第49話

ガタリ、どこからした物音に目を覚ますと紺色の空が東から白ばみ始めていた。音の出所を探って扉を開くと廊下の端に小さな人影。それは困って眉を下げたデイジーの姿だった。


『眠れなかったのかい?』


驚かさないように出来る限り穏やかな声で尋ねると振り返ったデイジーは安堵の表情を浮べていた。


「あ、騎士さま。良かった。トイレから戻ろうとしたらお姉さま達がいる部屋が分からなくなって困っていたのです」


『リーリエとポーラならそこの部屋だよ』


デイジーからみて奥から2番目の扉を指差す。


「やっぱりこちらで良かったのですね。ありがとうございます」


ぺこりと可愛くお辞儀をしてデイジーは直ぐに…部屋に戻らなかった。

暫し、その場で立ち止まりニコニコと私を見上げていた。


『まだ、早いし、もう少し寝ていても良いんだよ』


私が寝るように促してもデイジーは俯き何かを喋りたそうに口をモゴモゴさせていた。


『何か話したいことでもあるのかな?』


膝を折り、視線をデイジーに合わせ顔を覗き込むと「ち、近すぎますわ」と顔を真っ赤にしたデイジーに押しのけられた。

確かによその子供に対しては近すぎたかもしれない。つい、子供相手になるとソアレやキキと同じ距離感で接してしまうのは私の悪いクセだ。


『すまない』


詫びて、少しばかりデイジーから距離を取ると「あう、別に嫌というわけでは…」と微妙な反応が返ってきた。

うむ、どう接して良いものやら。私が悩んでいると意を決したのかデイジーが喋り始めた。


「この度は、本当に危ないところを助けてくださりありがとうございました。騎士さまはわたくしの英雄ですわ」


『そんな、騎士様とか英雄とか大それたものじゃないよ私は』


キラキラと輝く瞳に気恥ずかしくなり思わずデイジーから視線をそらした。


「それでは何とお呼びすれば?」


『アステル。呼び捨てで良いよ』


「分かりました。アステルお兄さま」


『お兄様!?』


思わぬ単語に声が上ずる。可笑しなことでもとデイジーは小首をかしげて此方を見ている。


「お姉さまと同じくらいのお歳に見えたのですが」


どうやらデイジーにはこの黒い全身鎧の姿とは別に何かが見えているようだ。


『君にはどういう風に見えてるんだい?』


「鎧の姿と重なってお姉さまと同じくらいの黒髪、金目の男の子が見えますわ」


『そうか…』


デイジーが語った少年はおそらく人だった頃の私の姿なのだろう。デイジーには死者の魂が見えるのだろうか?


『デイジーは死者の魂が見えるのかい?』


私が尋ねるとデイジーは首を横に振り答えた。


「いいえ。わたくしが見えるのは物の真偽。そのものの真なる姿を見通すのです」


つまりデイジーは以前ラミナが言っていた幻覚系を見破る能力を持っているということか…。違う、そんな簡単なものじゃない。ものの本質ということは…。


『デイジーには私達家族が人じゃないという事は…』


「存じております」


怯える様子も見せず、デイジーは微笑む。


「お兄さま方が悪しきものでないのも分かっておりますのよ」


『デイジーは魔物が怖くないのか?』


私の素朴な疑問にデイジーは苦笑しながら


「魔物は勿論怖いですよ。それ以上に人も怖いものですわ」


返ってきた言葉は幼女が語るには重いものだった。


『苦労して来たんだな』


労い、優しくデイジーの頭を撫でると


「はい。なのでいっぱいお兄さまに労ってもらいます」


彼女は満面の笑みを私に向けてきた。

息子が出来、娘が出来、次は妹か…。

どんどん家族が増えて賑やかになるのは嬉しい。けれどその分増えた責任の重さに少しばかり気後れもしていた。






結局、あれからデイジーは寝なおさず私と一緒に朝食の準備の手伝いをしていた。


薄く切った白パンをフライパンで軽く焼き、野菜とハムと目玉焼きと薄くスライスしたチーズを挟む。幼いデイジーに刃物や火の扱いはさせるのは怖い。彼女には焼きあがったパンに葉野菜とチーズを乗せてもらうのを頼むと嬉しそうに手伝ってくれた。




「お料理の手伝いなんて初めてですからとても楽しいですわ」




ニコニコ笑顔でホットサンドの具をデイジーは挟んでいる。そんな私達に背後から声をかけるものがいた。




「おはよう。良い匂いね」




声と共に開いた扉から顔を覗かせたのはラミナ。その後ろには盛大に寝癖で髪の踊るキキと少しばかり乱れた髪が余計可愛らしく見えるソアレの姿があった。




「おはようございます。ラミナさんにソアレ君にキキちゃん」




「【おはよう」】




デイジーの天使のような笑顔にソアレとキキも同じように朗らかな笑みで返した。




「それじゃあ、私はスープでも作るわね」




椅子に掛けられていたエプロンをさっと身に着けるとラミナは空いたキッチンに向かっていった。




「じゃあ、ぼくらもお手伝いしようか、お姉ちゃん」




【そやね~】




言うとソアレとキキもデイジーの隣に並びパンに具を盛りつけ始めた。その姿は既に仲の良い友人同士の楽しげなものだった。




食卓に人数分のホットサンドとスープが並び終わる頃には家人全員がキッチンに集合していた。




「朝食ありがとうね」




家主のソフィアが私達に笑みを向ける。




『泊まらせて貰ってるのだからこれくらいしないと悪いだろ』




「相変わらず、君は生真面目だな。まあ、そういうところお姉さんさん好きだよ」




ポンポンと小さい子にするようにソフィアは私の頭を撫でてくる。私がやれやれという雰囲気を出すと彼女はにかっと子供のように笑った。




「さて、折角作ってくれたんだし頂いちゃいましょう」




全員席に着くと「頂きます」とソフィアに続き全員が感謝の言葉を述べた。

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