第24話 原因がわかりました
見るからに高そうな店だったが、個室だったので、気負うこと無く、美味しく食事をいただいけた。
「そうだ。
式なんだが。
もし、お前にこだわりがないのなら、ばあさんの植物園でやってもいいかな、と思ってるんだが」
食事も後半に差し掛かった頃、准がそんなことを言い出した。
むせかえる緑の中で、身内だけの結婚式か。
悪くない。
そう思ったとき、
「嫌か」
と訊かれ、
「嫌ではないです」
とつい、うっかり答えてしまった。
准が微笑む。
……照れるではないですか。
でもあの、別に今ので結婚を承諾したというわけではないんですよ。
そういう結婚式もいいなあ、と思っただけです、と心の中で誰にともなく、弁解しながら、あの夢を思い出していた。
緑
結婚か。
結婚したら、ずっとこの人と暮らすんだよな、と思いながら、葉名は改めて、准を観察してみた。
もともと幼なじみだったこともあり、やっぱり、話は合う。
ちょっと強引なのと、ちょっと顔が整い過ぎてて、極悪人に見えるのを除けば、特に悪いところもないようなんだが、私はなにが気に入らないのだろうかな、と自分で不思議に思う。
なんだかんだでやさしいしな、と思いながら。
この場に、涼子たちが居たら、
「あんた、あのワンマンな社長を、『ちょっと強引』とか言っちゃってる時点で、好きなのよっ」
とか言ってきそうだな、と思わなくもなかったが――。
でも、男の人で顔が整い過ぎていると、なにやら、胡散臭く思えるのはなんでだろうな、とふと思う。
女性だとそんなこともないのに。
俳優さんでも、イケメン過ぎる人は、だんだん悪役が多くなっていっている気がする。
女性側が、格好良すぎて、なんだか騙されそうっ、と身構えてしまうからだろうか。
そんなしょうもないことを考えていたら、准とは顔馴染みらしいオーナーシェフが挨拶に来たのだが。
自分たちに挨拶したあとで、こちらを二度見したシェフが声を上げる。
「あっ、葉名さんじゃないですか」
「あれっ?
たまに父と会うときに、利用していた父行きつけのホテルのレストランのシェフだった。
父は、離婚したとはいえ、娘と元嫁に会う権利はあるはずだ、と主張していた。
いや、娘はともかく、嫁はないと思うんだが、と思いながらも、なんとなく、二、三ヶ月に一度は共に食事しているのだ。
そのたび、葉名は、
「お父さん、面会に来ました」
と言っては、
「……監獄に入っているみたいだから、やめろ」
と巌窟王みたいな顔の父に言われていた。
まあ、巌窟王みたいな顔、というのは、子どもの頃、巌窟王を読んだときの、自分の中の勝手なイメージなのだが――。
それにしても、金戸さん、何故、此処に、と思ったら、昨年、独立して、この店を開いたのだと言う。
准が、
「そうか。
お前も金戸さんの料理を食べにあのホテルに行ってたのか。
じゃあ、何処かで会ってたかもしれないな。
運命だな」
と笑って言ってくるが、
「……すれ違っても、ピンと来なかった時点で、運命じゃないんじゃないですかね?」
と葉名は答える。
金戸が笑いながら、
「いやあ、葉名さん、お久しぶりです。
お母様はお元気ですか?」
と訊いてきた。
「はい。
――あ、いえ。
でも、もう元気になりました」
反射的に、はい、と言ったあとで、そういえば、入院していたな、と思い出したのだが、もう退院だし、ややこしいことは言うまい、と思ったのだ。
高血圧気味なのを放置していたら、悪化して、入院ということになったのだが。
室田先生がやたら入院を勧めてきたのは、こういうことだったのか、と今は、思わなくもない……。
金戸は、チラと准を見て、
「もしや、今日、此処に来られたのはお父様に?」
と笑って訊いてくる。
「え? お父さん?」
「来てらっしゃいますよ。
待ち合わせてらっしゃるわけではないんですか?」
いや、まったく待ち合わせてはいない、と思ったのだが。
「仕事帰りにちょっと呑みに寄られただけなので、おひとりですよ」
と金戸が教えてくれる。
「よし、行こう」
とそこで、行動の早い准がすぐさま立ち上がった。
ひーっ、待ってくださいーっ、と言ったときには、もう、准は金戸に連れられ、廊下で、父の居る場所を教えられていた。
金戸に連れられ、ホールの方に行くと、父はひとり、酒を作るのが専門らしい店員とカウンターで話しながら呑んでいた。
こちらに気づき、振り向いた父は、
「葉名じゃないか」
と言ったあと、
「……
と呟いて、准を見、微妙な顔をする。
その表情に、あ、もしかして、おにいちゃんに結婚の話、もう聞いちゃったのかな?
