第7話 妖精との契約
「はぁ…はぁ、お待たせしました。」
体感時間で2、3分といったところだろうか。
少し息を荒げてペコラが俺たちの元へと戻ってきた。
その手には、さっき俺たちが見た石があった。
ただ、少しさっきのものと異なる点があり、その石は完全に透明でただのガラス瓶のように見えるということだ。
「これは妖精石のもとの姿ですのよ。この石をもって妖精と契約を行い、初めて妖精魔法を行使できるようになるのです。」
なるほど。
ペコラを含めた妖精魔法の使い手は、妖精との契約によって行使できるようになり、この石に宿った妖精の力を自身の魔法力で使うのだそうだ。
もちろん妖精が宿るのは石の方なので、さっきのように他者に石を譲渡することで渡された側も魔法力さえあれば妖精魔法を使うことができるらしい。
とはいっても、妖精魔法は妖精がメインとなるため相性というものがある。
そのため自分自身が契約者となった石に比べると、他者から譲渡された石では威力が少し落ちる、というのがペコラの話だ。
「この近くにわたくしの使う水の妖精が住まう場所があります。今から一緒に行きましょう。」
その妖精の
ペコラたちの家から少し西へ向かった森の奥にあるそうだ。
サウラ姫の捜索は急を要するとはいえ、貴重な怪我の回復手段をみすみす逃すのはおしい。
加えて、妖精というのは気まぐれだそうだ。
いくら住んでいる場所が分かっても、必ずその姿を目の前に現わしてくれるとは限らない。
妖精魔法の使い手がいれば姿を現してくれるそうなので、妖精と契約をするチャンスはこの旅路において今しかないといっても過言ではないのだ。
「なら、将臣たちにそのことを話してから行くか。」
いくら怪我が治ったとはいえ、先ほどまで腹に穴の開いていた涼介をわざわざ引っ張り出すのは忍びない。
それにこの近くにまだレッドキャップを含めたモンスターがいないとも限らないので、将臣にもここに残っていてもらった方がいいだろう。
ペコラの話によれば、その森の中には特に危険な生き物は住んでおらず、モンスターに出会うことなど滅多にないそうだ。
将臣たちは快く、この場所に残ることを承諾してくれた。
涼介は若干ついていきたそうにしていたが、万が一またレッドキャップが現れ羊たちが襲われたときに守ることができるのはお前だけだ、と言えば了承してくれた。
まったく、単純…もとい、いいやつだと思う。
森への入り口は、歩いて5分とかからなかった。
それほど
現代日本では見たことのない綺麗な花が咲き、木の葉も青々と茂っている。
「少し迷いやすい場所ではありますので、わたくしについてきてくださいませ。」
妖精というのはあまり人との交流を好まない種が多いらしい。
もちろん妖精魔法という魔術体系が確立されている以上、妖精魔法の使い手はそう少ないものではないのだが。
やはり人を選ぶというか、自分の認めたものとしか契約しないのだそうだ。
その選別方法として、自分たちの住まう場所に入ってこれるかどうかというものをつかうらしい。
そのため、だいたいの妖精は滅多に人間がやってこれない、複雑な地形の気に入った場所に住処を定めるのだそうだ。
この森はもともと
これだけ聞くと物騒な場所のようにも思えるが、別にこの森で迷った挙句元の場所に帰れないという事件が起こったわけではない。
むしろその逆で、森の奥に進もうとするのに気づけば入口に立っていた、というのが真実なのだそうだ。
どうやら人間たちが自分の住処に入ってくることを拒んだ妖精が人を惑わせ、元の場所へと帰すらしい。
ペコラは迷いなく、その足を進める。
俺たちには木が生え、通れないように見える場所もペコラは
ついてこい、と言われているのでそのまま進むとぶつかる、と脳は感じているが進むほかないのだ。
想定していた衝撃はなく、俺たちの体はその木にすっと吸い込まれ後ろに続く道の上にその足を置いていた。
ぱっと、後ろを振り返るとそこには今しがた自分たちがぶつかりそうになっていた木はなく、まっすぐとした道が続いているだけだった。
(なるほど、これが妖精の使う幻惑なのか。)
おそらくあの遮蔽物のままにすすんでいくと、森の入り口に戻るのだろう。
まったくよくできている。
もしかして、妖精たちが森の入り口に帰るように仕向けているのは人間の死体すらこの森に入れたくないからではなかろうか。
だって自分たちが人間に会わないようにするのであれば、一生出られなくすればいいだけなのに。
わざわざ手間をかけてするからにはそれ相応の理由があるはず。
変な想像をしたせいで薄ら寒くなった。
「ここですわ。」
ペコラのおかげで、俺たちは迷うことなく目的地にたどり着くことができた。
そこは、森の中とは思えないくらい開けた場所だった。
