第3話 準備フェイズ
「では、お父様。サウラはこの方たちとともに隣国まで参りますわ。期間は、そうねぇ…一週間ほどかしら。」
おかしい、なぜ俺がこんな目にあわされているのか。
身を包むのは、淡い黄色を基調とした軽やかで風通しの良い、それでいて滑らかな手触りをしたドレスだ。
顔にはうっすらとメイクをされ、出せうる限りの高い声で発声している俺は、どうみても男には見えなかった。
こうなってしまったのも、あの時肯定の返事をうかつにもしてしまった俺自身の落ち度といえる。
捜索にかかるであろう期間の延長をするために、俺自身がサウラ姫に化け、父親である国王に諸国漫遊に出ると挨拶をすることが決定してしまったのだ。
たしかに、俺がサウラ姫に化けるというのがこのメンバーの中で最適解ではあるというのは頭では理解できるのだが、どうにも納得がいかない。
いや、おっさんたちが処刑されるのは忍びないっちゃ忍びないんだけども!
場内に飾られた肖像画を見る限り、たしかに俺に似ているというのは頷けるのだが、果たして実の父親である国王まで騙せるものかと思うのが当然だろう。
そんな父親から帰ってきた言葉は
「おぉ、サウラよ。気を付けて行ってくるのだぞ。パパへのお土産もよろしくな。」
この娘にしてこの親ありとはこのことか。
なんともまぁ、快く送り出してくれてしまったのだ。
こうして、俺の初めてのミッションは軽く成功してしまった。
たしかに成功は喜ぶべきなのではあるが、どうにも解しがたい。
旅の支度金というのかなんというのか、この国の貨幣価値というものはいまいちわからないが、袋に詰まった金貨のようなものを国王から受け取り、俺たちは装備を整えることにしたのだ。
考えてみれば、RPGの主人公というのはかわいそうなものだ。
ある日突然国王に呼び出され、わずかばかりの金を受け取り、たいした装備やアイテムも購入できないまま、モンスターが跋扈するフィールドに放り出されるというのが王道だ。
なぜ国の命運を握るであろう勇者をそのような初期状態で放り出すのかいまいち納得がいかなかったのだが、きっと勇者候補は何人もいて、主人公はそのうちの1人にしかすぎず、多くの勇者候補に万全の装備を与えてしまったら白の経済が成り立たなくなってしまうのだろう、という独自解釈によりむりやり納得させている。
「いやぁ、わかりやすいよなぁ。」
涼介がさっそく装備を揃えるべく向かった城下で、いわゆる装備品を売っている店を発見したようだった。
看板には盾の上に剣が描かれたシンプルなものではあるが、たしかに何が売られているか一目瞭然である。
こういったシンボルなどはある意味では万国共通用語なのだろう。
ちなみに音声言語は通じるのだが、残念ながら書いてある文字は日本語とは程遠く、かといって英語のように他言語のうちでも見知ったものではなく、到底読めそうにはなかった。
奇跡的に数字はアラビア数字とほとんど変わらない形態であったので、読むことはそう難しくなかったのが救いだ。
「いらっしゃい。」
店に入ると、カウンターがありその向こう側にふくよかな女性が椅子のようなものに腰かけていた。
よく見るとそれは椅子ではなく、木箱のようなものであったが、彼女にとって腰かけれるものならば特に厭わないといった様子だ。
ここはやはり装備品を売っているようで、壁には剣をはじめとした武器各種、盾などの防護品が所狭しとかけられており、床には鎧などの防具も並べられている。
「あぁ、例のご一行だね、兵士様方からお話は聞いてるよ。装備が必要なんだね?安心しな、この辺りには緘口令がしかれているようだけど、あたし達みたいにあんた達と関わることがありそうな場所には説明がなされてるんだよ。安くしとくから買っていきな、早くサウラ様を助けてあげておくれ。」
まくし立てるように話しかけられ、それぞれが必要そうな武器や防具を探す。
普段やっているセッションとは違い、今回は自分がそれを装備し実際に戦わなければいけないのだ。
重いが強い武器より、威力は落ちても軽くて自分に扱えるだけの武器、重いが敵の攻撃をはじき返すことのできる防具より、軽くて防御力は落ちても回避することができる防具を選ぶべきなのだ。
