第55話

転移陣と馬車を乗り継いだ私達の目の前には今、見上げるほどの高さのある頑丈でありながら美しい装飾のされた門があった。


門の後ろには巨大な湖が広がり、その中央の浮島には水の国の心臓部でもある王城が建てられ、門から浮島には一本の橋が架けられていた。


王城に到達するにはこの門から橋を渡るほかに道はない。


湖から侵入しよものなら湖に住む巨大な長細く顎のせり出した竜魚が群れを成し船に襲い掛かり、空から侵入を試みようなら城から魔術の弓が侵入者に襲い掛かる仕組みになっていた。


「凄い門だね…」


『そうだな』


驚きの声を漏らすソアレに私は頷く。


余りの門の存在感の凄さに呆然としていると私達の服装で察したまだ歳若い門兵が遠慮がちに声をかけてきた。


「デイジー姫様の誕生会に参列される方ですか?」


「ええ、そうですわ」


門兵に尋ねられ答え微笑むラミナの姿は普段とは変わり、肩まである薄水色の髪を左右で編みこみ後ろで纏め上げ、その身を包むドレスは青みの強い濃い紫色と美しく気品のある全く隙のない公爵夫人と遜色のない姿だった。


ラミナだけでなく、キキもその新雪のように白い髪を青いリボンで飾り、橙色に白いレースをあしらった可愛らしいドレス身につけ、ソアレも紺色のタキシードを着こなし、私も覗けば顔が映るほど鎧を磨かれ、若草色のマントを身にまとっていた。


「では、招待状の提示をお願いします」


門兵に求められ、ラミナは手に持ったクラッチバッグから招待状を取り出し門兵に渡した。招待状を受け取り門兵は封筒と同封の手紙を確認すると「ありがとうございました」と言い、ラミナに招待を戻すと


「では、城の方にご案内致します」


と城門の脇に作られた大型馬車も通れるほどの両開きの扉を開き私達を招き入れる。


扉の中は石造りになっており、天井からはカンテラの光が室内を照らしていた。石を敷き詰めた床には5マクリス(m)ほどの馬車一台ほどが入る魔術陣が描かれていた。


室内には控えの兵士が3人と王宮魔術師らいしいゆったりとしたフードつきの白いローブを身にまとった老年の男性の姿があった。


「デイジー姫様の誕生会のお客様をお連れしました」


そう兵士が告げると、控えの兵士が1人此方に一礼し、まだ開いていた扉から出て行き扉を閉める。


「では、お客様方、此方の陣の上に移動して下され」


扉が閉まったことを確認すると老魔術師が私たちに陣に乗るよう促してきた。私を先頭にラミナ、キキ、ソアレの順で陣に乗ると最後に私達に声をかけた門兵が陣に乗る。


「僭越ながら、姫様の下まで私が案内させていただきます」


一礼する兵士に


『よろしくお願いします』


と私も礼で返した。


「では、行きますぞ」


言うと老魔術師は転移陣のを起動させる呪文を唱え始めると陣が発光をはじめその光は徐々に強まり、呪文が唱え終わると世界を白く覆った。




徐々に色彩が戻っていき、一番初めに目に入ったのは縦にまっずぐに伸びる鮮やかな深紅の絨毯、ついで入ってきたのは一面白く輝く大理石で造られた3階部まで吹き抜けになっている広壮な謁見の大広間だった。一階の大広間の奥には中二階に続く横広の階段が続き、階段の終わりには王の座る玉座が鎮座しており、未だその主の姿はなかった。


光景に圧倒され言葉の出ない。ただ美しいだけでなく、荘厳さと玉座からは何ともいえない威圧感が醸し出されていた。これが、一国の王の座する場所なのか。


呆然と玉座を見つめる私に「こちらが玉座の間です」と兵士が声をかける。はっとし、振り返ると兵士は微笑みながらこちらを見ていた。


「凄いでしょ。私も始めて招かれたときは心が震えたものです」


『ああ、凄いですね』


肯定し、冷静になったところでここまで来る間に浮かんだ疑問を兵士に尋ねてみた。


『ところで、こんなに簡単に王の下までこれてしまって大丈夫なのですか?』


門や周りはあれほど厳重な守りが施されているのに、転移陣の移動でこんなに簡単に重要な場所にこれて良いのだろうか?転移陣が悪用されないとは限らない。


「それなら心配にはおよびません。あの転移陣は呪文だけではここにはこれません。あるものが一緒でなければここにはたどり着けませんよ」


『あるもの?』


「ええ、貴女方のお持ちの招待状や____」


兵士はラミナの方を見てから自分の胸を指し、


「この心臓に刻まれた国紋がなければ」


心臓に紋様を刻むなど正気の沙汰なのか?魔術で刻むのだろうがどう考えても安全に行える行為とは思えない。


『紋を刻むのは危険では?』


「ええ、危険ですね。場合によっては命を落とすこともあるそうです。けれど、それを圧しても国に国王陛下にお仕えしたいと我々兵士は思っているんですよ」


『身も心も捧げる。りっぱな忠誠心ですね』


私が感心した声を出すと恥ずかしげに兵士は頭をかいた。


「私などまだまだ志だけですよ。いつかは近衛騎士達のように直接お守りできたらなと」


兵士が玉座の方を振り返るのと時を同じくして一階の左右の扉からリーリエが身につけていたのと良く似た深い青色をした鎧を纏った騎士を先頭に右手の扉からはまだ30代前半くらいの若い国王と20代前半に見える若く美しい王妃が、左手の扉からは同じ鎧を纏った騎士の後ろにリーリエ、10歳くらいの国王に似た少年、王子だろう、その後ろには本日の主役のデイジーが連なって広間に入場した。


階段前で騎士達は左右に列をなし、国王達は階段を上り玉座に付く。広間に集った人々は一斉にその頭をたれ、国王の次の言葉を待った。


「皆、面を上げよ」


その声は若々しくもありながら一国の主にふさわしい威厳を持ったものだった。参列者が顔を上げると国王は全ての来賓の顔を眺めるように広間を見渡した後に言葉を紡いだ。


「本日は末姫、デイジーの誕生を祝いに皆集まってくれたこと感謝する。これからも姫の健やかな成長を皆祝ってくれ」


こうしてデイジーの誕生日会の開催が宣言された。

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