第7話
ガチャリと扉の開く音にはっとして起きるとオムツをつめた篭を抱きかかえたラミナの姿があった。
『ごめん。途中で投げ出すつもりはなかったんだ』
慌てて謝り、身構えるわたしにラミナはにっこり微笑み
「ありがとう、洗ってくれて。お陰でもう乾いていたわ」
と礼を言うと優しく頭を撫でてくれ篭を脇に置き、しゃがみこみむとわたしと目線をあわせ話し始めた。
「まだ、自分の魔力の使用加減が分からないのね。遠慮しなくて良いのよ。魔石はなくなったらまた補充しに行けばいいのだから。一杯食べて元気に動き回ってね」
言うとラミナは立ち上がり「はい」と魔石の入った篭から両手一杯に掬った魔石をわたしに渡してくれそれをわたしは両手で受け取った。
「さーて、お夕飯の用意をしなくちゃ。アステルはオムツを畳むのとソアレのことお願いして良いかしら?」
ラミナに頼まれたら断るはずもなく即座に了承した。
『承知した』
「ありがとう。お願いね」
ラミナはテーブルの上のエプロンを身に着けると石の箱から食材を取り出した。
あの箱は食材を保管するものだったのか。
興味を引かれてつい視線が箱のほうに集中していると、視線に気づいたラミナに問われた。
「気になるの?」
肯定で頷くと、この箱がどういうものかラミナは説明してくれた。
「これは、保存の石箱っていうの。名前はそのままで単純なんだけど、機能は凄いのよ。温度を下げて食材の鮮度を保つのと同時にこの箱の中の時間を通常の時間より1/10の速度で流れるようにして食材の腐敗まで防げるのよ。料理をする人にとっては本当にありがたい箱なの」
『それは凄いな』
わたしは素直に感心する。
「でもね、1つだけ入れちゃいけないものがあるの。生き物は絶対ダメよ。時間や空間に干渉する魔法の道具には約束があって生き物は絶対に入れちゃダメなの。入れた時は良くても、取り出すときには…」
思い出したくもないと身震いしてラミナは自分の両腕を抱きしめた。
『りょ…了解した』
ラミナの態度を見てわたしも少しばかり怖くなり声が上ずった。
「まあ、道具なんて使い方次第よ。きちんと使えば便利なものよ。お喋りはこれくらいして私も準備しなくっちゃ」
『そうだな、教えてくれてありがとう』
ラミナの後姿に礼を言うと、篭を抱えソアレのいる隣の部屋へとわたしは向かった。
スヤスヤと眠るソアレの頬は綺麗な薄紅色をしていて健康そのものだった。
この子はどんな大人になるのだろ?
健やかに幸せに育って欲しいと願わずにはいられない寝顔がそこにはあった。
眠るソアレの顔を見ながら傍らで篭からオムツを取り出しては畳み、別の篭の中に積み上げていく。
時折、薄紅色の頬に触れるとわたしの手は冷たいのかソアレの眉間に皺がよった。
弄りたい気もするがあまり弄って起きてしまっても困るのでこのくらいで弄るのは止めておこう。
ふみゃーふみゃーとソアレが泣き出し。
抱き上げてお尻に触れても湿ってはいなかった。
そろそろ、お腹が減ったのかもしれない。
ソアレを抱いたまま、わたしはダイニングキッチンに向かった。
テーブルには既に色とりどりの料理が並んでいた。
『ラミナは料理上手なんだな』
ぽつりともらした呟きはラミナにも聞こえていたようで
「一人暮らしが長いと自然に覚えるものよ。それとこれでも私薬師なのよ。薬膳料理なんかも作るからそれで覚えたって言うのもあるわね」
お玉を片手に振り返るラミナはどこか誇らしげだった。
わたしが言うよりも早くラミナはソアレの存在に気づき、お玉をシンクに置くとわたしのほうに寄って来た。
「ソアレ、お腹減ったみたいね。代わるわ」
