第46話
ギルド会館を出てソフィアの魔道具屋へ向かうため人通りの少ない裏通りを歩いていると背後からけたたましい蹄が地面を蹴る音が迫ってきた。
慌てて脇によると物凄い勢いでパッと見ても豪華な装飾のされた小型の馬車が一台通り過ぎていった。よほど急いでいるのか馬を操るメイド服を着た女性の御者の表情は焦りで歪んでいた。人通りがほぼないから良いものの、あんな走り方をしていたら事故になる。
思わず『危ないな』と愚痴が漏れた。
馬車が通り過ぎてからほとんど間を開けることなく複数の蹄の音が近づいてきた。振り返ると見るからに柄の悪そうな男が数人、武器を携えて馬を駆っていた。
あの馬車追われているのか?
思ったのとほぼ同時に衝突音と主に少しばかり地面が揺れた。
やっぱり事故を起こしたか。
馬車の向かった方向に全力で駆け寄る。途中、男達の馬を追い抜いたような気がしたがそれは気にすることじゃないだろう。
事故現場にたどり着くと横転した客室が近くの壁を僅かばかり抉り、その傍らには倒れたメイドの姿と無事だった馬の姿があった。
『大丈夫か!』
声をかけるとメイドは顔を上げ私の方を見た。
「私は心配には及びません。それより客室のお嬢様たちを」
メイドの視線の先にある客室の扉は地面で塞がれ、中から出ようと客室の壁を叩く音がしていた。
『分かった』
駆け寄り倒れていた客室を元の位置に戻すと中から深海のように深い青い鎧を身に纏った金髪の私と同じくらいの成人したての少女と良く似たソアレと同じ歳くらいの幼い金髪の幼女を抱えて飛び出してきた。
『怪我はないか?』
尋ねる私に金髪の少女は酷く慌てた様子で
「私は良い、それより早くこの子に治療を」
見ると抱かれている幼女の顔はやけに紅く染まり、呼吸も荒かった。
『この子に触れるが構わないか?』
幼女に触れる許可を求めると女性は頷いた。額に手を当てるとかなり熱く、脈も速い。何が原因かは分からないが、まずは熱を下げてやるのが妥当だろう。詳しい治療はラミナかソフィアに任せよう。
私はポーチから熱さましの薬瓶を取り出し女性に渡した。
「これは?」
『熱さましだ。そのままじゃ、その子も辛いだろ』
「毒ではないんだろうな?」
『なっ!』
人の善意をいきなり疑ってくるとは失礼な少女だ。
『信じられないのなら返してもらう』
女性から薬瓶を取り上げ、ポーチに戻していると柄の悪い男達が事故現場に到着した。
「もう、追いついたか。ポーラこの子を頼んだ」
いつの間にか起き上がっていたメイドに金髪の女性は少女を託すと腰に携えていた鎧と同じ青い鞘に収められた剣を引き抜き構えた。少女が構えると男達も武器を構えて私たちの周りを囲み始めた。人数は5人。1パーティー編成と言った所か。
少女の強さも男達の強さも未知数のうえ、包囲網から少しはなれた所に杖を持った男がいた。
魔術師か、面倒だな。1人だけ他に比べて武器が豪華な男がいる。おそらくこの男が主犯だろう。先に頭を叩いて統率を崩すか、後衛を潰して援護出来なくするか、考えをめぐらせていると主犯らしき男が金髪の少女に話しかけた。
「抵抗しないで大人しく我々についてきていただければ手荒なまねはしませんよ」
男は最大限優しい声で少女に話しかけたが、それに効果はなく、少女は怒りで下唇をかみ締めていた。
男達の目的は少女達の殺害ではなく誘拐か。
もう大丈夫だと思っていたのに…かすかに震える手に力をこめ握り締める。
「誰がお前たちと共に行くか!」
主犯に向かって振るわれた少女の剣は主犯の剣によって防がれ、キーンと甲高い音をたてた。
それを合図に誘拐犯の男達が私に襲いかかってきた。少女の相手は主犯だけで十分と判断したようだ。
左、右、上からの一斉攻撃が私を襲う。
私は右の男に体当たりをかます勢いでその脇を駆け抜け、後ろに控えていた魔術師の元まで接近するとその手に持っていた杖を奪いへし折った。
べきりと杖の折れた音を聞いた魔術師は尻餅をつき顔面を蒼白にしガタガタと震えだした。震える魔術師の鳩尾に加減した一撃を加えると白目をむいて男は気を失った。魔術師の無力化はこれで良いだろう。
人には魔法は使えない。使えるのは魔物だけだ。人が使える魔術はあらかじめ使用する杖などに魔術構文を刻み、そこに少量の魔力を送り込むことで構文の内容が発動する仕組みになっている。
故に刻まれた構文以外の効果を起こそうとするならば新たに魔力の込められた魔筆で構文を木版や紙、そういうものがないときは平らな地面などの文字が書けるところに構文を書かなければならない。
まあ、それ以前に術者に意識がなければ意味はないのだが。
後続の憂いは絶った。後はこいつらを倒すのみ。
正面から男達は武器を手に襲い掛かってくる。それなりに訓練はしているのだろう、動きは悪くない。けれど、翁に比べたらその動きは雲泥の差だ。半身を逸らす程度の最小限の動きで攻撃をかわして隙だらけの背面に肘鉄をくらわし地面に叩きつける。
あっさり、2人やられたことで残りの2人は私から距離を取った。
男達は距離を取ったつもりだろうが、私からすればそこも攻撃範囲内だ。逆に空間が開けたお陰で1足で踏み込み、2足目の空中回し蹴りが男2人を近くの家の壁まで吹き飛ばした。壁に打ち付けられた男の1人がかはっと血を吐いた。
軸が不安定だったからそこまで威力は出ていないはずなのだが…死んでないよな?
