第26話

家に着いたのは大体フェニックス月(7時)を回ったところで、その頃には身体中の傷も綺麗に癒えていた。

内扉をあけると丁度、朝食を食べているようで食事の良い匂いが漂ってきた。


『ただいま』


わたしが声をかけるとソアレとラミナが一斉にこちらを見る。

「ぱぱ」とにこやかな笑顔をわたしに向けるソアレとは対照的にラミナは心配そうにわたしに駆け寄ってきた。


「大丈夫?どこも怪我してない」


くまなくわたしの身体を見て怪我がないことを確認するとやっとラミナは笑顔になった。


「良かった、本当に無事で。お帰りなさい」


良かった。いつものラミナの笑顔だ。こんな心配そうな顔はもうさせたくない。

泣くほどズタボロになったことは口が裂けても言わないと心に誓った。

ラミナの視線がわたしの背中に担がれた双剣に向いてるのに気づいた。


「それがアステルの武器なの?」


肯定で頷くと


「見せてもらっても良い?」


『構わないよ』


答えてわたしは背中の双剣をラミナに手渡すと、ラミナはしげしげと剣を色々な角度から眺め始めた。


「これ、風の国の王宮騎士の剣ね。アステルのお父様は立派な騎士だったのね」


立派な騎士…この言葉で忘れていた葬儀の記憶がフラッシュバックした。思い出した。この剣は王子を魔物から守り殉職した父さんの形見。


『そうだね。でも、死んじゃったんだ』


「そう、ごめんなさいね。辛い事思い出させちゃって。返すわね」


自分でも思っていた以上に声が沈んでいたようで、剣を私に返すと申し訳なさそうにラミナは顔を伏せていた。

また、わたしのせいで彼女を暗い顔にさせてしまった。何か空気を換えないと。

そうだ、翁のことでも話せば空気が変わるかもしれない。


『そうだ、剣を探していた時に出会った人に稽古をつけてもらえるようになったんだ』


「あら、それは良かったわね」


わたしの声が明るくなったからか微笑みラミナも喜んでくれた。


「その人はどんな方なの?」


『うん、名前は教えてくれなくて翁って呼べって』


「そうなの。他には?」


翁に興味を持ったラミナはわたしの回答をまだかと目を輝かせていた。


『いぶし銀の鎧を着て、霊槍パナ…えーと、パナポナ…』


「パナポナイフィシティアシーじゃない?」


『そう、それ!それの持ち主なんだって』


ほんの少し前まで楽しげだったラミナの顔が険しいものに変わっていた。

何かラミナの気に触ることでも言ったのだろうか?


『…ラミナ?』


不安げな声で尋ねると


「その人は貴方に優しかった?」


翁が優しいかと聞かれたらおそらく優しいになるだろう。ただ、戦闘に関しては物凄く厳しいところはある。

肯定で頷くとラミナは暫く考え込んでから、


「そう、こういう縁もあるのね…」


小さく呟くとぱんと軽く自分の両頬を叩くとラミナはにっこり笑った。


「さ、今日も一日楽しく過ごしましょうか」



無事に一日も終わり、ソアレは篭ですやすや眠り、わたしは魔文字の勉強で煙を噴いた頭をベットに寝転がり冷やしていた。


「やっと書きおわった…」


いつの間にか眠っていたようで、ラミナの疲れた声で目が覚めると、物書き机の隣に置いてあるゴミ箱には丸められた紙が山のように積みあがっていた。


『お疲れ様。何を書いてたの?』


机に突っ伏しているラミナに労いの言葉をかけるとラミナは顔を上げ、書いていた紙を封筒に入れるとわたしに手渡した。


「貴方がお世話になる翁さんにご挨拶でもってね。渡しておいてくれる?」


『了解した』


手紙を受け取り腰のポーチにしまうのを見届けるとラミナは「それじゃ、お休み」とベットに倒れこみそのままスウスウと寝息をたてていた。


『さて、今日も日課をこなしますかね』


たまった洗濯物が詰まった篭を片手にわたしは部屋を出た。

洗濯物を終えて部屋に戻り、時計を見ればまだユニコーン星の刻(5時)だった。翁との待ち合わせまでは少しばかり時間がある。

料理をしたら寝入ったばかりのラミナが起きるかもしれない。いや、あの分ならむしろ起きないかも?


木製のボールに小麦粉と卵に砂糖と膨らし粉少と香料一振り、カップ一杯の山羊乳をへらで玉がなくなるまで混ぜ、暖め油をひいたプライパンに生地を流し込む。

ぷつぷつと表面の気泡が弾け始めたところで裏返すとこんがりと焼き色がついていた。甘く香ばしい匂いがたってきたところでプライパンからパンケーキを皿に移す。

これだけ良い匂いがしてもラミナが起きてくる気配はなかった。


『完全に寝てるな』


呟き小さく笑うと、残りの生地をフライパンに投入した。


焼きあがった三枚のパンケーキの隣にスクランブルエッグとベーコンを添えて朝食は完成した。ナフキンを朝食にかけ、時計を見れば出発するのに丁度良い時間になっていた。

静かに隣の部屋を覗くとラミナもソアレも気持ち良さそうに寝息をたてていた。


『行ってきます』


起こさないように小さく呟き、音を立てないように扉を閉め、わたしは翁との待ち合わせ場所に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る