やってきました、ここは一体どこですか?
第2話 目を覚ましたら…
「…な…き、…つき……おい、夏生、しっかりしろって。」
頬をペシペシと軽く叩かれる感触と、自分の名前を呼ばれる声に反応して意識が一気に浮上する。
眼前に広がるのは、先ほどまで一緒にセッションをしていた3人の顔だ。
「あ、悪い。俺もしかして寝てた?」
「寝てたっつーか、なんつーか…。とにかく周り見渡してみな」
「わお。まだ夢の中かぁ。」
「ところがどっこい、残念これが現実だ。」
そりゃ、現実逃避もしたくなるだろう。
先ほどまで、というか俺の記憶がある限り直前まで屋内でセッションにいそしんでいたはずなのだ。
なのに上空に広がるは屋根は屋根でも天井ではなく、屋根と屋根の切れ間からは青い空が覗き込んでいるし、座っているのは柔らかなクッションではなく、硬い舗装された地面だ。
「どっかの路地裏っぽいなぁ」
俺たちの視界に入る範囲で周囲を散策していた涼介がそう言う。
左右を見渡すと、どちらも壁に囲まれていてたしかに建物と建物の隙間ではありそうだ。
「あ、あそこ。」
ぐるぐると座り込んだままの姿勢で周囲を見渡していた俺の視界があるものを捉える。
今しがた涼介が散策していた側とは反対、俺が背を向けていた方向の角に見覚えのあるものを発見した。
それのうち1つは、俺が辰也の家に泊まり込むために準備した鞄であった。
どうやら他の3人のものも並べて置かれているようで、みんなその荷物を取りに向かう。
「まぁ、だろうと思ったけどさ。」
いち早く鞄のもとにたどり着いた将臣が、自分のスマートフォンを手に取りため息交じりに呟く。
なにが「だろう」なのかはそれぞれのスマートフォンを手に取った俺たちなら容易に想像がついた。
その画面上部に浮かび上がった文字は「圏外」、ここが日本の電波の届くところでないと通知する2文字であった。
確認のために全員が見せ合うが、そこはやはり仲良く圏外の文字。
「状況確認をしよう。」
そう、こんな場合だと一番大切なのは現状把握だ。
冷静さを欠いていいことなど何もない。
そう、俺たちはTRPGプレイヤーなのだ。
こんな状況、目が覚めたら違う空間にいたなんて日常茶飯事にしか過ぎない。
まぁ実際にこんな状況に置かれるなんて人生初なのだが。
「まず知っとかなきゃいけないのがここがどこなのか、言葉は通じるのか、まずはそれに尽きるな。先に全員の荷物見てどれだけ物資が充実してるかも把握しといたほうがいい。」
よくあるセッションの開始だと、気づいたら見知らぬ空間にいて所持品が失われていることも間々あることだ。
なんにせよ、初期装備がどれだけ充実しているかということは、その後のシナリオの進展に大きく関わってくることだし、少しでも役に立つものが入っているとかなり助かることになるのは間違いない事実である。
「まぁ、所詮こんなもんだよなぁ…。」
結果は上々とは言えなかった。
たしかに俺たちの所持品の中に失われたものなど何もなかった。
服装はもちろん、意識を失う前と同じものを着ていたし、ポケットの中に入っているものもそっくりそのままだ。
ただ、俺たちはTRPGプレイヤーではあるが、探索者でもなく冒険者でもなく、ただのどこにでもいる一般的な男子高校生なのだ。
全員の荷物を漁ってみても、着替えが数点、歯ブラシ等の衛生用品が人数分、お菓子や飲み物の飲食物、あとは全員分併せても大した額にならない日本円が入った財布くらいのものだ。
有事の際に自分の身を守るものなど一つも入っていなかったのだ。
「荷物は仕方ない。これ以上見つかるものもないしな。なら次はここが一体どこなのか、ってことなんだ。これに関してはこの路地裏らしき場所から出て、散策するしかない。正直、ここがどこなのかわからない今じゃあまり表立って歩くのは得策とは言えないから、俺は強制しない。みんなが行かなくても俺は行く。」
そういうのは辰也だ。
辰也はみんなでセッションを始めたころ、GMを務めながらも一プレイヤーとして参加し、セッションに必要な決定的な情報は一切漏らさず俺たちを誘導してくれていた。
「俺も行く。お前だけにそんな危ない目合わせられるわけないし。」
一番に名乗りを上げたのは涼介だ。
涼介のプレイはいわゆる脳筋プレイ、力でごり押しするタイプではあるが決断力があり、みんながしり込みするような場面でも力強く引っ張っていってくれる。
「俺も行くよ。ここにいたってこれ以上得られるもんはなさそうだしな。」
間髪を入れず、将臣がそういう。