俺が周りを見回すと、3人は既に自分に使いやすい武器防具を見つけ出しているようだ。
(お……重い。)
想像以上に武器も防具も重いのだ。
まったくどの主人公もなぜあんな重たいものを着ながら動き、あんな重たいものを振り回すことができるのか。
いや、それをいえば自分と同じ一般的な男子高校生である3人が普通に動けているのも俺からすると疑問で仕方ないのだ。
「あの……もうちょい軽いのないですかね」
恥を承知で女性にそう話しかける。
もうなりふり構っていられない。
最終的には武器・防具を装備した状態で旅に出なければいけないのだ。
こんな場面で無理して自分に合わないものを買って動けなくなってはそれこそ末代までの恥だ。
「そりゃそうさね、こんな細っこい形でここいらにあるものを持つのは無理さ。ちょっと待ってな、とっておきのを出したげるよ。」
女性はそう言い、カウンターの奥に消えていく。
そこからガタガタと何かを探す音をBGMに、3人は武器の素振りをしている。
「てか辰也と将臣は杖なんだな、涼介はなんか剣っぽいイメージあったけど。」
「あー、もしかしたら魔法的なものがあるかもしれないと思ってな、使えりゃラッキー、使えなくても杖なら殴れる2Way武器ってな。」
「俺も似たような理由。どっちかっていうと俺と将臣は後衛職って感じだろ?」
言われてみればだいたいそうだ。
TRPGにも色々なシステムがあり、今俺たちが置かれている剣と魔法の世界をモチーフにしたものもよく遊んでいるジャンルであった。
そこでパーティーを組むと、だいたい涼介は前衛で剣をぶん回し、将臣は後衛で魔法をぶちかますのが常だったのだ。
俺はどちらかというと前衛で攻撃をしていたのだが、如何せん今の俺の体格だと扱える武器がほとんどない。
せいぜい小型のナイフってところだろう。
正直なところ、ゲームと違って実際にダメージをくらい死の危険性があるこの世界では、俺が持って動けそうなナイフだと心もとないというか怖い。
てか、絶対みんなステータス上がってるだろ?
なんで俺だけ武器持てねぇんだよ、つらい……。
「待たせたね。」
俺が一人で鬱々としてると、女性が何やら防具のようなものと武器のようなものを手にしている。
ここからでは女性が抱えているのでよく見えはしないが、ここに元々出ていた防具や武器に比べれば遥かに軽そうに思える。
というか女性が軽々と抱えている者がさすがに重くはないと思いたいんだが。
いやでもよく考えろ、ここの店員が女性一人だとすると壁に賭けられた武器や床に配置された防具は全てこの女性が運んできたことになるな、そうなると俺より力がある可能性がなきにしもあらず。
…無駄なことを考えるのはよそう、きっと誰か力のある人が配置したに決まってる。
「これはね、昔とある勇者様ご一行のお一人が使われたものなんだよ。あたしの父さんの父さんがまだ若かったころだったかねぇ、そのころのものだけど、手入れは万全さ。」
勇者パーティーのメンバーが使っていた武器だと?
そんなもの最強じゃないか!
俺はそんなわくわく感を抑えきれず、女性がカウンターに置いた武器と防具に手を伸ばした。
「え……これって
どうみても女性ものっすよね?」
「そうだよ、勇者様の中の紅一点、ラト様の持ち物だったのさ。
すごくお綺麗な方だったねぇ。」
「え、その人に会ったことあるんですか?」
今の言い方だとそのラトって人に会ったことあるという認識でいいのだろう。
だって、会ったことなければ伝聞調で言うはずだし。
それにこの世界では写真などありのままを後世に残すものはないみたいだし、肖像画だとこんな言い方はしないだろう。
「あぁラト様はサウラ様のおばあ様さ。」
なんと。
いやでも頷けるっちゃ頷けるかもしれない。
サウラ姫とやらが自由奔放に外に遊びに行くのも、それを認めちゃってるその父親もすべては冒険者としての祖母の血か。
遺伝というのは脈々と受け継がれるものなのですね。
「ならお前はその武器と防具しっくりくるんじゃね?