差し出されたラミナの手にソアレを預けると愛おしそうにソアレを抱き、ラミナは近くの椅子に腰掛け、着ていた布のブラウスのボタンを外すと左乳をソアレの口に宛がった。
懸命に乳を食むソアレとその姿を愛おしそうに見つめるラミナの間には幸福と呼べる暖かい雰囲気が溢れていた。
懐かしくも暖かい雰囲気にしばし浸って二人を見続けけていると、けふっと両乳を食み終わり小さなげっぷをソアレが出してはっとし、ラミナの方を見ると俯いた顔が少し赤くなっていた。
「えーとね、その、マジマジと見つめられてると流石に恥ずかしいかな」
『す、すまない!』
慌ててわたしは後ろを向き
『その、懐かしいというか、その…ごめん』
良い言い訳など浮かぶわけもなく、結局わたしは謝っていた。
背中越しに聞こえるラミナの声は恥ずかしがってるものの怒ってはいなかった。
「まあ、悪気とかそういうのがないのは分かるから。今度は気をつけてね。それから、良いというまでは振り返らないでよ」
『了解した』
背後でしばらく布がこすれる音していたが止むとラミナが「いいわよ」と声をかけてきた。
振り返ると服を着なおしたラミナの腕の中ではソアレがスヤスヤと寝息をたてていた。
暖かそうに湯気を立てていた料理は既にみな冷めていた。
「冷めちゃったけど、頂きましょうか。いただきまーす」
片手でソアレを抱きかかえながら器用にラミナは食事を食べ始めたが、見ているほうは食べずらいのでは心配になってきた。
『食べてる間、わたしがソアレを抱いていようか?』
そう言われればそだったと言う顔でラミナはしばらくこちらを見てから「それじゃあお願いするわ」とソアレを手渡した。
わたしは片手でソアレを抱きながら数個テーブルの上に置いた魔石から魔力を吸収しながらラ
ミナの食事風景を眺めていた。
朝食といい、ラミナの食べっぷりは惚れ惚れするほど豪快で、テーブルを埋めていた料理は次々と空になっていた。
全て平らげると「ご馳走様」と手を合わせると空いた食器をシンクに片付け洗い始めた。
『わたしがやろうか?』
わたしが声をかけるとラミナは首を横に振り
「いいわ。それより貴方は沢山魔力を吸収しておいてね。明日はレフコとお使いに行ってもらいたいから」
と言いながら皿を小枝のタワシで洗っては、食器立てに立てていた。
『お使い?』
さて、わたしはどこまで行くのだろ?知らないところに行くのは少し楽しみだ。
「そう、だいぶお水がなくなってきちゃったから近くの湖まで汲んできて欲しいの」
『了解した』
明日は湖か。飲み水なら魚もいるだろう。魚釣りとか出来るといいなぁ。
明日のためにも今日はいつも以上に魔力を吸収しておかないと。
篭からもう一掴み魔石を取り出しわたしは食べ始めた。
「食器も洗い終わったし、私とソアレは寝室に戻るわね。アステルはどうする?」
差し出されたラミナの腕にソアレを渡す。
『わたしはもう少し魔力を蓄えておくよ』
既に先ほど掴んだ魔石もなくなり、わたしはもう一掴み魔石をテーブルの上に置いた。
「分かったわ。明日は頼んだわよ」
わたしの左頬に軽くキスをして2,3度手を振るとラミナは寝室へと向かっていった。
わたしは生き物ではない。
生き物のような欲求はないはずなのだが…
先ほどから魔石を食べながらかっくんかっくんと船をこいでいた。
この部屋には時計がなかったが、先ほどのラミナが夕飯と言っていたから時間的には夜なのだろう。
夜になってお腹が一杯になったから眠くなるとはまるで子供ではないか。
『わたしは…子供…じゃ…ない』
まどろむ意識はそのまま眠り変わっていた。
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