将臣は涼介と違って、シナリオの大筋を読んだ上で自分の今すべき行動を決定する頭を使ったプレイスタイルで、俺たちに指示を出し的確な行動をとらせることができる。
「俺は……俺も一緒に行く。」
俺はというと、みんなと違ってすぐに自分の行動を口に出せなかった。
辰也が言っていた通り、ここがどこなのかわからない以上、どこにいても危険があるのはわかるのだが、危険である可能性を口に出されて臆病になっていた。
それでもみんなと一緒に行くといったのは、単純にここに一人残されるのが怖かったからだ。
なんて消極的な行動理念なのだろう、つくづく臆病な自分が嫌になる。
「ならなるべく固まって行動しよう。特に今は連絡できる手段がないわけだし、万一にでもはぐれたら必ず会えるとも限らない。この場所に戻ってこれる保証もないわけだからな。まだ空を見る限り昼間みたいだけど、できれば夕方くらいまでには夜を明かせる場所も確保しときたいから、そういった場所も探しながら歩こう。」
そうだった。
俺たちが目を覚ましたこの場所はどう見ても路地裏で、屋外なのだ。
このままどこか泊まることのできる場所を見つけることができなければ野宿は必至となる。
建物があることから、きっとどこかの街ではあると思えるのだが、街だからと言って夜遅くまですべての場所が安全というわけでもない。
現代日本ですら夜になれば昼間と比べ物騒にならないでもない、ましてやここはどこかわからない場所なのだ。
俺たちは路地裏から顔を少しだけだし、左右を見る。
目の前に広がる通りはそれほど大きいものではなく、行きかう人もまばらだ。
人々の格好を見る限り、どう見ても現代日本ではなさそうだが、少なくとも人間が歩いているということは確認できた。
また、会話を聞く限りどういった原理なのかわからないが、俺たちの良く慣れ親しんだ日本語のように聞こえる。
「ちょっと出てみるか。」
言うが早いか、涼介が路地裏から一歩を踏み出す。
止める間もなく、出てしまったものは仕方ないと残った3人で顔を見合わせ、涼介の後ろに続いた。
明らかにこの世界観と相まっていない俺たちの格好を見ても特に気にするような様子は見られなかったが、幾人か俺の顔を見て明らかに表情を変える。
「なぁ、俺の顔なんかついてる?」
「いや、そんなことはないけど。」
怪訝に思った俺はすぐ隣にいた将臣に顔を向けて尋ねるが、返ってきたのはそういったことばだった。
そうなるとなぜ俺の顔を見て人々が表情を変えたのかなおさらわからなくなる。
たしかに俺は、どちらかというと男らしい顔をしているわけじゃないけど、現代日本だとありふれたごく一般的な顔をしている。
周りからの評価は女顔ということだが、俺は断じて認めたくない。
あの母親も「あたしに似て美人ねー」とかぬかしてやがるが、てめーの目が節穴なんだよ、と言ってやりたいくらいだ。
「しっ、静かにしろ。」
前にいた辰也が俺たちの方向を見て声をかける。
ふと気づくと、俺たちがいる通りから一本挟んだところからなにやらガヤガヤと大勢の声が聞こえてくるのだ。
人数が多すぎて何を言っているのか、何人いるのかなどその音から把握することは一般人である俺たちには困難をきたすだろう。
「そこの者たち、動くな!」
俺たちがどうすべきか考えている間に、左からも右からも槍を持ち武装した兵士のような人たちに囲まれていた。
数はせいぜい合わせても20人程度だろうが、どう考えても武装した彼らの間を抜け無事にどこかへ行けるとも限らない。
逃げ場といえば先ほど自分たちが出てきた路地裏だけだが、反対側が袋小路になっていては元も子もない。
むしろ逃げたということで彼らからの心象が悪くなるだけだろう。
俺たちは誰からともなく両手を挙げ、降参のポーズをとった。
「そこにいらっしゃるのはサウラ様か?」
兵士風の男たちの中でも一番偉そうな人物が俺たちに向かってその言葉を投げかける。
一番前にいた涼介が後ろを向き、その次の辰也がさらに後ろを向き、さらに後ろにいた将臣が俺を見て、俺も反射的に後ろを見るが誰もいなかった。
全員が後ろを見てほぼ同時に正面に向き直る。
「お前たち3人の後ろにいらっしゃるのはサウラ姫かと聞いているんだ!」
涼介、辰也、将臣が今度は一斉に俺の方向を見る。
ふむ、たしかに3人ここにいるな。
つまりは、3人の後ろにいるのは
「え………俺?」
たしかにあの偉そうな兵士風の人、あぁもう長いからおっさんでいいや、おっさんの言う3人が俺の前にいる3人だとしたら、おっさんが示しているのは俺ってことになるけど。
そうは言ってもあのおっさんが行ったのはサウラ姫?とか言われてる、つまり姫、女性のことだろ?
「早く答えんか!お前たちが姫様を拐かしたのか!?」
おっさんは腰に提げた剣のようなものの柄の部分に手をやり、俺たちの方に鬼気迫った表情で質問を投げかける。
そのおっさんの動きを見てか、周りの兵士たちもそれぞれの武器に手をやるのが見える。
周囲の人たちも、一体何事か気にはなっているのか、物陰からこちらの様子をうかがっているようだ。
「え、と…もし俺のこと言ってるんだったら人違いです。だって、俺男ですし。」
さすがにこれ以上この場を長引かせれば、今は腰に納められている剣が抜かれてもおかしくはないと感じた俺は、めいいっぱい低くした声でおっさんに向かって話しかける。
さすがに変声期は迎えたため、女性と間違われるような声ではないと思いたいが、今はとにかく自分がそのサウラ姫とやらではないということを伝えたいのだ。
それにさっきあのおっさんは、そのサウラ姫が拐されたと言っていた。
万一にも3人がその犯人だと思われてしまっては、血を見ることは明らかだろう。
「なっ、それほどにまでそっくりで他人の空似だというのか!」
「いや、もう俺が男だってわかってもらうためなら服くらい脱ぐ覚悟があるくらい男です。」
さすがにそこまでしなくても信じていただきたい。
別に俺は露出狂でもないし、往来があるこの場で見ず知らずの人に肌を晒す気は毛頭ない。
そう言ったのは半分以上言葉の綾というのもあるが、もしも俺が女性だったとしたらなおさら脱ぐのはまずいだろう。
そこまでしなくても信じてくださいお願いします。
「ならばそこの者たち、その男と同じような顔をした女性を見なかったか?」
おっ、どうやら俺がそのサウラ姫でないことは信じてもらえたようだ。
明らかに落胆した表情を浮かべたおっさんは、俺たちに質問をぶつけてくる。
同じような顔をした、というのはサンプルがあって非常にわかりやすいことこの上ない。
問題はそのサンプル対象が俺という男であり、比較されるべき対象は姫様とまで呼ばれる女性ということなのだが。
「いやー、見てないっすね。そもそも俺たちここに来たばっかでよく知らないんすよ。もしよかったらそのサウラ姫様についてお聞かせ願えないですかね?これでも前いた街ではいろいろやってたもので。」
将臣がそう切り出す。
なるほど、これはきっといつもと同じ要領で情報を聞き出そうとしているのだろう。
協力するような姿勢を見せるものに対して、このような緊急事態であれば藁にも縋る思いでなんらかの有益な情報を引き出せるかもしれない。
それに将臣は基本的に嘘はつかない。
ここに来たばっかりというのもあながち嘘ではないし、前いた街というのを意識を失う前の俺たちがもともといた現代日本と捉えるのであれば、たしかにセッションという仮想空間ではあるがいろいろやっているというもの間違ってはいない。
「ふむ………」
おっさんは俺たちの方をしげしげと見る。
まるで値踏みをしているようなその視線は決して気持ちいいものではないが、これによって少しでも事態が好転するのであれば我慢もできよう。
「今は少しでもサウラ様の情報が欲しい。我々に協力し、事態の収束に助力するのであれば。」
「もちろん、協力させていただきますよ。これでもパーティー組んで長いっすから」
どうやら好転したようだ。
周囲の雰囲気から、これはゲームで言うRPGに近い世界観だと認識したのだろう。
パーティーを組んで長いというのは、おっさんにとって好印象だったらしい。
将臣はおっさんの会話からこの場所、なにがあったのかを言葉巧みに聞き出す。
俺たちが今いるここはヴァーチェ大陸の南西に位置する小さな国ダスクで、今起きている事態というのはこの国の姫君であるサウラ姫が何者かによって誘拐されたとのことだ。
しかもその誘拐されたであろう時刻と場所を鑑みると、サウラ姫は警備の兵士たちの隙をついて城下を抜け出し、その最中の出来事だというから驚きだ。
これが王様にばれると、自分を含めた兵士一団が処刑されるとまで言う。
さらにはこの国の武力や文明レベルまでもペラペラとよくしゃべることしゃべること。
これは姫様誘拐事件がばれようがばれまいがいつか国家機密漏洩罪とかなんかで処刑される日もそう遠くないんじゃないかと思ったが、余計なことは言わないに限る。
雄弁は銀沈黙は金とはこのことだろう。
「今から探し出すにしても、姫様がいないことがばれるのは時間の問題だが……。その姫様ってのは外出制限とかされてるんすかね?」
「いや、それが結構破天荒な姫様でな、王様にどこかへ行くと告げては1週間ほど諸国漫遊に行かれることもしばしば…。」
どうやら誘拐されたのはほぼほぼ姫様の自業自得とみて間違いなさそうだ。
そもそも姫様、つまりは王族で顔がバレているのなら誘拐されるということを考慮に入れるべきだし、加えて女性の身であるならなおさら男より誘拐される可能性が高まる。
誘拐の目的も正確にはわからないが、王族として狙ったのであれば身代金や国家転覆、女性として狙ったのであれば身売りなど多岐にわたって考えられる。
「まぁ、とりあえず姫様捜索の期間延長しときましょうか、なぁ夏生」
俺が思考に耽っていると、名前が呼ばれ意識がそちらに持っていかれる。
何の話か正直聞いていなかった部分もあるので、よくわからないがとりあえず「ああ。」とだけ返事をしておく。
これが間違いだったのだ。
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