第10話
目が覚めると部屋にはラミナとソアレの姿はなく、扉越しにラミナとレフコの話し声が聞こえた。扉を開けると「おはよう。よく眠れた?」とラミナが笑顔で迎えてくれた。
『おはよう。寝すぎじゃなかった?』
「大丈夫よ。それより、今日もお使い頼まれてくれるかしら?」
『勿論』
わたしが快諾すると少し困り顔だったラミナの顔は笑顔になった。
「ありがとう。今日は届け物をして欲しいの」
『届け物?』
「この鞄の中身を鉱山ゴブリンさんに届けて欲しいの」
そういって取り出した肩掛け鞄をラミナはわたしに襷掛けにした。
「道案内はレフコがしてくれるわ。お願いねレフコ」
ラミナに頭を撫でられるとニャーとレフコは返事をした。
『それじゃあ、いってきます』
「気をつけていってらっしゃい」
ラミナとソアレに見送られ、わたしとレフコは家を出た。
さて、鉱山はどっち方向なんだろう?
わたしが尋ねるよりも前にレフコは西に向かって歩き出していた。見失わないよう慌ててわたしはその後ろ姿を追った。
うっそうと茂る森の中をひたすら歩るいていくと、徐々に地面が柔らかな土からごつごつとした岩混じりに変わってきた。何度か岩に足をとられ転びそうになるわたしとは対照的にレフコは軽やかに進んでいった。
「着いたよ」
そう言ってレフコが止まった先には視界を埋め尽くす岩壁があった。岩壁には何個も鉱山奥へと繋がる穴が掘られ、入り口には穴と同数のトロッコが停めてあった。
「村長!レフコが来たぞ!!」
岩壁に向かってレフコが叫ぶと穴の一つから小柄な人影が現れこちらに近づいてきた。
人影を良く見るとくすんだ薄い青緑色の肌につるりとした毛のない頭、歪んだ三角に尖った耳、顎には白く長い髭を蓄えたゴブリンだった。
「レフコ、よう来たな」
笑顔でレフコを迎えた村長ゴブリンがわたしの方を見て困惑した顔で尋ねた。
「こいつは誰じゃい?」
わたしが答えようとするより早くレフコが答えた。
「ラミナの家の居候」
「そうか、居候か」
それに納得する村長ゴブリンにわたしは何ともいえない気分になっていた。
居候と言われればそうなのだが、なんかこうもっと別の言い方はなかったのだろうか。
「居候とやら、お主名はあるのか?」
『アステル』
「ふむ。ラミナが付けたのか?」
『そうだが』
「そうかそうか」
つい、ぶっきらぼうに答えてしまったが、顎鬚を摩りながら頷く村長ゴブリンは何故かニコニコしていた。
「ラミナが名付け親なら問題ないじゃろ。さ、行くかの」
そう言うと、村長ゴブリンは元来た穴のほうに向かって歩き始め、その後ろをレフコと共にわたしはついていった。
村長ゴブリンの入った穴の先はラミナの家にあったものよりやや大きめの透明な箱に光る石が詰められたものがいたるところに設置され洞窟内を照らしていた。
洞窟内は木造の平屋が何軒も立ち並びそれでもまだ上に余裕のある巨大な空洞になっていた。
平屋の中で一軒だけ他と作りの違う建物に村長ゴブリンが向かう途中、平屋の窓からわたしを不思議そうに見つめる視線がいくつもあった。
視線の方に振り返り小さな頭とわたしの目が合うと小さな頭は急いで窓の中にひっこんでしまった。
目指していた建物に着くと村長ゴブリンは扉を開け
「さあ、入りなされ」
と部屋にわたしとレフコを招きいれた。
外から見ても他の平屋よりは一回り以上大きく高かったが、通された部屋は大人10人ほどが入る余裕のあるもので、中央には円形の大きなテーブルが置かれ、縁に沿って8脚の椅子が等間隔で置かれていた。
奥の1脚に老人ゴブリンは腰掛けると「お主らも座りなされ」とわたし達にも座るように促した。対面にわたしが座るとその右隣にレフコも座った。
「それで、今日は何用で来た?」
『ラミナから届け物を』
肩掛け鞄から中身を取り出し、丁寧にテーブルに並べた。鞄の中身は様々な色の薬瓶が30個ほど入っていた。村長ゴブリンは薬瓶を一つ一つ手に取り中の液を確かめているのかじっくりと眺め、全ての瓶を眺め終えると
「依頼の品、確かに頂戴した」
と満足げに頷き、椅子から腰を上げると隣の部屋に続く扉をくぐり、暫く経って戻ってきた時には両手に自身と同じくらいのパンパンに膨れた麻袋を持って現れた。
「これが代金じゃ」
村長ゴブリンがわたし達に見える様に麻袋の口を開けるとぎっしりと魔石が詰まっていた。
「代金、確かに確認した」
「では、また来月同じものを頼む」
レフコと村長の間で取引は完了したようで、椅子から降りレフコは出入り口の扉に向かおうとしていた。
え?もう帰るのか?まだ着たばかりで村の中や鉱山など見て回りたいところは色々あるのに。
『もう帰るのか?』
名残惜しそうにわたしが言うと
「そうだ。まだいたいのか?」
レフコの声は面倒くさげだった。それから、はあと大きくため息をつくと
「日暮れまでだぞ。あんまり遅いとラミナが怒るからな」
『ありがとう、レフコ』
わたしが嬉しそうな声を出すと再度レフコは大きなため息をついた。
村や鉱山の事も気になっていたが、もう一つ気になっていたことをわたしは村長ゴブリンに尋ねた。
『村長、ラミナとの取引以外で魔石が欲しい場合はどうしたら分けてもらえる?』
「簡単な話じゃ。わしらと一緒に掘ってその日の収穫を分けてやるわい」
『それで良いのか?』
「構わん、構わん。それよりも剣でなくつるはしを持つリビングアーマーを見ることになるとはな」
ふぉふぉふぉと村長は楽しげに笑っていた。
「試しにあやつらと一緒に掘って来ると良い」
村長の視線の先には出入り口の扉からひょっこり顔を覗かせている二人のゴブリンの子供の姿があった。一人は頭の中心に縦に鶏冠の様にくすんだクリーム色の髪を立たせ、もう一人は鶏冠のような髪を中心でかわいらしく朱色のリボンで纏めていた。前者がゴブリン少年、後者がゴブリン少女と言ったところだろうか。
「ええ?おいら達?」
自分の事を指差し慌てるゴブリン少年に村長は
「お前らしかおるまい。頼んだぞ」
と今日のわたしのお供にゴブリン少年と少女を任命した。
わたしも椅子から立ち上がると二人の下に歩み寄り少し屈み手を差し出した。
『今日はよろしく。アステルと言う』
「おう、よろしくな。アステル。おいらはアネモスデゥベガ。アネモスでもデゥベガでも好きに呼んでくれ」
がしっと力強く少年は握り返してくれた。少女は少年の後ろでもじもじと小さく
「よろしくです。あたしはルルビイクシ。ルルビって呼んでくださいです」
と呟いた。
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