第5話 道中

国の出口には城門のようなものが置かれ、左右を兵士風の男たちが守っていた。

 門は左右の扉があるが基本的には開かれたままらしい。

 この国、ダスクは近隣の諸国と同盟関係が結ばれており、大陸の中でも比較的安全性の高い地域ではあるそうだ。

 モンスターなど、人間と敵対する勢力は主に大陸の北側を占めているため、ヴァーチェ大陸南西部に位置するここいら一帯はモンスターが侵攻してくることなどめったにないこととは兵士たちから聞いた話である。


 ではなぜそんなにも安全な国なのに兵士がいるのか。

 理由は簡単だった。

 兵士になれば国から給金が出るから、という世の中金なのかというものなのだそうだ。

 安全な国では案外仕事が足りないのだという。

 例えばここから北に位置するノルドという国は、そのモンスターが住まう地域とさほど距離がない。

 そうなると、国民が国外に出る際に護衛として冒険者を雇う。

 すると冒険者には金が入る。

 冒険者はその入った金で武器や防具を揃える。

 武器や防具屋は買われた装備品を発注する。

 鍛冶屋は発注された装備品を拵えるために、雑貨屋や道具屋から金属類、革類等を納品してもらう。

 雑貨屋道具屋は素材納品のために冒険者に依頼するなり、自分たちで調達するなりで国外へと出向く。

 

