第47話

硝子張りの扉を開けると私達を迎えてくれたのは店番の銀色の髪の少年、人の姿に変化したハルだった。


「いらっしゃいませ、アステルさん。そちらの女性達は?」


にこやかな表情を作りつつもメイドを抱きかかえ、少女を担いでいる私の状況に戸惑うハルに私は至極普通の感じで、


『来る途中で偶然あったお客さんだよ』


「お客様でしたか。本日はどのようなものをお探しですか?」


私の言葉に一応納得したのか、ハルはメイドの方に話しかけた。話しかけられたメイドはあらかじめそういうと決めていた言葉を読み上げていった。


「こちらに、ラミナ殿が作られた上位万能薬、赤の万能薬を求めてまいりました」


「赤の万能薬ですね。少しお待ちください」


カウンターから出たハルは鍵の付いた硝子扉の棚から紅く透き通る片手にすっぽと収まる大きさの薬瓶を取り出した。


「こちらで宜しいでしょうか?」


薬瓶をメイドに確認させると、メイドは肯定で頷いた。


「それでは金貨2枚頂戴いたします」


言われた金額をメイドは迷うことなくハルに支払った。

ちょっとした病気なら下位の万能薬で治り、それも銅貨3枚ほどだ。少し症状が重く病院などの治療所で出される中位の万能薬でも銀貨1枚で済む。それに比べると金貨2枚というのは相当な金額だが、この万能薬、死亡以外のかなり強力な毒から石化まで治すと言う代物だ。高いが確かに効果のあるものだった。


『ハル、それから湿布と中位の傷薬もくれないか。後、2階の客間も借りても大丈夫か?』


私が追加で頼むとハルは笑いながら、カウンター後ろに並べられている青い薬瓶と布状のものを手に取りカウンターの上に並べた。


「2階は空いてますので使っても大丈夫ですよ。で、銀貨1枚と銅貨3枚ですね」


『ありがとう。じゃ、これで』


ハルに銀貨2枚を出すと銅貨7枚が私に戻された。


「え?あのちょっと」


戸惑うメイドを抱えたまま2階へと続く階段を上りながら、途中で振り返り、


『店から少し行った先に悪人どもを捕らえているんだ。衛兵詰め所に連絡しておいてくれないか』


「分かりました。連絡しておきますね」


言うとハルはカウンター下から黒い手の平サイズの水晶を取り出した。ハルが手をかざすと薄っすら水晶が輝きだし、ハルは水晶に話しかけた。

ハルが取り出したのは遠話の水晶。

同型のものを持っているもの同士が距離に関係なく会話が出来るが、作るのに非常に技術がいるためあまり数もなく普及はしていない。ごく一部の貴族階級が持ってる程度で、基本連絡手段は手紙か人づてというのが日常だった。


「もしもし、衛兵詰め所、聞こえますでしょうか?」


ハルが問いかけると水晶の方から返事が返ってきた。


「此方、衛兵詰め所。ソフィアの魔道具屋からの入伝だな」


「はい。此方ソフィアの魔道屋です。うちの店の近所に悪人を捕らえたとの報を受けましたので至急、回収のほどよろしくお願いします」


「了解した。至急回収に向かう。報告感謝する」


会話が終了すると輝いていた水晶は光を失った。便利な水晶だが、欠点も合って1度に会話できる時間が短く、膨大な量の魔力を喰うので、ある程度の魔力保持者もしくはかなりの魔石を用意しないと使えないものだった。


『連絡、ありがとう』


ハルに礼を言い、私達は階段をまた上り始めた。




薬が効き始めたのか息も荒く頬を熱で紅く染めいていた幼女は客間のベットですやすやと気持ち良さそうな寝息をたて、向かいのベットには鎧を脱がされ、傍目からでも分かる上質な素材で作られたブラウスに踝丈のズボンだけにされた金髪の少女が寝かされ、彼女達の傍らには忙しなく動くメイドの姿があった。

手伝いは断られたので所在無さげに私は扉の横で彼女達を眺めていると、メイドの動きが止まり私の方に向き直ると、深々と頭を下げた。


「この度はお嬢様方を助けてくださり、ありがとうございました」


礼も見返りも求めてはいなくても礼を言われるのは悪い気はしない。笑いながら私は至極自然に言葉を発した。


『困っている人が居たら、助けるのは人として当たり前だろ?』


私の言葉にメイドは目を丸くして驚いていた。それほど驚かれるようなことを言ってないのだが。


「それだけの理由で…私達を助けてくださったのですか?」


尋ねるメイドの声はまだ驚いているようで少しばかり震えていた。


『それ以外に理由がないのだが…』


互いに困惑し、暫しの沈黙の後、メイドは小さく笑った。


「貴方は本当に欲のない方なんですね」


ん?それはどういう事なのだろう?言葉の意味を考えていると下から元気なソアレの「こんにちは」という声が響いた。ラミナ達も用事を終えてきたようだ。

少女達の方は暫く休めば大丈夫だろ。私が付きっ切りで見ている必要はなさそうだ。


『連れが到着したようなんで、私は一旦下に降りる。衛兵詰め所の方に迎えの連絡は必要か?』


「お気遣いありがとうございます。が、その必要はございません」


『そうか、了解した。貴女も少し休んでおくといい』


私が湿布の貼られたメイドの足首を指差すと


「ご心配ありがとうございます」


とメイドは頭を下げた。椅子に座りテーブルの上に置かれた水差しからコップ一杯、水を飲むメイドを背に私は部屋を出た。


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