第27話

待ち合わせ場所に着くとそこには既にいぶし銀の鎧の姿があった。

あれ?時間計算を間違えて遅れてしまった?慌てて腰のポーチから時計を出すとまだ、待ち合わせ時間にはなっていなかった。

安堵のため息をつくとわたしを見つけた翁が声をかけてきた。


『よう、逃げ出さずに来たのう』


『逃げ出したりしませんよ。自分から頼んだことですから』


わたしが心外なと少しむくれた声を出すと翁は楽しげに笑い、わたしの頭をガシガシと撫で回した。


『すまんすまん、自分から言い出して逃げ出すやつが多くてのう。主は見込がありそうじゃ。さて、では行くかの』


撫でるのを止めた翁は塒の広場に向かい歩き始めた。

『はい』と短く返事をし、わたしも翁と共に広場へと向かった。


広場から少し離れた所にある丸太テーブルに添えられた丸太の長いすに腰掛けたパナがわたし達の方に微笑みながら手を振っていた。


「お二人とも今日も頑張ってくださいませ」


『勿論!』


わたしがパナに応え双剣を構えると翁も片手剣を抜き構えた。


『では、行くぞ』


力強い翁の言葉と共に今日の稽古は開始された。



稽古を始めて何時間、翁の攻撃を避け続けただろう?

始めて2日目で動きに対応出来るわけもなく、現在の時点で生身なら2桁はわたしは死んでいた。2桁を越えたあたりで数えるのも諦めた。

全身いたる所に剣で斬り付けられた深い傷が刻まれ、ズキズキと痛む。


『その傷でよく立ってられるな』


『……』


酷い有様のわたしを見て翁は関心した声で呟いた。その呟きはわたしにも聞こえてはいた。けれど、もう言葉を発するのも億劫だった。

ぼやける視界に左わき腹に斬撃が迫る。

咄嗟に剣で受け止めようとしたが、剣はあっさり弾き飛ばされ、翁の片手剣はわたしの胴を半分ほどまで切り裂き、わたしは横向きに地面に倒された。


『あ、がぁ…』


痛みのあまり悲鳴すら出ない。右手でわき腹を押さえ呻き声をだすのがやっとだった。


『今日はここまでにしておくか』


言うと翁は握っていた片手剣を鞘に収めた。


『…ぁ、ぐぅ…』


まだやれる。言いたいのに口から出たのは呻き声だけだった。


『休んどれ』


踵を返し、パナの元に向かう翁の背中を眺めている間にわたしは気を失っていた。



『あっ、痛!!』


僅かに動いた拍子に痛みが走り目が覚めた。身体を起こそうにも痛すぎて起こせない。

視線を巡らせるとわたしの叫び声に気づいた翁がこちらに向かって歩いてきていた。


『目が覚めたようじゃな』


『…は…い』


かろうじて返事は出来た。


『まだ痛むか?』


片膝をつき、わたしの胴の傷を見つめながら翁は尋ねてきた。

肯定で小さく頷くと、


『やりすぎた。すまんかった』


申し訳なさそうな声で翁はわたしに頭を下げた。

違う。貴方は悪くない。否定で首を横に振ると走る痛みに思わず涙が零れた。


『こんなになっても主はまだわしに師事したいか?』


翁の問いにわたしは頷く事で応えた。


『そうか、こんな師匠ですまんな。痛みがとれるまで休んでると良い』


苦笑交じりに立ち上がろうとする翁にわたしは腰のポーチからラミナからの手紙を出して手渡した。


『この手紙は?』


『ラミナから…』


そこまで言ってわたしはまた気を失っていた。



「お加減はどうですか?」


パナの心配そうな声で目を覚ますとあの激痛はなく、わずかばかりの痛みが残るだけだった。

数時間であれだけの傷が塞がるこの地は膨大な魔力に満ちているというのを改めて思い知らされた。

身体を起しパナの方を向くと彼女は此方の様子から察したのか、にっこりと微笑んだ。


「よろしい様で良かったですわ」


わたしが立ち上がると、パナは背面の翁に声をかけた。


「マスター!アステルが目を覚ましましたわ」


『おお、そうか』


応えると翁は丸太の長いすから立ち上がり、テーブルの上にあった羊皮紙を手に持つとわたし達の方に歩み寄ってきた。


『手紙しかと読ませてもらったとラミナ殿に伝えてくれ。それとこれはわしからの返事じゃ』


そう言うと翁はなにやら書かれた羊皮紙を丸めて紐で縛るとわたしに手渡した。


『了解しました。ラミナに渡します』


受け取った羊皮紙をポーチにしまい、はたとわたしは気づいてしまった。

もう、帰る時間ということに。

…どれだけ、気を失いもとい寝ていたんだわたしは

自身に怒りたいやら、呆れるやら、思わずわたしは額に手を当てため息を漏らしていた。


『どうした?』


わたしの様子に不思議に思ったのか翁が尋ねてきた。


『いえ、どれだけ寝てたんだと…』


『なんじゃ、そんな事か。寝る子は育つというではないか』


相変わらずカッカッカと豪快に翁は笑う。


『眠れるならは良いではないか。全く眠れぬというも辛いものだぞ』


何のことか分からずわたしの頭には疑問符が浮かんだが、そう言う翁の声はどこか寂しげだった。


『さあ、家族が待っておるだろう』


少しばかりしっとりとした雰囲気を変えるように明るい声で翁はわたしに帰る事を促した。


『はい。本日もありがとうございました』


深く翁に一礼するとラミナとソアレの待つ家路を急いだ。




『ただいま』


一声かけ、内扉を開くと壁伝いに危なっかしい足取りでニコニコ上機嫌でソアレがわたしに向かって歩いてきていた。

無事、わたしの足元までたどり着いたソアレは自慢げにわたしに笑いかけ、抱っこせよと言わんばかりに両手をわたしに向かい突き出していた。

屈んで抱き上げ、ソアレのぷにぷにホッペに軽く頬ずりするといつもと変わらず「きゃーう」と喜びながらも少しばかり嫌そうな顔をされた。


「お帰りなさい」


そんなわたしとソアレのやり取りをラミナは微笑みながら見つめていた。


『あ、ラミナ。翁から返事を貰ったんだ』


翁から預かった羊皮紙をポーチから取り出すとラミナに手渡す。


「ありがとう」


受け取り、紐を解くとラミナは手紙を読み始めた。

暫く真剣な面持ちだったラミナだったが、ふうと大きくため息をつくとわたしに向かって微笑んだ。


「翁さんは誠実な方なのね。しっかり鍛えてもらいなさい」


『勿論!』


わたしが元気よく答えるとラミナは嬉しそうに笑っていた。


こうしてわたしはいぶし銀の騎士、翁に師事する事なり、あっという間に3年が過ぎていた。

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