 これが経済的なスパイラルだそうだ。

 誰しもが無駄に金をため込まないことで、国としての経済は潤っていく。

 〇〇税など、変な課税をしないまでも売買手数料のわずか数%を徴収するだけで国家の金庫は充分なのだそうだ。


 ダスクは安全な国の割には金策で困ることはないのだという。

 このような国々では、近隣との同盟関係によりそれぞれの国の特産品を作るのだそうだ。

 その品に関しては、その国が独占的に生産することができるそうで、それを各国間でやりとりすることによって国の財政を賄うらしい。

 ダスクでは布製品が特産品として扱われているため、城門を出てからしばらく現代で言うところの家畜農家が道の端を占めている。

 メーという鳴き声に俺が目をやると、現実世界でいうところの羊のような生き物が草を食んでいるところだった。

 なぜ羊と断定しないのか。

 だって、2足歩行なんだもん。

 俺の知ってる羊は4足歩行なはずだ。


 2足歩行の羊らしき生き物たちは、草を前足にあたる部分で器用に毟り取ると、そのあたりに腰かけ口に運んでいる。

 そんな羊の群れを見ていると、おもしろいことに気づいた。

 毛の色が白一色ではないのだ。

 それぞれが小さなグループごとに行動しているようで、ここは白色のグループ、あっちは赤色のグループ、その奥には茶色のグループなどなど。

 かといって隔離されているわけではなく、どの色の羊も争うことなくなかよくやっているようだ。


 家畜農家ゾーンが過ぎても、そこは平坦な道が続くだけだった。

 正確には丘のようになっているので平坦というのは間違った表現かもしれないが、平和そのものでただただ俺たちはいつものように取り止めもない会話をしながら歩いていた。

 やれ〇組の女子がかわいいだの、〇高の男子と誰が付き合っているだの、どこどこに新しいゲーセンができたのだの。


 そんな平和な徒歩道は突如終わりを告げた。


「誰かー!そいつらなんとかしてくれぇ!」


 俺たちの進行方向から大きな声が聞こえる。

 声の主は俺たちよりも大人の男の声だろうか。

 横を向きながら話をしていた俺たちの注目はそちらに集まる。


「キシッ!」

「ギィッ、ギヤッギャ!」


 俺たちの視線を奪ったのは、人間ではなく。

 身の丈1メートルほどだろうか。

 赤い帽子をかぶった(ように見える)、異形の生き物が3体だった。

 中でも目を引いたのは、その手にぶらさげられた鮮血の滴るさっきまで生き物だった仔羊の首。


「うえっ…」


 喉元から何かがこみ上げる。

 何かの正体はもちろん嘔気。

 すんでのところでリバースは回避できたが、俺以外の3人も吐き気を抑えるかのように口元に手をやっている。


「ギャッ、ギィッギィッ!」


 何を言っているのか全く分からない、耳障りな音だけが耳をつんざく。

 まるで金属と金属をこすり合わせたようなその音は、こいつらの表情と合わせて鑑みるに怒りのような感情を伝えている。

 言葉が通じなくても、状況だけで判断できる。

 俺たちが道に立っていることに対して怒りをぶつけているのだろう。


 俺たちがこみ上げてくる吐き気と戦っていると、異形の生き物たちはいつの間にやらナイフのようなものを手にしている。

 おそらく仔羊の命を奪い取ったもので間違いないのだろう。

 そのナイフはところどころ赤黒いが、陽の光を浴びた部分は鋭い光を放っている。

 その鋭い光は、俺たちが現代日本に生きていて感じることのない明確な殺意を示していた。


「ギィィッ!」

「危ねっ!」


 それを見ても動こうとしない俺たちに、1体が容赦なく襲いかかる。

 見た目通り身軽そうな動きではあるが、俺たちとそいつらの間に距離があったのが幸いしてか、運動神経のいい涼介は避けることができた。


 半ば跳んでくるようなその動きのせいというかおかげというか、避けられたそいつの行動後は隙だらけだった。

 涼介はかわした動きそのままに剣を抜くと、背中を見せるそいつの頭に向かって容赦なく振り下ろす。


「ギッギャァァッ!」


 醜い断末魔を挙げて、そいつの頭から血飛沫があがる。

 モンスターもやっぱり血は赤いんだな。

 そんなどうしようもないことを考えるくらい、俺は現実離れしたこの世界から意識を飛ばしたかったのかもしれない。

 たしかに俺もゲームの中ではこういったモンスターを何十匹、何百匹と討伐してきた。

 もちろんGMによってはかなり生々しい表現でその戦闘シーンを描くこともある。

 ただし、それらはリアルではなかった。

 いくら残酷な漫画を読もうが、いくら生々しい映画を見ようが、それは俺にとって造られた世界でしかなかったのだ。

 自分は安全な場所にいて、そんな危険な世界にいるのはあくまでも自分が遊んでいるゲームに出てくる自分の分身、所詮はキャラクター。


 だが今はそれが目の前におこっている。

 実際目の当たりにする血飛沫が、それが伝えてくる鉄臭さが、血液の付着した部分の生暖かさが。

 自分の目の前で、戦闘が行われていることを俺にリアルに伝えてくるのだ。


 目の前で行われた現象に、今度は吐き気を我慢することなどできなかった。

 もちろん、そんな隙を異形の生物が見逃すわけもなかった。


「ギギィッ!」


 次の獲物を俺と定めた、生き残っているモンスターのうち1体がもう目の前に迫っている。

 こんな時、無駄に動体視力のある自分が恨めしい。

 むしろ死を前にしたからだろうか、いつも以上によく見える。

 まるでコマ送りのように地面を踏み切った異形の生物の持つナイフが自分に迫りくるのが見える。

 あぁ、ここで俺の冒険は終わりなのか。

 いや人生が終わりなのか。


防御プロテクト!」


―キィン!


 自分の死の瞬間が迫ってきた俺の体が1瞬光ると、ナイフは俺の体数センチ手前で止まり、異形の生物はその衝撃で後ろに吹っ飛ぶ。

 反射的に声のした方向を振り向くと、そこには杖を構えた辰也がいた。


―防御。

 どうやら、辰也が魔法のようなもので俺の周囲に一瞬の防御層を作ったらしい。

 思いもよらなかった衝撃を受けた異形の生物は空中で体制を立て直す暇もなく地面に叩きつけられた。


雷光ライトニング。」


 辰也の隣にいた将臣の持つ杖から一筋の光が伸びる。

 その光はぶれることなく、いまだ何もせず立っていた残りの1体の体を貫く。

 チリチリと音を立てて、その光はモンスターの体を包み込み、光が収束した後は焦げたそのモンスターの体が残るのみだった。


「ギッ……ギィィッ…。」


 吹っ飛ばされた1体が起き上がる。

 人間でいうところの脳震盪のようなものを起こしているのだろうか、頭を抱えながらフラフラと立つ。

 しかし、その顔はまだ戦闘不能の意思を感じさせない。


「っらあぁぁ!」


 今度隙だらけなのはもちろんそのモンスターだ。

 先ほど敵を倒した姿勢から戦闘状態に戻ったであろう辰也の剣がそのモンスターに向かう。

 しかし、戦闘慣れしているだけあるのか、瞬時にモンスターはしゃがみ込むと涼介の懐に入り込みそのナイフを突き出した。


「防―」


 今度は詠唱が間に合わなかった。

 刃渡りは短いものの、モンスターの持つナイフが涼介の鎧の隙間をぬぐって腹部に突き立てられる。


「ぐっ、あぁぁ!」


 涼介が痛みに呻く。

 好機とばかりに涼介に止めを刺そうとナイフを抜こうとするモンスターだが、自分でも思ってもみなかったほど深く突き立ったのかそのナイフはなかなか抜けない。


「―っ!」


 体が勝手に動き出す。

 腰に提げられたレイピアを抜くと、その切っ先をしっかりと前に向けてモンスターに突き刺した。


 肉を貫く感触。

 突いたところから噴き出す飛沫。

 モンスターの醜い叫び。

 これらが、俺がモンスターを刺したことを実感させた。


 今度は吐き気など襲ってこなかった。

 俺の体が、脳が、そんな事態じゃないと判断させたんだろう。

 

 涼介の体からナイフを抜き取ろうとしたモンスターの手はだらん、と垂れ下がっている。

 俺がレイピアをその体から抜くと、血飛沫をあげてその体は地面に崩れ落ちた。

 死んだ、のだろう。

 先ほどまでは気にならなかった血の匂いがむっと立ち込めた。

 これが死の匂いなのかもしれない。


「涼介!」

「大丈夫か!?」


 2人が駆け寄ってくる。

 その声ではっと意識を取り戻した俺は、涼介が肩で息をしていることに気づく。


「っ、だい…じょぶだ。こんな、もん…適当に抜きゃあ…。」

「待て、抜くんじゃない!どっか安全なとこで処置をしよう。」


 明確に返事をすることができている涼介のおかげで少し冷静になれたのだろう。

 無理やりナイフを抜き取ろうとする涼介の動きを辰也が手で制止する。

 こんな時にナイフを抜き取ろうとすると、せっかく少量ですんでいる出血が一気に大量出血となるそうだ。

 皮肉にも今刺さっているナイフが栓の役割を果たし、出血を抑えている。


「おぉい、大丈夫か!」


 先ほど叫んでいた男の声が聞こえる。

 見ると、上半身裸にオーバーオールという、現代にいたら通報されそうな格好の体格のいい男が立っている。


「刺されてるみたいだな、うちで処置してやるよ。ついてきな。」


 チラッ、と死体となった異形の生物だったものを一瞥すると、その男は涼介の方に目をやる。

 腹部に突き立てられたナイフを見ると何があったのか一瞬で判別したらしい。

 身長175センチを超え、鎧を身に着けた涼介の体をいとも簡単に肩に担ぐその男。

 むしろあんたがあの生物と戦えばよかったのではなかろうか……?


 

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