第4話 姫様はどこに

とにもかくにも、情報というのは大切である。

 ただでさえ俺たちはこの世界の地理感が分からないのに、やみくもに探したところで見つかるはずもない。

 王様と簡単な口約束でしかないが、期間は1週間…戻ってくるのにも時間がかかるとして探すのは3,4日、多くても5日が限度だろう。

 そこから逆算しても、サウラ姫の足取りをつかむための調査は今日、明日くらいで終わらせたい。

 本当に誰かに連れ去られたのか、連れ去られたとしたら犯人は誰でどこへ連れていかれたのか。

 逆に連れ去られていないとしても、どこへ行ったのか。

 1つの街が国のほとんどを占めているこの小国ダスクには、街のいたるところに兵士がおり、国のどこかに隠れるというのは難しそうだ。


「とりあえず雑貨屋に行って地図を買おう。」


 辰也がそう提案する。

 もちろんその意見に反対する者はいない。

 どこに行ったにせよ、場所名が分かったところで場所がわかるわけもない。


「……ただ地図買ってもしゃあないんだったなぁ。」


 雑貨屋らしき場所に向かい、地図を買うまではよかったのだ。

 ただ俺たちはとても大事なことを忘れていたのだった。

 ………文字言語が、俺たちの知っているものとは大きく異なるということを。

 くっそ、あのよくわからん声の主め。

 こういう世界に放り込むんだったらせめて文字くらい読めるようにしとけよ。

 俺たちは近くの冒険者たちが集まるという酒場で頭を抱えていた。

 

 酒場といっても、必ずアルコールが出てくると言うわけではなさそうだ。

 冒険者のための施設になっているようで、酒場の中央付近にはボードのようなものが建てられており、依頼がくればここに張り出されるそうだ。

 俺たちのほかにも、そのボードを見たりするグループ、冒険談議を語るグループなど様々いる。


「せめてアルファベットみたいに法則があれば読めるかもしれないんだがな。」


 法則どころか、どこまでが1文字なのかも俺にはわからない。

 まるでインターネットで拡散されてきたロシア語の筆記体みたいな文字は、単語の区切りはおろかそれが1文なのかわからない。

 ただ、地図にこの文字で書かれているということは、これがおそらく標準の字体なのだろう。

 俺はこの国に生まれてこなくてよかったと切実に思う。


ーカチャリ


 どうあがいても読めそうにないその文字に半ばあきらめの気持ちで後ろの背もたれに倒れこんだ俺の腰部分から軽い音がする。

 見るとそこには銀縁の眼鏡があった。


「なんだこれ」


 俺はその眼鏡を拾い上げて、地図が置いてある机の上に置いた。

 自慢じゃないが俺の視力は両目ともに2.0で、眼鏡とは無縁の生活を送っている。

 視力検査では、普段視力を測る5メートルを超えた場所からやってみたことがあるが、2.0以上という結果が出ている。

 そのため一時期俺のあだ名はマサイ族だった。



「じゃあ俺がかけるかなー。」


 そういって将臣が眼鏡をかける。

 そういえば、こいつは視力が悪かったな。

 普段はコンタクトだそうだが、家では眼鏡をかけているらしい。


「いやー、参ったよな。眼鏡は後でかけるつもりだったからさ、辰也ん家の机の上に置きっぱだったんだわ。まぁコンタクトの予備はあるから困りはしないんだけどさ、落ち着かなくて。」


 眼鏡使用者ってそうなんだろうか。

 まぁ結構家に帰ってきたらコンタクトを外して眼鏡にするとは聞くけど。

 それを言ってた人は落ち着く落ち着かないというより目が乾いて仕方ないからコンタクトを外すと言っていたような。


「ん?……んん?」


 眼鏡をかけた将臣がしきりにつけたり外したりしながら地図とにらみ合っている。

 もしかするとあれか、度が合わないとかそういうやつか?

 いやそもそも拾い物の眼鏡なわけだし度が合うわけないか。


「どうしたんだよ、将臣。」


 将臣の行動に疑問を持っているのはもちろん俺だけじゃなかった。

 涼介がみんなの気持ちを代弁するかのように、将臣にそう問いかける。

 聞かれている間も、将臣は眼鏡をいじりながら指で地図の文字を書いてある部分をなぞる。


「いやさぁ、なんかこの眼鏡かけてる間だけ文字読めるんだよね。」


 まじか。

 将臣の眼鏡を半ばひったくるように涼介が奪い取り、すげーすげーと騒いでいる。

 涼介が店に書いてある文字を読みだしたので、本当にその眼鏡は文字が読めるようになるのだろう。


「おや、懐かしい。叡智の眼鏡ですか。」


 コツコツと足音を立てて近づいてきたのは、紳士風の男性だった。

 手には帽子、反対の手には杖となんとも英国紳士風である。

 口元に上品に伸ばした髭も、やはりその印象を後押しするものである。

 突然話しかけられたことに呆然としている俺たちに比例を詫びると、その紳士は再度口を開く。


「以前はその叡智の眼鏡もよく見かけていたんですよ。その眼鏡をかけると自分の道の言語であっても読むことができるようになる、とね。ただ今は必要もありますまい、なにせ50年も前に言語統制がされ、標準語として共通語が作られたのですからな。」


