第23話 俺に幸運を与えるものは――



「葉名、今日は早く終われそうだ。

 この間のコロッケ、美味かったから、一緒に買いに行くか」

と言われ、葉名は、はい、と社長室を出た。


 准の仕事は予定通り早く終わり、二人で夕暮れの商店街を歩く。


 八百屋のカゴ盛りのブロッコリーを見ながら、准が言ってきた。


「でも、そうか。

 練人さんがお前の兄なら、俺がザラザラーのチョコしかもらえなかったときに、あの人は、ちゃんとしたチョコもらってたわけだな。

 あのページにあった」


 ……根に持つなあ、チョコ。


 今度、あの使い捨てスプーンにチョコ流し込んで渡してやろうか、と思いながら、

「いえ、チョコ、ひとつしか成功しなかったんですよ。

 だから、兄も、ザラザラーのチョコでしたよ」

と教える。


「母が――

 成功した分は、父にあげたいと言ったので。


 あの頃は、お母さん、お父さんをすごく大切にしてたんですよね……」

と呟くと、


「それでも、別れてしまうものなんだな」

と准は感慨深げに呟いたあとで、こちらを見、


「でも、きっと俺たちは大丈夫だな」

と言ってくる。


 いや、なにを根拠に、と赤くなっていると、

「俺はそんなにお前に期待してないから」

と准は言う。


 いや、それもどうなんですかね……と思っていると、

「俺はお前にそんなに好かれてないことは、よくわかっているからな。

 家族より俺を選んでくれるなんて思ってない。


 でも、俺には、お前が一番だ。


 心配するな。

 お前が俺を選ばなくとも、俺は誰よりもお前を選ぶから」


 真顔でそう言われ、

「いや……、そういう言われ方をすると、私がひとでなしみたいじゃないですか」

と言って、笑われた。


 お肉屋さんでコロッケを買ったあと、熱々のそれを食べながら、准が言う。


「でも、ロミオとジュリエット的な立場もいいな。

 反対されると燃えるからな」


 ちょうど誠二と目が合った准は、

「おっ、ちょうどいい奴が――。


 おい、誠二。

 俺たちの結婚に反対しろ」

と唐突に言って、眉をひそめられていた。


 准は、そんな誠二に、コロッケをひとつ差し出す。


「……ありがとう」

と誠二は受け取り、店の丸椅子と缶コーヒーを三つずつ出してきてくれた。


 店先に三人で並び、夕陽を浴びながら、揚げたてのコロッケをかじる。


 店内の緑に囲まれ、目の前を地元のおばあちゃんたちが世間話をしながら歩いていく。


「あー、なんか和みます~。

 真後ろには、高層マンションが建っているというのに、なんだか此処は時代が戻ったような異空間ですよね~」

と葉名が言うと、


「昔からの住宅地も近くにあるしね。

 いいとこだよ、ほんとに」

とぼんやり通りを見ながら、誠二は言う。


 しばらく三人で話していると、誠二が言い出した。


「しかし、あれだね。

 葉名さんが二階堂の人間なら、准はずいぶんと強力なバックを得たことになるね。


 僕のガジュマルのおかげかな?」


「いや、葉名のペペロミアのおかげだろ」

と准が言う。


 ……いや、どっちでもいいですよ、と思っていると、誠二が、

「准。

 これで、お前が一歩リードしたかもしれないが、お前にあれは渡さないからな」

と言い出した。


 こんな呑気な商店街で、コロッケかじりながら、東雲しののめグループの覇権争いか、と思いながら、葉名は、


「あのー、あれってなんですか?」

と訊いてみた。


 二人はこちらを振り向き、言ってくる。


「ばあさんの植物園だ」


グランマおばあちゃんの植物園だよ、葉名さん」


 あ~、と葉名は笑って、声を上げた。


「いいか、准。

 おばあちゃんの植物園は僕が手に入れる。


 そのためには、あの屋敷を手に入れなければ。


 それには、東雲グループの後継者になることが重要だ」

と誠二は言う。


「一番後継者に近いのはお前だ、准。


 努力だけででは、なにも勝ち取れない。


 僕は運気を上げ、お前を追い落として、東雲グループを継ぎ、あの植物園を手に入れる!」


 それが子どもの頃からの僕の夢だっ、と誠二は高らかに宣言する。


「いや、お前のような悪党に、あの植物園は渡せんな」

と言った准は、こちらを振り向き、言ってくる。


「聞いてくれ、葉名。

 こいつは、昔から悪い奴だったんだ。


 こんな温厚そうなのに、俺をかくれんぼで、かくれていた押し入れから、笑いながら、突き落としてみたり――」


「……私、そんな感じの人をもうひとり知っていますよ」