「なんだと!」
少女と戦いながらも主犯の男は周りを見る余裕があったのか仲間の惨状に呻き声を上げた。
「戦いの最中に余所見とはなめられたものだ」
少女の怒りの篭った一撃が主犯の胸元をなぎ払う。けれど、その一撃は浅く、男の皮鎧の表面に切り傷を作る程度だった。
「お嬢様の細腕じゃ、俺に致命傷は与えられないなぁ」
男は少女に下卑た嗤いを向けた。
「貴様!!」
完全に頭に血が上ってる。怒り狂う猪のように少女は真っ直ぐに主犯に切りかかる。上段から振り下ろされた剣は主犯に下から掬い上げられ、簡単に少女の手から離れて行き、男の握り締められた拳が女性のがら空きの鎧に覆われていない腹にめり込み、そのまま少女は動かなくなった。
動かなくなった少女を脇に抱え、主犯の男は私の方に向き直った。
「これも仕事なんでな。見逃して…」
『目の前で人攫いが行われてるのを見逃すわけないだろ』
「だよな。お前を倒していく他なさそうだ」
男は諦め口調で抱えていた少女を地面に置くと大剣を構えた。男から試験官からも感じた冷気に似た感覚が私の身体を撫でる。この感覚が殺気だと知ったのは最近のことだった。
『戦いにおいて気配とは消すものであり、威圧するものでもあるんじゃよ』
『威圧するもの?』
気配を消すことは相手に自身の存在を気づかせず、不意打ちをする際には有効的なのは理解できたが威圧というのはいまいち分からなかった
『そうじゃのう、主は地竜と戦ったことがあったな。あの時、地竜と対峙したときどうしゃった?』
『無我夢中だったんであまり覚えてないです…』
『そうか、まあ仕方ないじゃろう。今からわしがやるのはわしが竜と対峙したときに竜にされたことじゃ』
そう言うと飄々とした翁の雰囲気が変わり、底冷えするような寒さに全身を覆われ、ないはずの心臓を握りつぶされそうな息苦しさに襲われた。物理的な寒さはないのに全身が震え、その場に立っていられず両膝を地面につき、私はその場で蹲るしかなかった。
『これが威圧する気配。殺気ともいうかの』
翁の声色は普段のものに戻り気配もいつもの穏やかのものに変わっても私の震えは暫く収まらなかった。
「全く、マスターはいつもやりすぎですの」
『面目ない』
パナに叱られ、しゅんとなる翁の姿を見ているうちにやっと震えの止まった私は立ち上がり翁に向き直った。
『これが殺気なんですね』
『そうじゃ。使いこなせるようになればこれだけで無用な戦いも回避できる優れものじゃぞ』
それから稽古では剣術と気配の使い方と同時に教わるようなり、やっと私も殺気をある程度使いこなすことが出きる様になってきていた。
殺気には殺気で。私が剣も抜かず棒立ちで殺気を纏っただけで主犯の男は震えだし、その場に蹲ると命乞いを始めた。
「頼む、殺さないでくれ」
涙ながらに請う男を前に殺気を収めると男は安堵の表情を見せた。これで男達は無力化できた。悪人であれど、私には人の命を絶つ覚悟は未だに持てない。殺さずに事体が好転したことに内心、私はほっとしていた。
『何故、彼女達を襲った?』
「それは…」
私の問いに男が口ごもる。元より素直に話すとは考えていない。理由はどうあれ、これからやることは一緒だ。ポーチからロープを取り出し、手早く主犯の男を拘束した。
「な、何するんだ!?」
不意を突かれて驚く男に
『悪人は捕らえたら衛兵に渡すのが普通だろ?』
自然にそう答えると残りの倒れている男達をロープで拘束していった。全員を縛り終えると近くの丈夫そうな柱に一まとめに括りつけると、先ほどから向かいの家の窓の隙間から此方を伺っていた瞳に声をかけた。
『衛兵が来るまで見張っていてくれないか?逃げたら大声で知らせて欲しい』
私の頼みを聞き入れてくれたのか、瞳の持ち主はコクコクと頷いてくれた。これで、男達のことは良いだろう。後はメイドと少女達だ。
未だ目を覚まさない少女を担ぎ上げ、メイドの元に歩み寄り、声をかけた。
『貴女達はどこに向かおうとしていたんだ?』
「この先にある、ソフィアの魔道具屋にある薬を求めに」
薬?病院のじゃダメなのか?私が首をかしげていると
「お医者様、直々にこちらの薬を勧められた次第です」
なるほどそういうことか。それならば
『貴女達と私の向かう先は同じだ』
言うと私は幼女を抱いたメイドを抱き上げた。
「え?私は大丈夫ですから。この距離なら歩けますから下ろしてくださいませ」
驚き、降りようとするメイドをよそに私はメイドを抱き上げ、少女を担いだままソフィアの店を目指した。
最初は抵抗を見えていたメイドも次第に大人しくなり恥ずかしいのか、顔を赤らめ俯いていた。
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