第28話

『さて、今日も終いにするかの』


稽古の終了を翁が告げた。


『今日もあり…ごほごほ』


稽古の礼を言おうとして咳き込む。このところ理由は分からないが咳き込むことが続いていた。


「風邪ですかね?」


パナが心配そうにわたしの方を見ていると翁は呆れたような声で


『リビングアーマーが風邪などひくものか』


「そうですわよね。それ以外には…」


パナと翁が二人そろって腕を組み考え込んだ。暫く考え込んでいると何か心当たりが思いついたのか翁がわたしに尋ねてきた。


『アステルよ、主は今年で何歳になる?』


何歳と聞かれても自分が子供であることは分かっていても歳までは思い出せてはいない。


『ごほごほ…歳までは思い出せてないですよ』


『そうか、わしの記憶が正しければ13になるんじゃないか?』


え?翁は昔のわたしのことを知っている?是が非でも思い出したいわけではないが、知っているのなら知りたいと思うくらいには興味はあった。


『翁は昔のわたしのことを知ってるんですか?』


わたしがくい気味に聞くと翁は困ったような声で頭を掻きながら


『詳しくは知らんよ。知人の子というくらいじゃし、そもそもお主かどうかもあってるとも言えんしの』


『そうですか…』


少しばかり残念でわたしの声は沈んでいたようで、


『期待させてすまんのう』


と申し訳なさげに翁が詫びてきた。

それまで考え込んでいたパナが思いついたと言わんばかりにパンと軽く手を打った。


「声変わりかもしれませんわ」


『『声変わり?』』


翁と私の声がハモった。

確かに13くらいの少年は声変わりの時期ではあるが、わたしは魔物であるわけだし…


『それはないんじゃないかな』


『あるわけないじゃろ』


わたしと翁が否定してもパナはまだ諦めた様子はなかった。


「アステルは変異種(ユニーク)ですわ。属性以外にも普通にないことが起きても不思議はありませんわ」


『まあ、そうじゃが』


「ね、きっとそうですわ。声変わりしたアステルの声はきっと凛々しいものになるのでしょうね」


『いや、そうとは…』


わたしが何か言ったところで自分の世界に浸ってしまったパナには聞こえていないようだった。

やれやれとわたしと翁は顔を見合わていると『そう言えば』と翁は口にした。


『今日は西都に行くんじゃったかの?』


『はい、初めて3人で出かけるんですよ』


答えるわたしの声は弾みに弾んでいた。


わたし達の住む家から一番近い都市が水の国に東西南北の4大都市の1つが西都。ラミナの家から少し離れた所に西都付近の森に転移出来る転移陣が敷いた祠があり、ラミナは時折、西都に自家製の薬や魔道具などを卸しに行っていた。

何度か一緒に行きたいと頼んでみたものの、ラミナ曰く取り扱いの危険なものがあるから危ないとかでわたしとソアレは留守番をさせられていた。

それがやっと連れて行ってもらえるのだ。楽しみでないわけがなかった。


『そうか、そうか、良かったのう』


喜ぶわたしを翁も楽しそう笑いながらに眺めていたが、『じゃがの…』と発した声は真面目なものになっていた。


『気をつけるんじゃぞ。主は限りなく人に近い、されど魔物と言う事を忘れるでないぞ』


『勿論ですよ、そんな事』


何を当たり前のことをと少しばかり不機嫌な声でわたしが返すと、


『人は基本、善なるものだがそうでないものも多くいる。なにより主は変異種、それ故に狙われることもあるやもしれん。くれぐれも気をつけるんじゃぞ』


翁の言葉は心からわたしの事を心配しているものだった。


『心配ありがとうございます。でも…』


わたしは自分の身体を見回しながら苦笑した。


『こんな、厳つい鎧より天使のように可愛いソアレの方がよっぽど危険だと思うんですけどね』


翁も思い出したようで


『そうじゃった。ソアレも気をつけないとな。いや、ラミナ殿も中々の美人と聞くし、とにかくお主等、気をつけるんじゃぞ』


『はい。心配ありがとうございます。それでは行ってきます』


礼を言い頭を下げ踵を返すと家路へと向かった。


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