 いえ、その人は、見るからに邪悪そうなんですけどね、と准を見る。


 だいたい、悪い奴って、おばあちゃんの植物園を手に入れたい程度の悪い奴ですよね……? と思っていると、誠二が言い出した。


「僕は運気を上げるため、此処で植物とたわむれ、善行を行っているんだ」


 損得尽そんとくづくですか? と思ったのだが、語っている途中で、重い荷物を抱え、よろよろしているおばあちゃんを見た誠二は、


「あっ、おばあちゃん、持ちましょうっ」

と走って行ってしまう。


「……なんだかもう、善行を行うのが習慣化してるようですね」


 ただのいい人なんじゃないですか? と葉名は笑う。


 すると、准が、

「そうだ、葉名。

 指輪を返せ」

と言ってきた。


 ええっ? と葉名は振り返る。


 つけろと言われたら、つけたくはないが、最初に准からもらったものなので、返すのもなんだか今更、抵抗があった。


「不毛や不幸を呼んでくるものをお前の側に置いておけるか。

 俺は意外とげんかつぐんだ」


 いや、なんにも意外じゃないですよ、と思っていると、

「最初の頃、お前の名前を忘れないよう、手にメモしたときだって、俺は緑のペンを使ってみた。


 ほら、昔、みんなが言ってたろ。

 緑のペンで書くと願いが叶うって。


 あのときから、俺はお前のことが好きだったのかもしれないな」


「……なに可愛いこと言ってみたりしてるんですか」

と葉名は赤くなってしまう。


 いや、好きな人の名前を忘れないよう、メモするっていうのが、もう既におかしい気はしているが――。


「そうそう、こいつ、可愛いところあるんだよ」

と戻ってきた誠二が腕を組み、頷いて言ってきた。


 いや、だから、あなた方は仲が悪いんですか、どうなんですか、と思ったとき、誠二が准に向かい、言った。


「ともかくお前と遊んだ植物園は僕がもらう。


 そして、今度は僕が主人ホストとなって、お前たちをもてなすんだ、グランマみたいに」


「昔なじみっていいですね」

と葉名が笑うと、


「お前も、俺の昔なじみじゃないか」

と准が言ってくる。


「どうも、俺が上役うわやくなせいか、二人きりで居ても、硬いときがあるな。

 お前も子どもの頃のように、遠慮なく俺を呼んでくれ。


 な、モンキー」


「え?


 あ、『社長』……?」

と昔のように呼んでみたが、なにも変化はなかった。


 そんな葉名たちを、なにやってんの、という目で誠二が見ている。





 そのあと、当然のように葉名のマンションに来た准はソファに座り、返せと言った指輪を眺めながら言ってくる。


「マザーグースだな」


 えっ? とキッチンで珈琲を淹れていた葉名は顔を上げた。


「お前がさっき言っていたサムシングフォーだよ」


 指輪の話から、あの花嫁が結婚式に身につけてるといい、サムシングフォーの話になったのだ。


 「なにか古いもの」


 「なにか新しいもの」


 「なにか借りたもの」


 「なにか青いもの」


「マザーグースの中にあるんだよ。

 サムシングフォーの元になっている歌が。


 ……マザーグースは結構怖いぞ」

と准は言う。


「俺は子どもの頃、執事に読み聞かせをされて、結構トラウマだ」

と言われて、笑う。


「さっきの話だが」

と准は指輪を手のひらにのせ、こちらを向いた。


「誠二は、お前の実家が俺のバックについたから、俺に幸運が転がり込むみたいなことを言っていたが、俺は違うと思う」


 准は立ち上がり、こちらに来る。


 ことり、とあの重い指輪をキッチンカウンターに置き、言った。


「俺に幸運をくれるのは、お前の家ではなく、お前のはずだ」


「なに言ってんですか」

と葉名は赤くなり、うつむいた。


 准はその手許を見、

「珈琲淹れたのか」

と訊いてくる。


「いけませんか?」

と見上げて言うと、


「またお腹いっぱいになるじゃないか。

 それは帰って飲もう」


 冷蔵庫にでも入れてアイスにしておけ、と言う。


「いつもお前と会っても、此処で片付けしたりしてるだけだからな。


 せっかく早く帰ったんだ。

 たまには贅沢させてやる」


 何処か食べに行こう、と言い、准はカウンター越しに軽くキスしてきた。


「ほら、行くぞ」

ともうさっさと出て行こうとする准に、


 だから、物のついでのようにしないでくださいよ……と思いながらも、特に抵抗もせず、文句も言わなかった。






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