第6話
前日と同じ調理をするリズミカルな音でわたしは目を覚ました。
音のするほうを見ればエプロン姿のラミナの後姿、自身の方を見れば身体に毛布がかけられていた。
毛布をはいで立ち上がり、
『おはよう』
とラミナに声をかけると笑顔で彼女は「おはよう」と返してくれた。
「丁度良かった。ソアレにミルクをあげてくれない?そこにあるでしょ」
ラミナが指差す先にはミルクの入った哺乳瓶があった。
『了解した』
哺乳瓶を掴むとわたしは隣の部屋に向かった。
初めて踏み入れた隣の部屋は円形になっており、奥半円分の壁は全て本棚でぎっしりと本が詰
まっていた。
本棚の前には2,3人が寝れる広さの円形のベットが設置され、そのやや左側に置かれた一抱えほどの篭の中にソアレがスヤスヤと眠っていた。
『うーむ、眠っているのを起こして良いものか』
赤ちゃんは寝たままでもミルクは飲んだりしているし、やはりこのまま飲ませた方が良いか?
思案している間にソアレは起きようで、ふみゃーふみゃーと泣きだした。
篭からソアレを抱き上げ、ベットの端に腰掛けミルクを飲ませるとんくんくと小さな喉をならせ豪快に飲み始めた。
『ソアレは飲むのが上手なんだな』
そっと金色の髪を指先で撫でていると、満タンに入っていた哺乳瓶のミルクは半分近く減っていた。
2/3ほどミルクが減ったところでソアレが舌で哺乳瓶を押しのけた。
お腹が一杯になったのだろう。
脇に哺乳瓶を置いて、ソアレの背中をポンポンと優しく叩くとけふと小さくげっぷをした。
ソアレは本当に優秀な子だなぁ。
それに比べてあいつときたら飲まないわ、なかなかげっぷはしないで大変だった。あいつ?あいつとは誰だ?
思い出そうとしても何も思い出せない。ただ、こうやって誰かにミルクを飲ませていた感覚だけは残っていた。
ミルクを飲ませただけではお役ごめんと上手く行くはずもなく、しょーという水音ともにソアレのお尻が湿り始めていた。
『オムツ、オムツは?』
慌てて部屋を見回すとベットの脇に置かれた篭の中に長細い布が何枚も畳まれしまわれていた。そのうちの一枚を取り出し、濡れたオムツを汚れ物を入れている篭に入れると新しいオムツをソアレのお尻に宛がった。
湿ったオムツをつけている間はふみゃーふみゃー泣いていたソアレだったが、新しいものを宛がってやるとすぐに機嫌をよくして抱いて軽くゆらゆらしてやるとスウスウと寝息をたてはじめていた。
慎重に篭にソアレを戻しても起きる気配はなく、安心してわたしはラミナのいるダイニングキッチンに戻った。
キッチンに戻るとラミナの前には一人で食べるには多すぎる量の料理が並べられていたが、ラミナは気にする様子もなく料理をもくもくと食べていた。
『ミルクとオムツは交換しておいたよ』
わたしが声をかけるとラミナは食べる手を止めこちらに顔を向け、
「ありがとう」
と笑顔を向けると彼女はまた食事を開始した。
『そんなに食べて大丈夫なのか?』
少しばかりラミナの腹具合が心配になり尋ねると
「大丈夫、大丈夫。良いオッパイを上げるには一杯栄養をとらなくちゃね」
『そ、そうなのか』
若干、引く量の食事を嬉々として食べるラミナにわたしはこれ以上言うことはなかった。
まだ篭に残っている魔石をいくつか手に取りわたしはラミナの対面に座り、魔石の魔力を吸収しながらぼんやりと母さんもよく食べすぎと怒られてたっけと考えはっとする。
母さん?母さんとは誰だ?
ふとした瞬間に現れるこの感覚は何だ?
「どうかしたの?」
顔を上げると心配そうな面持ちのラミナの顔があった。
『いや、大丈夫。何でもない』
そう、何でもないと自分に言い聞かせるようにわたしは答えた。
「それならいいんだけど」
気づけば大量の料理は彼女の異次元腹に綺麗に収められ、空になった皿が積み上げられていた。
食器をシンクに片付け洗おうとラミナが水道の蛇口を捻ろうとするとふみゃーふみゃーとソアレが泣き出した。
「あらら、どうしたの?ちょっと行ってくるわね」
軽くわたしに手を振るとラミナはソアレの元に小走りで向かっていった。
わたしの魔力もだいぶ補充されても未だラミナが戻ってくる気配はなかった。
シンクには積み上げられた皿の山。
やることも無いわたしは食器を洗うことにした。
細い小枝を束ねたタワシで汚れを落とし、洗い終わった食器は食器立てに立てかける。
全ての食器を洗い終わってもラミナは戻ってこなかった。
そっと、隣の部屋の扉を開くとソアレを抱いてうとうとしているラミナの姿があった。
『ラミナ、そのままじゃ危ないよ』
ソアレが起きないよう小声でラミナに言うと
「ふえ、そうね」
寝ぼけ声で反応したラミナはソアレ用の篭にそっとソアレを寝かせなおすと、そのままベットに突っ伏しくーと寝息をたてた。そんなラミナにわたしはベットの脇に丸められていた毛布をかけた。
スヤスヤと眠る二人を前にわたしは途方にくれ部屋を見渡した。
すると、先ほど濡れたソアレのオムツを入れた汚れ物の篭を見つけた。
『洗濯でもしておくか』
篭を抱えて外扉を開けると、外はまだ日が昇って間もなく低い位置で赤く輝いていた。
物干し台は?と周りを見回すと地面にわたしの身長と同じくらいの長い棒が左右に突き立てられ、その間には人の指ほどのロープが張られたものがあった。
物干し台で間違いないだろう。
水場は物干し台の直ぐそばに蛇口のついた大きな樽と蛇口の下には水を受け留めるための木桶と石鹸らしきものが備えられていた。
試しに石鹸らしきものを水につけて擦ってみるとぷくぷくと泡だった。
ソアレのオムツを石鹸で揉み洗いをしては絞り物干し台に干していく。
全て洗い終わった頃には太陽もだいぶ高くなり、干したものを見るとオムツで白い川が出来上がっていた。
『そろそろ、ラミナも起きたころかな』
空になった篭をもって部屋に戻ろうと歩くが、1歩歩くごとに息が上がる。
『はぁ、…はぁ。どういうことだ?』
キッチンダイニングにつく頃には息が上がるのと同時に耐え難い眠気が襲ってきていた。
内扉の鍵をかけ、扉から数歩離れたところで座り込むと寝入っていた。
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