第8話

どれぐらい眠っていた?

はっとし起き、周りを見回したがラミナの姿はなかった。


そっと寝室の扉を開け中を覗くとうつ伏せで眠るラミナと篭でスヤスヤと眠るソアレの姿があった。

起こさないように足音をなるべく立てずに歩こうとするが、黒鉄鎧の身体では歩くたびに金属同士がぶつかりガチャガチャと音を立てる。

起きないでと祈る思いで、まずはソアレに近づきオムツを確かめる。

濡れてない。こちらは大丈夫。

次いでラミナのほうに寄りはだけた毛布をかけ直し、最後に汚れ物の入った篭を持ってわたしは部屋をでた。


外に出ると日は昇っておらず空はまだ暗かったが、東の空は薄すらと白くなりかけていた。

オムツを洗い、全て干し終わった頃には東の空に太陽がその姿を現していた。


空の洗濯篭を脇に置き、わたしはお使いに備えてキッチンで黙々と魔力を吸収していた。

篭一杯に盛られていた魔石もこれが最後になった。最後の一個を平らげたところでガチャリと


寝室の扉の開く音と共にラミナが姿を現した。


「おはよう。やる十分みたいね」


『勿論』


肯定で大きく頷くとふふっとラミナは笑っていた。


「それでは、今日の貴方の相方、≪我と契約せし雪の霊獣よ我の呼びかけにか答え顕現せよレフコ≫」


ラミナの言葉が終わると、彼女の傍らには真っ白の毛並みの大型の猫のような獣が座り顔をなめ毛づくろいをしていた。


「今日は水汲みとアステルの道案内お願いね」


ラミナと出合った時に見た銀の鈴を自身の手首とレフコの首に鈴を結わえ付けながら顎の下を撫でるとミャーと気持ち良さそうにレフコは目を細めていた。


「これにいっぱい、水を汲んできてね」


わたしに渡されたのは一抱えほどの皮袋だった。皮袋は背負いやすいように2つ1組でロープで繋がれていた。わたしが2組の皮袋を左肩に担ぐと


「いってらっしゃいね」


と既に出発するものとラミナは手を振っていた。


『あ、いやその…』


完全に言うタイミングを逃した。


「どうかしたの?」


小首をかしげラミナがこちらを見つめる。


『湖だから魚もいるかなと…』


「魚、いるわね」


『魚釣りなんか…出来ないかなと…』


魚釣りと言う言葉でラミナの瞳がキラリと光った。


「魚、釣ってきてくれるの?」


『良いなら…』


「良いに決まってるじゃない!待ってて、釣竿持ってくるから」


今までで一番の速度でラミナはいなくなり、戻ってくる時には見事な装飾のされた朱色の釣竿を片手に現れた。


『ずいぶん、豪華な釣竿だな』


思わず呟くほどラミナの持ってきた釣竿は豪華で、スケール部分には朱の下地に銀色で蔦の装飾があり、金属製のリールにも細かく彫刻がされ、付いている浮きは天使の羽のような美しい造型という凝り様だ。


「ドワーフの職人さんからお礼で貰ったんだけど、私、釣りなんかしないからずっとしまいっぱなしだったのよ。いっぱい釣ってきてくれるの楽しみにしてるからね。日暮れには帰ってくるのよ」


キラキラと輝く笑顔で釣竿を渡された。


『了解した』


釣竿を受け取りわたしとレフコは家から南にある湖を目指した。



勝手知ったる道と森の中を歩くレフコの歩みはスムーズで道中出会う小動物がこちらを遠目から伺う程度と実に快適なものだった。

一時間ほど歩くと森が開け、視界いっぱいに広大な湖が映りこみ、日の光を浴び湖面は七色に輝いていた。


『これはずごいな』


初めて見る大きな湖に思わず感嘆の声が漏れた。


湖の端に膝をつき皮袋を水面に沈め水を入れていくが、なかなか皮袋はいっぱいにならず、全ての皮袋をいっぱいに満たすにはそこそこ時間が掛かった。

いっぱになった皮袋を近くの木に立てかけわたしは釣りの準備を始めた。


練り餌を釣り針の先に刺し、釣竿を振るうと歪んだ半円を描きながら餌のついた糸は湖面へ飛んでいき、ポチャリと小さな音を立てて水面に沈んでいった。

後は魚が掛かるのを辛抱強く待つだけだ。


待つのに飽きたレフコは早々にあくびを一つ座り込んで居眠りを始めていた。

そういえば、わたしも始めて連れて行ってもらったとき退屈で居眠りをしていたっけ。

ふと脳裏に精悍な男性と幼い少年が川釣りをしている光景がぼんやりと浮かんでは消えた。


光景が消え、湖面に視線を移すと浮きが水面に引き込まれているところだった。

釣竿を支え、糸を巻くとずっしりとしと重さが感じられた。これは結構な大物だな。

慎重に糸を巻き上げていくと徐々に魚影が近づいてきた。

一気に引き上げられるところまで近づいたところで竿を引き上げると湖面からわたしの指先から肘ほどもある七色に輝く魚が姿を現した。


引き上げた勢いで魚は地面にビタンと音を立てて落ち、ビチビチと踊りまわっていた。

慌てて、水の入った木桶に魚を入れると魚には木桶は小さいようで窮屈そうに泳いでいた。


『綺麗な魚だな。なんていう魚なんだろう?』


桶の魚を屈んで眺めているとぬっとわき腹あたりから頭を突っ込んできたレフコが魚を凝視していた。


「七色魚か美味そうだな」


やや低めの少し擦れた女性の声が聞こえた。周りを見回しても人影はない。まさかレフコが?


『今、喋ったのはレフコなのか?』


変わらず魚を凝視しているレフコに尋ねるとレフコは姿勢を変えずに答えた。


「アタシが喋っちゃなんか悪いのか?」


『いや、悪くはないけど』


「なら、気にするな。それにしても七色魚か夕飯が楽しみだな」


七色魚を見つめるレフコの目は出かける時のラミナと同じくらい輝いていた。

どんな魚か食べられはしないが興味は湧いた。


『七色魚ってどんな魚なんだい?』


答えてくれないかもという不安もあったが、レフコはうっとりとした顔で答えてくれた。


「七色魚っていうのはココみたいな七色湖っていう特殊な湖でしか取れない珍しい魚で、その


味は1尾で7味と言われるほど美味とうたわれている。とにかく美味い!分かったならいっぱい捕れ!!」


キッとわたしの方を見るレフコの目は獲物を狩る狩人の目になっていた。


『そんなに美味いなら沢山捕らなきゃな』


ラミナの喜ぶ顔を思い浮かべながらわたしは釣竿を振るった。



頭上に輝いていた太陽も気づけば西の地平線に隠れようとしていた。


『そろそろ、日も落ちる。戻ろうか』


湖の水を満たした皮袋と釣竿を担ぎながらレフコに声をかけると「そうだな」と頷き今日の収穫、大物の七色魚×1、大きめの五色魚×2、並みの3色魚×3匹の入った木桶の持ち手を咥え歩き始めていたいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る