 およそ50年前までは、各国で違う言語体系が敷かれていたそうだ。

 話し言葉も異なれば、書き言葉も異なる。

 まぁ音声言語はせいぜい俺たち現代人で言うところの方言レベルの差異だったそうだが、文字言語はそうではなかったらしい。

 そのため、各国で共通の言語を作り出そうと生み出されたのが今の文字との話だ。

 なんともまぁ複雑な形態となってしまったのは、各国が自分たちのもともと使っていた文字に対して一歩も引かず、ならば折衷案とすべての国の文字を混ぜてしまった結果、あのように読みにくい文字となってしまったらしい。

 もちろん、これだけややこしい文字形態になってしまったため、各国の識字率は今一つというのが目下の悩みだ。


「ならこの眼鏡を量産したら、文字を統制する必要がなかったのでは?」

「そうは言うがね、それに使われているガラスには何十か国語も理解しうる魔女の眼球を使う必要があるらしいのだよ。さすがに量産はできんだろうね。」


 うえっ、となり涼介が眼鏡をとり落としそうになる。

 危ない危ない、ぎりぎり手を伸ばしたからなんとか俺の手中に眼鏡はおさまる。

 目がいいだけなのか、反射神経だけはいいのか、こういったものを落としたことは人生でほとんどない。

 だけど、うん。

 こんな話を聞いた後だと、若干この眼鏡も不気味に感じなくもない。


 「では、私は自室に戻るとするよ、君たちに女神の幸運があらんことを。」

 紳士はそう言い残し、店の奥へと向かう。

 店の奥には階段があり、そこから2階へと上れるようだ。

 外から見た様子では、2階3階と同じ窓が等間隔に並んでいた。

 おそらく、上階は宿屋のようになっているのだろう。


「ただあれだな、文字が読めるようになったってのはかなりの進歩だよな。」


 たしかにそうだ。

 この眼鏡の原材料を考えれば、あまり触れたいものではないが、少なくともこれで地図は読めるようになった。

 もしかすると文字が読めるようになることで開ける道があるかもしれない。

 ゲームで言うと、フラグがたった状態かもしれないのだ。


「ほら、なんかいい感じのクエスト見っけ。」


 眼鏡をかけてクエストボードを見ていた将臣がそういう。

 相変わらず俺からすると記号の羅列にしか見えないその文字を、眼鏡をかければさらさらと読むことができるというのも不思議なものだけど、そこはここが異世界で魔法も飛び交う場所なんだと割り切るしかない。

 将臣はそのボードに係れていた内容を読み上げる。


「えーと、探し物を見つけてほしい。千里眼の水晶を探しています。過去視、未来視ができるものなのですが、2週間前になくしてしまいました。どうぞ、見つけてください。だそうだ。」

「クエストなんて受けてる暇ないだろ。」

「過去視ができるんだぞ、つまり姫さんの足取りを追っていけばいいってことだ。」


 なるほど。

 その千里眼の水晶とやらで本当に過去を見ることができるのであれば、思っていた以上にこの姫様の捜索は早く片付くかもしれない。

 そもそも全く情報がない今なのだ、できることは少しでもやっておきたい。

 俺の信条は、やらずに後悔するよりやって後悔しろ、だ。

 

 店主に聞くと、依頼は直接依頼人のもとに向かいそこで行うようだ。

 もちろん、姫様の捜索レベルの大きな依頼であれば、こういった酒場を含めた冒険者の集会所に前金としていくらか払い、そこから依頼を受けた冒険者に前払いと後払いで報酬が支払われる形なのだが、個人の落し物捜索などは前金が存在せず、依頼達成量は依頼人から直接受け取る。

 このシステムのいい面として、依頼人に手数料がかからないという点が挙げられる。

 どうやらこういった冒険者用の施設は地域ボランティアのような役目を果たしており、小さな依頼などは手数料をかけずに誰かに依頼することができるようになっているのだ。

 もちろん、完全に店側のボランティアというわけではない。

 たいていは依頼を受けてもらい、依頼ごとが解決した人は酒場により、酒を飲んだり多少の金を置いて行ったりとうまいバランスで成り立っている。

 どちらもにお互いを思いやる気持ちがあるからこそ成り立つ商売のようなものである。


 俺たちの受けるこの依頼の主は、この街を出て少し歩いたところにいるそうだ。

 距離にしておよそ2キロ、余裕で歩くことのできる距離にある。

 地図を見る限り、街の東から出発しほとんどまっすぐ歩いた小高い丘の上にある場所が今回の依頼場所だ。

 地図を見ながら安心したのは、等高線のようなものがあり、現代日本と同じような感覚で頭の中に立体の地図を作ることができる点だ。

 正直なところ、地図に関してだけ言えば文字が読めないという致命的な点以外は現代日本と差を感じなかった。

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