と葉名が思った瞬間、父、
「殴ってもいいかね」
と言い出した。
「一発だけなら」
と准は父を見下ろし、答える。
「そうか、じゃあ、座りなさい」
と龍彦は准に自分の横のスツールを勧める。
どちらも仕事柄、無駄を嫌う人たちだ。
思ったことを言い合い、あっという間に和解したらしい。
言われるがまま、座りかけた准はふと思い出したように、
「ああ、お嬢さんをください」
と言った。
「よかろう」
と父は答える。
……だから、貴方たちは、何故そう情緒がないんですか。
娘を持つ父として、もうちょっと拗ねたりして欲しかった気もする、と思いながらも、葉名は准の横に座った。
気がつけば、准と父親は仕事の話をしており、葉名は、ぼんやり棚に並ぶ酒瓶を眺めていた。
「ちょっと失礼」
と途中で准が席を立つ。
准の席があるので、ひとつ飛んで向こうに居る父がこちらを見て言ってくる。
「お前にしては、いい男を捕まえたな」
「そうですか?
私はまだ迷ってるんですが」
と言って、
「贅沢を言うな。
お前にはもったいないくらいの花婿だ」
と言われてしまう。
いや、それはわかってるんですけどね。
正面切ってそう言われると、ムカつくではないですか、と思っていると、父が、
「結婚祝いになにが欲しい?
なんでも買ってやるぞ」
と言ってきた。
子どもの頃、父に、なんでも買ってやるぞ、とオモチャ屋さんで言われたら嬉しかった。
そんなに裕福ではなかったから、なんでも、と言っても限度があることを知っていたから、一番目に欲しいものは選ばなかったけど。
そう言ってくれる父の気持ちが嬉しかった。
だが――。
「そんな実行力のともなっているのは嫌です」
と葉名は言う。
今の父なら、苦もなく、なんでも買えるのはわかっているからだ。
なんだかありがたみがないし。
今の父の生活が、母を捨てていった上に成り立っていると思うと、ちょっとムカつくからだ。
いや――
准が言うように、こんな風だが、やさしいところもある父が、親や社員たちを見捨てきれなかったというのが本当なのだろうが。
「なんだ。
お前も夢物語だけ語っていたいタイプか」
と龍彦は笑う。
「あっさり願いを叶えられたら、拍子抜けするんだな。
いつか手に入れたい、と夢物語のように願っているのが好きなんだろう」
……この顔が嫌なんだよな、と葉名は思う。
いまいち、父に同情し切れないのは、この常に皮肉っぽい顔つきのせいだ。
「お前、目の前に王子様が来ても逃げ出すタイプだな。
いいから、東雲准にしておけ。
あいつ、俺に似てるじゃないか」
と言って龍彦は、にやりと笑う。
「じゃあ、今すぐ断ってきます」
と反射的に言い返したあとで、葉名は気づいた。
社長を見ると、なんとなく嫌だと思ってたわけが今、わかった。
この父のせいだったのだ――。
父と准は、思ってた以上に似ている。
「娘は父親に似た人と一緒になると言うからなあ。
お前もお父さんが大好きか」
と笑って言われ、思わず、はっ倒しそうになったが。
まあ、自分も少し大人になったので、娘の気持ちも考えず、阿呆なことばかり言ってくる父を可愛いな、と思わなくもない。
だが、すっきりしたな、と思っていた。
准が気に食わなかったのは、准のせいではなかったのだ。
全部がそうとは言わないが、大部分が父に寄るトラウマのせいだった。
「お父さん、私、結婚します」
「おおそうか、気が向いたら、式には呼べよ」
「はい」
と言いながら、爽やかな植物園での結婚式だと、この人、なんだか浮いてるよな、と思ったとき、
「そうだ、葉名。
面白い話を聞いたぞ」
と龍彦が言ってくる。
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