上空からは見えないように木で覆われているように俺たちには見えるが、これもお得意の幻術なのかもしれない。
中央には、今まで俺が見たことのないくらい澄んだ水を
なかでも泉の中心部は陽光のみで光っているとは思えない、神秘的な輝きがあった。
「ヴィーズ、出てきてくださいな。」
ペコラが泉の中心に向かって呼びかける。
その呼びかけに反応するかのように、こぽこぽと泉の中心から水が湧きだし、なにかがそこから現れる。
「久しぶりじゃのペコラ。」
出てきたのは、10歳くらいに見える人型だった。
人間といえないのは、輪郭が水のようにゆらめいているからだ。
人間というよりも、人型のスライム、といった方が正確に特徴をつかんでいるかもしれない。
「そこのガキ、
見た目よりもずいぶん尊大なようだ。
自分よりも(見た目が)小さな子に指さして言われたのは人生初かもしれない。
「まったく、近頃のガキときたら失礼な奴の多いことじゃ。妾は嘆かわしい。して、ペコラよ。何用じゃ?」
今度の思考は指摘されなかった。
もしかすると思考奪取能力があるのではなく、俺の顔に出ていただけかもしれない。
さっきの人型スライムとか思いついたときはあまりにも的確な自身の表現技法に少し口元が緩んだような自覚がないこともない。
「えぇ、ぜひあなたの率いる妖精と契約させてほしい方がいらっしゃったのでお連れしたの。」
ふむ、とその妖精―ヴィーズ―は俺たちの方を見る。
まるで品定めをするかのようなその視線はお世辞にも居心地がいいとはいいがたい。
無遠慮とまで思えるその視線は、ようやくなにか納得するものがあったのか俺たちから外された。
「才能がありそうなのはそっちの
むっとする。
たしかに俺に魔法的才能があるとは思えないので、才能なしと言われたのはまったく気にならない。
なぜ俺だけガキ呼ばわりなんだ、辰也と年齢は変わらないはずだぞ。
というより見た目的にはお前の方がガキじゃないか。
そんな不満を口に出すほど俺もお子様じゃない。
あくまで顔はポーカーフェイスを貫く。
表情に出したら負けだ。
なにせ俺はお前より見た目は大人だからな!
「ふむ、よし少し待っとれ。」
そういうとヴィーズはちゃぽん、と軽い水音を立てて泉の底へ潜っていく。
水は澄んでいるが、ヴィーズが潜った辺りは光の渦のようなものがありよく見ることはできない。
ものの10秒ほどでヴィーズは水面に戻ってきた。
そのままふよふよと浮遊しながら俺たちの近くへやってくる。
「お主、妖精石とやらは持っておるな?」
「あ、はい。ここに…。」
どれ、とヴィーズは辰也の持つ空の妖精石に顔を近づける。
そのまま石に口づけると、空だった妖精石の中が水で満たされる。
ガラス越しでよくわからないが、その水はこの泉の水のように澄んだ色をしている。
「じゃあ仕上げじゃ。」
そういたずらを思いついたかのような子供のような笑みを浮かべたヴィーズは。
辰也の額に口づけた。
ピシッッ、と音がしたような気がした。
なにせ俺たちは現役男子高校生、さらにはゲーム好き。
女性とのキスなどあこがれはあっても経験がないのだ。
まさか(デコとはいえ)、女子とのファーストキスがこのスライムもどきとは。
「ご愁傷様……」
憐憫の思いを込めた俺の言葉は想定外の方向で返球された。
「どーしよ、俺の彼女けっこう嫉妬深いんだって!やべぇよ、これバレたら浮気認定される!?いやでも妖精だしノーカンだよな!」
前言撤回したい。
なんだこいつリア充なのか?
つかいつの間に、彼女できたなら言えよ!
それ以前にいつデートとか行ってるんだ?
「痛って!」
とりあえずなんとなく辰也に腹が立った俺は脇腹をつまんでやった。
うむ、少しは気が晴れたな。
満足げに俺が辰也の顔を見ると、その額に淡い光で印のようなものがついていることに気づく。
「ふっふー、それが妾の
どうやらこれが契約の証らしい。
妖精が石と契約者に少量の魔力を吹き込む。
それにより石と契約者が紐づけられ、魔法を行使することができるのだ。
「では、そろそろわたくしたちも戻りましょうか。少し日が傾いてきましたし。」
ペコラの声掛けにより、ようやく日が落ちてきていることに気づく。
この泉のある広場は、泉の光により明るくなっているため気づかなかったのだ。
今まで歩いてきた距離を考えると、日が完全に沈み切る前までにはヤンの家に着くだろう。
「じゃあ妾は泉に戻るとするぞ。また用があれば呼び出すがよい。」
最後まで尊大なヴィーズは、すぅっと泉の中へ沈んでいった。
俺たちはそれを見送り、帰路へつくことにしたのだ。
夕闇が迫ってきている。
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