第45話

西都に到着したのは日もそこそこ上がりだし、街が活気付くグリフォン日の刻(9時)頃だった。

関所で手続きを終えるとラミナは子供達を率いて街の東側にある学校に、私は街の中央にある街の中でも一層高い建物、ギルド会館を目指して歩き始めた。

生活自体はラミナの稼ぎでも十分だが、父親が無職というのはいただけない。それに、私も今年でおそらく?15。15といえば成人して独り立ちしている年齢だ。ソアレ達が学校に行くのを機に私もギルドで職業登録をして就職しておこうということになり、私は登録のためギルド会館に向かうことになった。


街にある建物の多くが2階建ての中、4階建てのギルド会館はその存在を主張していた。レンガのような頑丈な石造り建物の正面には左右中央と扉があり、左右は閉じていたが、中央は両開きの扉が開け放たれ、大勢の人を招きいれていた。


会館の中はかなり広いのに多くの人で溢れかえっていた。人垣の隙間から前方の登録カウンターがなんとか確認できた。カウンターには5人の受付嬢が並び、頭上には戦士系、冒険者系という看板が掲げられ、並ぶ人々に仕事を斡旋し、一番左端の受付嬢の頭上には新規登録と書かれた看板が掲げられていた。

一番左の列に並ぶが、受付嬢までの距離は近いとはいえなかった。

並び始めて40レプトほどでやっと受付嬢が私の前に現れた。

私の外見のせいだろうか?一瞬、受付嬢の肩がびくりと震えたが、直ぐに私ににこやかに微笑みかけてきた。


「本日は新規登録ですね。それではこの用紙にお名前と年齢、性別、希望職種を記入のうえ、登録料のお支払いをお願いいたします」


差し出された、羊皮紙に


名前:アステル


年齢:15


性別:男


職種:戦士、冒険者、薬師


と記入して羊皮紙と登録料の銀貨3枚を受付嬢に手渡した。


「お名前はアステル…さんと。歳は、ええ?それで15なんですか?随分背が高いんですね。で、性別は男性、そうですよね。希望職は戦士、冒険者と…」


羊皮紙を受け取り受付嬢は此方を上目遣いで眺めながら書かれた内容を読み上げ、時折驚いたりしながら薬師の所で言葉が止まった。


「薬師とありますが、こちらの職は専門的な知識が必要なのですが、どちらかで習われたんですか?」


しまった。ラミナにギルドに行く時に登録用紙と一緒に出すように言われていた書類があったのを忘れていた。慌てて、ポーチの中から書類を出し受付嬢に渡す。


「此方の書類は推薦状ですね」


蝋で封をされた書類を受け取り、開封すると受付嬢は一通り目を通すと


「薬師、最上位ランクのラミナ様からの推薦状と確認できましたので、薬師の受付も可能となりました。ただし、適正試験に合格出来なかった場合は薬師としての仕事は請けられませんのでお忘れなく」


私が肯定で頷くと受付嬢は対面の壁に掛かった時計に目をやった。


「丁度良かったですね。後10レプトほどで戦士系の適正試験が行われます。試験会場はこのカウンター左手にある階段を下っていただいた地下闘技場で行われます。後、薬師の試験はグリフォン星(11時)からなのであまり待たずに試験が受けられますよ。それでは頑張って」


