第44話

このところ5歳になったソアレに対して私とラミナはあることに頭を悩ませていた。


『ソアレも今年で5歳か。来年には6歳で街の学校に行くんだよな』


「それなんだけどね」


現在、私とラミナを悩ませているのはソアレの学校のことだった。

学校に行かせることは私もラミナも賛成だった。

同じ年頃の子供たちと共に何かを学ぶという体験は貴重なものだ。ソアレは魔物の子。けれど、もし友人が出来たのならそれはかけがえのない存在になるのではないか。など、行かなければ得られない貴重な体験があるのだが…


「西都の学校だとソアレの知識欲が満たされないのよね」


キッチンにある椅子に座りテーブルに頬杖をついて、はあとラミナはため息を漏らした。

一番の問題はここなのだ。

学校では基礎的な学問を子供たちに教えている。何も知らない子供ならそれでも良いが、ソアレは既に家にあるラミナの専門書まで読み漁るというレベル。そんな子供が街の基礎学問で満足するとは到底思えなかった。


「王立の学校だったら、あの子でも満足する知識があるんでしょうけどね。でもね…」


ここに第2の問題が立ちはだかってた。頬杖からテーブルに突っ伏したラミナが恨めしそうな声を上げる。


「王立学校の入校基準に王族、貴族、もしくはそこから推薦をもらえないと入れないってのがね。西都でそこそこ有名な薬師くらいじゃ到底無理よね」


ラミナでダメなら無名の私などどうすることも出来ない。親としては子供が望む教育をしてやりたいが出来ないというジレンマにここ数日私とラミナは悩まされていた。


テーブルに撃沈していたラミナがおもむろに顔を上げる。


「まあ、出来ないことをいつまでも悩んでてもしょうがないわ。西都の学校説明会行くわよ。アステル、子供たちを起こして着てくれないかしら」


『了解した』


キッチンで朝食の準備を始めるラミナを背に隣の寝室で寝ている子供たちを起こしに私は扉を開けた。





『ソアレ、キキ起きなさい。今日は学校説明会に行く日だろ』


私が声をかけるとソアレは起き上がり、「はい~」と返事をすると着替え始めた。しかし、キキの方はまだ眠いのかベットの上で毛布に包まりごろごろと転がっている。


『キキ起きなさい!』


毛布を強引に剥ぐと【きゃうー】と小さな悲鳴を上げてキキはベットの上で丸くなった。


「お姉ちゃん、間に合わなくなっちゃうよ」


着替えが終わったソアレがキキに声をかける。


【行きたくない~】


むすくれた声でキキが返すと、ソアレは困ったような呆れたような顔で私を仰ぎ見た。


『ソアレは先に母さんと準備をしていてくれないか』


「分かった」


頷くとソアレはキッチンの方へ移動し、部屋には私とキキだけになった。

丸くなったキキの隣に座り、絹のように滑らかなその髪を指で掬う。


『行くんじゃなかったのか?』


私の言葉に兎のように長い耳だけが此方を向いた。

数日前まではキキも行く気があるようだった。しかし、いざ行くとなったら嫌になったようだ。


『何が嫌なんだ?』


学校には行っていた様な気がする。そのあたりの記憶は私にはなかったが、嫌だったという感覚はない。おそらくそれなりに楽しくは過ごしていたのだろう。そんな私からしたらキキが何が嫌で行きたくないのか分からなかった。


キキの答えを静かに待っていると、ポツリポツリとキキは話し始めた。


【うち、竜ドラゴンやないか。…だから、ソアレや他の皆みたいに成長しないやん…。ずっと姿が変わらないのって可笑しいって誰でも思うやろ?ヒトと違うモンは化け物って言われるやろ?うちそんなの嫌や…】


顔を上げたキキの涙を貯めた金色の瞳が私を見つめた。

仲良くなったヒト達に化け物と嫌悪されるのがどれほど辛い事か。思い至らなかったことを後悔しながら私はキキをぎゅっと抱きしめた。


『分かってやれなくて、すまなかった。無理に学校へ行けとは言わない、行きたくなったら行けば良い』


学校のことは一先ず置いておく。


『ただな、今日は私も別に用があるから、行かないならキキは1人で留守番になるし、夕飯はソフィア達と約束してるんだぞ』


ぺっしょりと垂れ下がっていたキキの耳がピッコンと音を立てるかのように上に上がると


【そうやった!!留守番嫌や、ソフィア達にも会いたいんや】


慌てて私の腕から逃れると衣装箪笥にキキは駆け寄り、お気に入りの桃色のワンピースを手にとり、


【お父ちゃんとて、男や。男は乙女の着替えを見ちゃあかんのや】


今まで泣いてたのがなんなのやら。きりっとした表情で言い切るキキに私は苦笑交じりに、


『はいはい、見ませんよ。着替え終わったら来るんだぞ』


キキを残し、私もラミナ達のいるキッチンへと移動した。

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