだ。
『そういえば、不思議な魔道具屋があったんだ』
「魔道具屋?どこにあるの?それっぽいお店はないみたいだけど」
先ほどの魔道具屋の方を振り返れば、先ほどまであったはずの魔道具屋の姿はどこにもなく、代わりにあるのは可愛らしい氷菓子の店。その前には子供や女性が並んでいる姿があるだけだった。
『…私の見間違いだったみたいだ』
店の姿が見えなければそこに行ったことを証明することは出来ない。けれど、確かに握られた手の中には老婆から手渡された布袋があった。
私とラミナが顔を何とも言えない雰囲気で顔を見合わせていると空気を変えるかのようにエマが私達に声をかけた。
「準備も整いましたし、参りましょうか」
エマに促され私達は再度、浜へと足を向けた。
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