受験票を私に手渡すと笑顔で受付嬢は手を振った。受付嬢に見送られながら私は地下闘技場を目指した。




かなり地下深くに作られているのか、結構な階段を下った先、闘技場へと続く扉が姿をあらわした。

扉を開くと地面をならしたかなり広い闘技場と高い天井が視界に入った。闘技場にはこれから試験を受ける様々な年齢の男女が一塊に集っていた。


「これより試験を開始する。番号を呼ばれた者は前に」


試験官と思われるがっしりとした体格の精悍な顔つきの男性が受験者一同に声をかけた。

先着順のようで私の番号はかなり先だ。することもない私はのんびり他の受験者の様子を観察することにした。

翁との戦いしか知らない私には様々な戦い方を見るのはなかなかに興味深かった。




「23番前に」


やっと私の番号が呼ばれた。後ろを振り返ると私のほかに人影はなくどうやら私が最後のようだ。試験を終えた人々も既にその姿は闘技場にはなかった。


『私が最後だったみたいですね』


苦笑交じりに試験官に話しかけると


「取って置きが最後に残ってくれて良かったよ。思い切り戦えそうだ」


にやりと楽しげに試験官の男性は笑うと試験用の木製の大剣を構えた。


『お手柔らかに』


笑い、私も試験用の木製の双剣を構える。


「始め!」


男性の開始の合図と共に互いに切りかかる。コーンという木の乾いた音が闘技場に響く。

試験官が打ち込めば私はそれを防ぎ、私が打ち込めば試験官が防ぐ。そんなやり取りが十数回続いた。

私もまだ本気ではなかったが、それは試験官も同じだった。


「本気で行かせてもらう」


言うと同時に試験官の雰囲気が変わった。

風もないのに冷たいものが身体を通り抜けていく感覚。

これは此方も気を引き締めないと。全身に魔力をめぐらし、身体強化、武装強化をして踏み込もうとすると試験官は慌てて剣を収めた。


「ちょっと待て!それで切りかかるつもりだったのか!?」


『?…そちらが本気なら此方もそれなりの対応をと思ったのですが?』


何がいけなかったのだろう?突然の試験終了に私は困惑していた。


「そんなので切りかかられたら、鎧もないこの状態じゃ命に関わるだろうが」


『そういう、ものなのですか?』


普段稽古をしている相手は翁。必然的に私の基準は翁が基準になっていた。故に、私は一般的なヒトの基準というものを理解していなかった。


「普段どんな修練してるんだ?」


呆れた顔で私の方に試験用にの木剣を渡すように手を差し出してくる試験官に木剣を手渡す。


『普段ですか…殺されないように一矢報いるですかね?』


「どんな、スパルタだよ」


『スパルタ?』


意味が分からず、首をかしげていると試験官は呆れを盛大に含んだため息を1つ、


「物凄くしごかれてるってことだ」


『なるほど、確かにそんな感じです』


明るく答えた私にほとほと呆れ果てたのか2,3度頭を振ると試験官は苦笑いを浮かべていた。


「そろそろ、次の試験の時間じゃないのか?」


試験官の視線の先には闘技場の柱に掛かっている時計が合った。時計の針はグリフォン星(11時)の刻の少し前を指していた。


『もうそんな時間に。試験ありがとうございました』


時計を見て慌てて闘技場を後にしようとする私の背中に試験官の声援が送られた。


「薬師の試験は2階の深緑色の扉の部屋だぞ。頑張って来い」


『はい。ありがとうございます』


振り返り、一礼すると私は階段を駆け上がった。





慌てて開いた深緑色の扉の先には等間隔に並べられて机にこれまた等間隔に座り静かに試験を迎えようとする受験者の姿だった。


「もう直ぐ始まりますよ。そこの空いてる席に座って」


慌てて飛び込んできた私に試験官の老年の女性は入り口から一番近い空いている席を指差し、座るように促した。私が席に着くと同時に試験開始の宣言がなされ、筆記試験の問題用紙が配られ始めた。

配られた問題用紙を読み進めていく。形の似た薬草の見分け方、効能の違い、合わせてはいけない組み合わせ、どれも日ごろからラミナに注意されていることだ。

普段から気を付けている点を簡潔に書いていき、全てを解答し終えるとほぼ同時に試験終了の宣言が発せられた。たぶん、大丈夫だろうけど…全問正解しているかは自信がなかった。

続いて行われたの実技試験は簡単な傷薬の製作だった。試験官の前には5種類の薬草と3種類の色の付いた溶液が並べられ、受験者の前にはすり鉢と茶こしと空の容器が置かれていた。正解の組み合わせのものを薬草をすり鉢で砕き、濾した溶液を提出するというもののようだ。

各受験者は正解と思う組み合わせを手に取り出来上がった傷薬を試験官に提出して試験は終了した。


合否の結果は1時間オーラ後に1階の掲示板に掲載され、それと同時に職業認定証が交付されることになっている。


同室の受験者達は昼時だから早々に退出していて、気づけば部屋には私と試験官の老女だけになっていた。


「試験お疲れ様。見かけによらず、凄く丁寧だったけど誰に教わったの?」


私の外見に全く物怖じすることもなく、老女は微笑み尋ねてきた。

立ち上がろうとした私はそのまま座りなおし、


『薬師のラミナに習いました』


笑みを含んだ声で返すと、老女は「まあ、そうなの」と嬉しそうに呟いた。


「あの子が先生なら合格間違い無しね。これから頑張ってね」


微笑み手を振って部屋を出た老女を見送ってから、私も部屋を後にした。





合否結果の張り出されるドラゴン月(1時)の刻になると少しばかり空きの出来たギルド会館1階はまた人で溢れ返る事になった。

会館の多くの人より頭1つ分背が高く、遠目もきく私は人垣の先にある合否結果に自分の受験番号が記載されているのを見つけることが出来た。


『合格か…』


声に出すつもりはなかったのに、嬉しさで思わず声に出ていた。受験票を握り、認定証交付カウンターに並び自分の番を待った。


「合格、おめでとうございます。此方が認定証になります。仕事を請ける際には此方が身分証になりますので肌身離さずお持ちください」


笑顔の受付嬢から手渡された認定証は手の平よりやや小さい銅板に紐を通したものだった。受け取り首にかけ、暫く眺めていると


「これからのご活躍を期待しております」


と微笑ましいものをみる眼差しで受付嬢に声援を送られた。


『ありがとう』


礼をいい、軽く手を振ると受付嬢も手を振り私を見送ってくれた。

これで、私の今日の用事は終了した。後はソフィアの店でラミナ達と合流するだけだ。

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