俺は元の世界に帰りたい、切実に。
お嬢
第1話 俺は平穏に休日を過ごしたかった
その日もいつものようにみんなと遊ぶはずだったんだ。
「なぁ、今日は誰ん家で遊ぶ?」
「あー、俺ん家今週末法事かなんかで誰もいねぇし、俺ん家にしようぜ。」
「お、いいねぇ。なら泊りがけでもいいってこと?」
「もちおっけー。」
辰也のその一言で今日は何をするかが決まったも同然だ。
ここ最近の俺たちの中でブームと化しているゲーム、TRPG―いわゆるテーブルトークロールプレインゲーム―のルールブックを多数所持しているのがこの
俺たちは小学校からの同級生で、辰也、
そのTRPGというものを持ち込んだのはもちろんルールブックを所持する辰也で、一度ドはまりしてから軽く週3以上でやっている。
いい加減俺たちもルールブックを買わなくてはいけないのだろうが、高校生の身には
そのためいつも固定されたメンバー、身内というものでプレイしているのだ。
そして本日は金曜日、さらには家族が誰もいない辰也の家があるということは、土日とかけて長編シナリオをプレイすることさえできる。
プレイヤーなら誰しもがわかることとは思うが、セッションつまりゲームの内容が盛り上がりに盛り上がればどんどん声量があがり周囲に迷惑がかかることもある。
そのため、家に誰もいないという辰也の家の環境はセッションをするのに最適な場所ともいえるのだ。
「ただいまー、母さん土日辰也ん家泊まるから。」
「ちょ、待ちなさい!こら、夏生!」
家に帰った俺は、いつものようにテレビを見ながら煎餅を齧っていた母親におざなりな声をかけるとそそくさと自分の部屋に入る。
どうせ母親はああ言いながらもわざわざ干渉してこないので、部屋まで押しかけられることはない、はずだ。
メゾネットタイプの我が家は、2LDKと一般的にはたいして広くもない空間だが母1人子1人の家族にとってはそれぞれの個室もありたいした不便は感じていない。
俺の部屋は階段を上がりすぐ右手の扉を開けたところだ。
部屋の広さは6畳ほどだが、勉強机もないこの部屋にはベッドとタンスが置かれている殺風景な空間が広がっているだけで、意外と狭さは感じさせない。
「さて、と。準備しますかねぇ。」
学生服を脱ぎ、上下ともにジャージに着替える。
これは俺の部屋着兼寝間着に使っているもので、基本的に在宅時はジャージ姿でいる。
便利なもので、こういった上下の服装は寝やすいだけでなくコンビニや友人宅にいっても何ら違和感のない服装なのだ。
おそらく今日辰也の家に集まるメンバーもみんな似たり寄ったりな恰好だろう。
高校生になったら身長も伸びるだろうと少し大き目のものを買ってきたため、幾分か身の丈より長い袖と裾を捲り、2泊3日分の荷物を鞄に詰め込む。
少し見栄を張りすぎたかもしれない…。
着替え、スマートフォン、充電器、お菓子、なけなしの小遣いが入った財布などなど、きっとこれだけあれば十分快適にゲームができるだろう。
「よし、こんなものかな。」
荷造りも終わり、辰也に今から行くと連絡を入れたのとほぼ同時に、ダン、ダンと階段を上る音が聞こえる。
考えなくてもわかる、母親が階段を上ってきているのだ。
「あちゃー、これは捕まったら長いな。」
だが焦ることはない。
今までもこんなことは何度もあった。
そのたびに俺は、
「じゃ、行ってきます!」
一応聞こえているであろう母親に向かって挨拶をし、自分の部屋の窓を開け、いつものように部屋を抜け出したのだった。
―ピンポーン
インターフォンを鳴らすだけ鳴らし、家主が出てくるのを待たずにドアを開ける。
これもいつものことだ。
基本的に辰也を含めたいつものメンバーの家に遊びに行くときは、形だけインターフォンを鳴らしそのままあたかもその家の住人のようになんの遠慮もなくドアを開ける。
涼介の親に至っては、普通の来客のようにいらっしゃいなどということもなく、むしろお帰りとまるで自分の家の子どもが帰宅してきたかのようにふるまうのだ。
このメンバーとの関係がひどく居心地よく、きっと一生物の親友というのはこういったものを表すのだろうと感慨深く思うこともある。
勝手知ったるなんとやらで、玄関に並ぶ靴を見て自分以外のメンバーがすでにそろっていることを確認した俺は玄関に施錠をし、慣れ親しんだ足取りで辰也の部屋へ向かう。
自分の家と比べてはるかに大きな辰也の家は、廊下や階段をきしませることなく俺を辰也の部屋へ導く。
「遅かったなー。」
「なんで将臣が自分家みたいに言ってんだよ。」
辰也の部屋を開けると、やはり将臣も涼介も到着しており、既に寛いでいる。
予想通り、俺以外の3人も上下ジャージという格好で、このことからもこいつらとは気が置けない関係であるとわかるのだ。
部屋の真ん中に座卓が置かれ、GM―つまりはゲームマスターという進行役―の座る席には、他の席から見えないように簡易的な衝立が置かれ、他の3席にはそれぞれキャラクターシートと呼ばれるセッションを行うには欠かせない自分の分身ともいえるキャラクターの情報を書く紙と筆記用具、すべての運命を託すといっても過言ではないダイスが置かれていた。
3人はというと、その座卓から少し離れたところにあるモニターで適当に動画を流しながら誰かが持参したのかそれとも辰也の家にあったのかは定かではないが、定番のスナック菓子を食べているところだ。