それが姫さんのばあさんの物だったんだってなら、お前だってその元の持ち主に顔は似てるだろ。」
涼介が茶化すように俺に言う。
イラっと着た俺は、涼介の脇腹に肘を入れようとしたのだが、防具の試着中だったため手に硬い感触が触れた。
正直痛かった。
「まぁ着けてみな。」
明らかに女性ものだったため、身に着けることを渋っていた俺に女性がそう促す。
別に今この世界でこれを身に着けるのはそんな抵抗があることじゃないんだよ、こいつら3人にそれを見られるのってのが問題なんだ。
絶対元の世界に帰った後もこの話題出すだろこいつら。
とはいっても、俺にあう武器防具が見つからない以上、これを装備するしかない。
ジャージの上を脱ぎ、インナーにしているTシャツの上から防具をつける。
頭の装備はティアラのような形をしている。
実際これが防具として役立つとは思えないが、セットで置かれているということはなんらかの性能があるのだろう。
胴は薄い金属で心臓付近が覆われている。
その金属は腹部までは到達しておらず、インナーが見えている。
腕は手の甲から肘辺りまでが覆われている。
腕を動かしやすいようにするためだろう。
足は大腿部から覆われているため、膝部分も防護されているのだが、思いのほか十分動かすことができる。
というかそもそも動けなければ戦いにならないのだから動けて当然なのだが、一体どういう作りになっているのだろう。
「軽い……。」
そう、俺が一番驚いたのは防具のつくりなんかじゃない。
これだけ金属が使われているのにもかかわらず、見た目以上に防具が軽いのだ。
たしかに金属としての冷たさは感じるので、金属であることは間違いないのだろうけども。
「それはユース金属っていう、この国じゃとれない金属なのさ。特徴は、ああ、今身に着けてるあんたが一番わかると思うけどとにかく軽い。なのに丈夫っていう原産国でもかなり希少な鉱石なんだとさ。」
おぉう、俺はいまそんな希少品を身に着けているのか。
この国じゃとれない金属類だったらそれこそお値段は驚くほど高いだろう。
しかも勇者のパーティーが身に着けていたというプレミア感までついてやがる。
いくら国王からそこそこ多そうな金をもらったとはいえ、これ買えるのか?
「うんうん、サイズもいい感じだねぇ。ほら、これも持ってみな。」
手渡されるがままに、レイピアのような武器を持つ。
これも軽い。
細身に作られているからか、手にしっくりとくる。
「よし、他の3人も自分に合う武器防具は見つかったようだね。じゃあお会計といくかい。」
「俺たちこれくらいしか持ってないけど…。」
辰也が王様に渡された金貨袋を女性に渡す。
俺以外の3人の分はまぁいいよ、ちゃんと店で正規に売ってるものなんだし。
俺のやつなんて大事にしまわれてたであろう、元勇者パーティーの一味で現国王の母君が使っていたものだろ?
そんなの値段付けられるのか、はたまたつけられたとして俺たちの所持金で賄えるのか。
「価格は、無事に姫様をダスク城までお届けすることってどうだい?今持ってるその金は姫様がそれまでの宿代とかに使いな。」
「まじすか!」
「あざっす!」
「ただし、そこの細っこいのに渡した武器は特別性だからね、無事に帰ってきて返却しとくれ。」
口々に礼を言う。
なんと粋な計らいだろう。
まったくもって、他のRPGも見習ってほしいくらいである。
一国の姫君を助けに行くために少ない旅支度金からなんとかして装備を揃えたと思えば、次のダンジョンの終盤頃にせっかく買った武器と同じものが宝箱から出てくるシステムはいい加減なんとかしてほしいものだ。
かくして俺たちは破格の対応で無事装備を揃えることができたのだ。
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