第29話
家に着き、内扉を開けようと扉の前に立つと中からソアレとラミナの楽しげな声が聞こえた。
「ぱぱ、まだかな?」
「もうすぐ、帰ってくるわ」
「まちにいくの、そあれたのしみ」
「そうね。三人でお出かけは初めてだから私も楽しみよ」
『ただいま』
声をかけると共に扉を開くと、わたしに気づいたソアレが駆け寄ってきた。
「ぱぱ、おかえり。はやくいこう」
待ちきれないとばかりに急かすソアレは染みのない白の半そでブラウスに黒の短パンを履き、かわいらしい茶色のブーツをも履いていた。
その姿はパッと見ただけではどこかの貴族の子息にしか見えほど愛らしく気品があった。
その後ろには既に商品の入った鞄を背負い準備万端のラミナの姿があった。
「もう、準備は出来てるわ。さ、行きましょ」
そう言う、ラミナは白い長袖ブラウスにアイボリーのカーデガンを羽織り、踝まである藍色に裾に白い糸で花の刺繍のされたロングワンピース着ていた。スカートの裾からは歩きやすいブーツを履いた足が覗いていた。
足?あれ?ラミナはラミアだから下半身は蛇のはず…
『…ラミナ、その尻尾は?』
わたしが尋ねるとラミナは苦笑しながら、
「だって、人の街に堂々と魔物は入れないでしょ。変化の魔法で身体の一部を変えたのよ」
『そんなことも出来るのか。魔法って凄いな、けほけほ。わたしにも出来るかな?』
「アステルにはこのタイプの変化の魔法は無理ね」
『何で?』
「元ある生き物を別の生き物に置き換えているのが私の使ってる変化の魔法なの。アステルは生き物じゃないからこの魔法は使えないわ」
『そうか』
出来ないと言われ少しばかり落ち込んだ声を出すと、ラミナは励ますかのように
「アステルにも使えるとしたら幻覚系でそう相手に見えるようにする魔法かしら。でも、これだと勘のいい人や幻覚系を無効にする魔法を習得している人にはあっさり見破られちゃうから、アステルの場合、そのまま堂々としている方が魔物ってばれないかもね」
結局フォローになってない。それでも励ましてくれたのは嬉しかった。
『それもそうか。それじゃあ行こうか』
わたしの言葉に二人は頷くと転移陣の敷いてある祠へとわたし達は向かった。
石を積み上げて作られた祠は2マクリス(m)程の転移陣を囲うために作られているため大人2人が祠に入ると既に窮屈なことになっていた。
「ごめん、アステル。陣の真ん中で座っててくれる」
『分かった』
頷き胡坐をかくと、ソアレがわたしの足の間にちょこんと収まってきた。
「よし、じゃあ行きますか」
わたしの後ろに立ったラミナは何やら呪文を唱え始めると陣が発光を始めた。最初は蛍火のように淡かった光は徐々に強くなっていき、ラミナが呪文を唱え終わると視界が白くなるほどの光に覆われた。
真っ白になった世界に徐々に色が戻ってくる。ここも祠の中のようだ。
祠の外から
「こっちよ」
とラミナの声のする方に歩くと開けた平地の先には巨大な石壁にぐるりと覆われた街の姿があった。森からは西都へと続く石畳の道が一本線のように引かれていた。
『あれが西都…』
「すごいねー」
わたしとソアレが驚いているとラミナは既に石畳の道を歩いていた。
「まだ、距離があるんだから、のんびりしてるとお昼になっちゃうわよ」
『そ、そうだな』
慌ててソアレを抱き上げ肩車するとわたしはラミナの後を追った。
街と外を隔てる石壁には東西南北に各1箇所、門が作られ街と外の行き来を可能にしていた。
わたし達は一番近い西門から街に入るため、ラミナが関所で手続きをしに受付に向かおうとしていると1人の他の兵士より明らかに威厳のある門兵が朗らかにラミナに声をかけてきた。
「これはラミナ殿、久方ぶりですね」
「あら。衛兵長さんもお元気そうで」
ラミナも笑顔で応える。衛兵長の視線がわたしと肩車されたソアレに向く。
「後ろの二人は貴女の連れですかね?」
「ええ、自慢の家族ですわ」
キラキラと輝くラミナの笑顔につられて衛兵長も笑顔になると腰のポーチから金属製の何かが刻印されたカードを3枚取り出した。
「貴女のお連れなら問題ないでしょ。此方を滞在中はお持ちください」
衛兵長がラミナに渡したのは街への滞在許可書だった。
「ありがとうございます。それでは貴方もお元気で」
金属の滞在許可書を受け取り、手を振るとラミナはわたし達を引きつれ街の中に入った。
『さっきの人は?』
自家製薬品や魔道具を卸す店に行く道すがら、わたしは先ほどの人物についてラミナに尋ねた。悪い人ではないのは頭で理解出来ていても、ラミナが自分の知らない人と楽しげに話している、それがどうしようなもく面白くなかった。
「衛兵長さん?」
『そう』
答える声に不機嫌さがにじみ出る。
「以前に大怪我をしたときに私が作った薬がとてもよく効いてね、それから私の薬を贔屓に使ってくれてるお客さんよ」
お客さんか…。納得はしたもののまだもやもやしたものが心に残る。
そんなわたしの心情を読んでいるかのように
「もしかして、妬いてた?」
『な、そんなことあるわけないだろ』
図星な言葉に思わず声が上ずる。そんなわたしの頬をラミナは優しく撫でながら
「心配しなくて大丈夫よ。私が愛してるのはアステル、貴方と…」
ラミナは私を見つめた後、わたしに肩車されているソアレの方を見て
「ソアレだけよ」
と優しい笑みを浮かべながら言った。
その笑顔と言葉でわたしの心のもやもやは晴れていた。
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