「さて、と。夏生も来たしさっそく始めるといたしますか。」
辰也の号令で、それぞれが席に着く。
誰も何も言わなくてももう定位置というものがあるのだ。
今回は辰也が言い出しっぺということもあり、GMが辰也、まぁ基本的に辰也が務めているのだが、その右に涼介、さらに右つまりはGMの正面が俺、その右に将臣と車座になって座卓を囲む。
席に着いた俺たちは、セッションを始めるにあたって一番にする大事な作業、分身であるキャラクター作成を行うのだ。
もちろん相談してはいけないというルールなどがあるわけでもないので、それぞれが自分の役割を果たせるように技能を取得していく。
何度も同じメンバーでセッションをしている俺たちにとって、自分以外のメンバーがどのような役割を果たすことが多く、それを邪魔しないために自分がどのような働き方をすればいいかという判断は容易なもので、15分もたたずにキャラクターは完成する。
「じゃあセッション開始するぞー。」
俺たちがキャラクターを作成している間に、お菓子や飲み物などセッション中に取りに行く必要がないように辰也が準備をしていてくれていた。
全員がキャラクターを作り終えたことを確認したところで、いよいよセッションが開始になる。
今回やるのは、短いシナリオがいくつか連なったキャンペーンシナリオというやつで、本来ならその短いシナリオを1回に1つずつと小分けにしてやることがほとんど一般的なのだが、俺たちは紙のキャラクターシートという失くしやすいアナログ媒体を使用している。
つまりは、小分けにシナリオを進めていくと誰かがシートをなくすことも考えられるのだ。
もちろんオンラインでセッションを行う人のために、ウェブ上にキャラクターシートもあるのだが、これは俺たちのように実際に顔を突き合わせてセッションをする場合だと使いにくい。
そのため、今回のように長時間セッションをすることのできる機会を待っていたのだ。
セッションは好調な滑り出しで始まった。
シナリオの流れは、囚われの姫君を助けるために冒険にでる、といった今回用いたシステムでもごく一般的なものであった。
「頼むぞ、ここでお前がクリったら勝てるから!」
そう、現在本日のセッションでは山場ともいえるボスとの決戦中なのだ。
すでに将臣と涼介のキャラクターは死亡こそしていないものの、瀕死の重傷を負って動けない状況だ。
もちろん、ここで勝てる保証はないのだが、そこはTRPGプレイヤーとしての勘、綿密に計算された難易度であればここで
おそらくクリティカルでなくても、ダイス目で成功さえすればGMの恩情として本日のセッションをクリアすることはできるだろう。
辰也のセッションではそういうのが通例となっていた。
本来なら明らかにクリアはしていないのだが、ゲームは楽しむためにやるものという気持ちでやっているので、最終的に楽しめればシナリオクリアでいいだろいうという、身内だからこそできるルール改変のようなものだ。
―コロッ
俺は、2人の期待を一身に受け、ダイスを転がす。
数回転がり出した目は
『
クリティカルとは真逆のダイス目、ファンブル。
単なる失敗ではない、致命的な失敗のことだ。
「ごめん、2人とも!」
パン、と音を立てて両手を合わせ左右にいる2人に謝る。
「まぁまぁ気にすんなって。」
「そうだよ、たかがゲームの世界だろ。」
そんな俺を2人は笑って許してくれた。
ダイスはしっかりと結果が出てしまっているのだ、後はGMの裁量次第と、俺たちは3人揃って辰也の方を見る。
辰也は苦笑を浮かべたまま思案しているようだ。
本来なら失敗、加えてファンブルを出したのであってはこの局面でどうあがいても救いはないように見える。
ただ、今回はキャンペーンシナリオという連作とのことでこの後のセッション内容もすでに用意されているのであろう。
どうにかして、俺たちのキャラクターを生かそうと考えているのだ。
「んー、じゃあ無理やりだけど偶然助けに入ったNPCがいるって体で話進めるかぁ。」
「ありがと!恩に着る!でも誰だろうなぁ、こんな局面で助けに来てくれるキャラって」
「じゃあ君たちが行ってあげなよ」
「ん?今誰かなんか言ったか?」
「いや俺じゃない、てか聞いたことない声じゃなかったか?」
この部屋にいるのはもちろん俺たち4人だけだ。
周りを見渡すが他に誰の姿も見えない。
「それにさ、なんか変な感じの声じゃなかったか?」
「あー、わかるわ。なんていうかな、普通の話し声じゃない感じ。」
それに関してはみんな同意見だ。
普通、音声は空気の振動を鼓膜で感知し、それが電気信号となり脳に伝わって初めて音として認識することができるものだ。
なのにさっきの声は、なぜか頭に直接叩き込まれたような感じがしてならないのだ。
どこから発されたのか、誰が発したのかすらわからない不気味な声。
男なのか女なのか、若いのかそれとも年老いているのかも定かではない不思議な音。
「君たちが君たちを助ければ、まだまだ君たちの物語は続くんだよ」
その声を認識した瞬間、俺の意識はぷつり、と途切れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます