第48話

結局、少女達が目を覚ましたのは家主のソフィアが戻った夕飯時だった。

私がテーブルなどの用意をし、ラミナを主に夕飯の用意がなされ、キキとクックマーチが料理の手伝いをソアレとハルが配膳の手伝いをしていた。

仕事を終えて戻ってきたソフィアとマリーはソファーに座り一息ついているところだった。

カチャリと扉が開きメイドが顔を覗かせた。


「この度は色々ありがとうございました。お嬢様方も目を覚まされたので私達はこれで失礼させていただきます」


深々と頭を下げそのまま立ち去ろうとするメイドをソフィアが呼び止めた。


「急いで帰らなきゃいけないの?もう、あたりも暗いし貴女たちさえ良ければ泊まっていっても良いのよ」


ソフィアに続きラミナも


「お夕飯作りすぎちゃったの、一緒にいかが?食事は多いほど楽しいでしょ」


とメイドに微笑みかけた。


「宜しいのでしょうか?」


困惑気味にメイドが尋ねると


「良いの良いの。じゃ、決まりね」


相変わらず相手の返事を待たずに行動に移すソフィア。この強引さが彼女の良い所でもあり、困ったところでもあったりする。

ソフィアはソファーから立ち上がるとメイドの手を取り少女達のいる部屋へと向かって行った。




テーブルの上には中央にじっくりと表面をこんがり焼いた牛肉の塊。隣には一口サイズの鶏肉をカラッと揚げたものが並べられ、色とりどりの野菜を盛り合わせたサラダ、スライスされた白パンに葉野菜とミートボールのホワイトソース掛けのパスタと赤いトマトソースの魚介のパスタが周りを囲んでいた。各個人の前に置かれた器には鮮やか橙色のかぼちゃが煮込まれたスープが注がれていた。


「良い匂い。これが家庭料理というものなんですね」


スープの注がれたカップを両手で顔の前まで持ち上げ香りを嗅ぐ病み上がりの幼女は興味深げに呟いた。


「いっぱい食べて元気になってね。でも、食べ過ぎちゃだめよ」


いたずらっぽくウインクするラミナに「はい」と幼女は笑顔で返した。


「皆、席に着いたかな?それじゃ、頂きましょうか。いただきます」


ソフィアの声に続き席に着いた全員が「いただきます」と頂く命と作り手に感謝の言葉を述べた。


幼女と少女の前にはメイドが取り分けたサラダにパスタと切り分けられたローストした牛肉が綺麗に盛り付けられていたが、対面に座るキキやソアレは各自取り皿に自分で好きな量を取っていた。その姿を幼女は興味深そうに眺めていた。


テーブルの上には取り分けられた料理が各人の前に並び、私の前には当たり前のように小さな籐篭に魔石が詰められ置かれていた。

魔石を1つ掴み食べていると不意に少女と目が合い互いに『「あっ』」と声が漏れた。

部外者がいることを完全に忘れていた。流れないはずの冷や汗が諾々と流れている気がする。


「貴方、なんで魔石なんか…」


少女がまだ何か言おうとしてるのを遮ったのは幼女だった。


「お姉さま、人様の食事に難癖つけるのは淑女としていかがなものでしょうか?」


「それは…だな」


まだ、物言いたげな少女を幼女は凄みのある笑顔で黙らせていた。


「お姉さまが失礼いたしました。そのまま、お食事を楽しんでくさいませ」


天使のような微笑を浮かべる幼女に『あぁ』としか答えられなかった。




食後にお茶とマリーがお土産に買ってきたケーキを皆で楽しんでいるのを私は微笑ましく眺めていた。ケーキを食べ終えるとおもむろに幼女が喋り始めた。


「この度は、突然のことに色々と良くして下さりありがとうございました。名乗るのが遅くなりましたがわたくしはデイジーと申します。隣は姉のリーリエとメイドのポーラにございます」


ディジーが周りに向かって頭を下げると続いてポーラとリーリエも「ありがとうございました」と頭を下げた。


「そんなに畏まらなくて良いのよ。困ってる人がいたら助けるのが人でしょ?」


私の方を見て微笑むラミナに「そうだな」と頷き返した。私からデイジーの方にラミナの視線が移る。


「所で、貴女達は薬を買うためにこの街に来たの?」


ラミナの問いにデイジーは少しモジモジと恥らいながら答えた。


「この街でしか食べられないという七色魚のお料理を食べたくて…」


七色魚は七色湖という特殊な湖でしか取れない珍しい魚だ。この水の国で七色湖があるのは西都よりさらに西の魔鎧の森を越えた先にあるくらいだ。

魔鎧の森が出来る前は少ないながらも市場に出回っていたが、森が出来てからは大きく迂回して行かねばならず、鮮度も保てないこと危険に対して割に合わないことからほぼ市場から姿を消した幻の魚となっていた。

極まれに冒険者が釣り上げ、西都のギルドに卸されたものを貴族が買い取ることが出来るぐらいだった。


「まあ、七色魚を」


「あの、お魚美味しいよね」


【うちも大好きや】


あらあらと微笑むラミナにソアレとキキが笑いかけた。


七色湖なら私たちの家からは少し長めの散歩に行く程度だ。それならば…。

振り向いたラミナと視線があうと、私の言わんことをすでに理解しくれているようで、彼女はにっこり微笑み頷いてくれた。


『明日、君達に時間があればなんだが…、七色湖にピクニックに行かないか?』


私の申し出にデイジーは相当驚いたのか目を丸くした後、やや震える声で


「お、お姉様、七色湖に連れて行ってもらえるそうですわ。なんてぎょうこうなんでしょう」


と上機嫌で隣に座るリーリエの手を取りブンブン振り回していた。暫く、姉の手を振り回したデイジーははたと気づいた様子で佇まいを整える。


「わたくしとしたことがお見苦しいところをお見せしてしまいました」


俯き頬を赤く染めるデイジーに


『いや、子供らしくって良いんじゃないかな?それで、明日の予定は七色湖のピクニックで良いかな?』


「はい、よろしくお願いいたします」


顔をあげ返事をしたデイジーの顔には満面の笑みが浮かんでいた。


「わーい、ピクニック」


【取れたたてのお魚♪】


ソアレとキキもデイジーに負けない良い笑顔を浮べる。

ソフィア達のほうに顔を向けると、彼女達からは残念そうな雰囲気が醸し出されていた。


「明日も仕事なんです~」


「私もよ。何で、貴方達で楽しんでらっしゃい」


『そうか。また、暇な時にでも一緒に行こう』


「ええ、そうしましょ」


残念そうにソフィアとマリーは微笑んだ。




こうして夜も更けていき、デイジー達は客間にラミナとソアレとキキはマリーの部屋を借り、ソフィアの部屋にはソフィアとマリーとクックマーチが一緒に眠ることになった。




私とハルはリビングキッチで、ハルはソファーで丸くなり、私は窓際の壁を背に目を閉じた。

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