第19話 好みでないのなら言い寄ってこないでください


 あっさり、母、佳恵よしえに売り飛ばされた葉名はなが固まっていると、母の主治医、室田むろたが、


「えーと、社長さん?」

と言いながら、じゅんの手を取る。


「葉名さんをよろしくお願いしますね」


 ……そうか。

 やっぱり、お母さんは、このムーミンみたいな人と結婚するのか。


 准にも少し似た濃いめのイケメンだった父とは全然違うが、なんだか安心できる感じの人だ。


「社長くん」

と佳恵が准に呼びかける。


 ……うーむ。

 先生もお母さんもやっぱり、『社長』をあだ名だと思っているようだ。


 などと考えている葉名の前で、佳恵は准を見上げ言ってきた。


「葉名には今まで、私の勝手でずいぶん苦労をかけてきたの。


 離婚したあと、ずっと実家からの援助を断り続けていたせいで。


 ごめんなさいね、葉名。


 親の反対を押し切って、結婚した手前、私にも意地があったのよ。


 みんなには、あんな、ろくでなしとは結婚するなと言われて、結婚したけど。


 ……本当にろくでなしだった」


 えーと。


「私は本当に男を見る目がないのよ。

 つくづくよくわかったわ」

と母は猛省したあとで、


「でも、社長くん、貴方なら安心だわ。

 葉名をよろしくね。


 私も今度こそ、この人と幸せになるから」

と准と室田を見る。


 ……今、男を見る目がないと言ったその口で言われても、全然説得力がないんですが、と思う葉名の横で、准はガーベラの花束を佳恵に渡しながら言った。


「お幸せに、お義母さん。


 幸せになるのに、遅いなんてことはありませんよ。

 失敗は前に進むためにするものですから。


 ガーベラの花言葉は、『常に前進』です」


「素敵ね、常に前進」

と二人は頷き合っているが。


 いや、この二人、よくわからない方向に前進しがちなんだが……。


 ……室田先生、巻き込まれないでね、と葉名は人の良さそうな医師を見た。




「お前、実は苦労してたんだな。

 そうは見えないが」

と病室を出たあと、准が言ってきた。


「まあ、苦労ってほどでもないです。

 母が離婚したの、私が結構大きくなってからでしたし。


 でも、私と結婚すると、あの困った父も付いてくるので、私はオススメ商品ではありません」

と謙虚に言ってみたのだが、


「今更だ、葉名」

と准は肩を叩いて言ってきた。


「そもそもお前は、そんなにオススメ商品でもない」


 いや……だから、好みでないのなら言い寄ってこないでくださいよ、と思いながら、二人で廊下を歩いた。


 お休みの日なので、よその患者さんのご家族もたくさん来ているようだった。


 談話室から楽しげな笑い声が聞こえてくる。


 葉名がそちらを見ながら歩いていると、いきなり准が手を握ってきた。


「な、なんですか……」

とちょっと赤くなりながら、見上げると、


「いや。

 こういうところに来ると、余計、家族とか夫婦愛とか感じるよな。


 俺たちは一生仲良く暮らそうな」

と真顔で言ってくる。


 ……だから、いつ、私が結婚を了承したことになってるんですか、と思いながらも目をそらした。


 すると、

「お前のその父親にも挨拶した方がいいか?」

と准が訊いてくる。


「いえ、父にはいいです」

と言いながらも、


 まあ、もう会ってるかもしれませんけどね、と葉名は思っていた。


 そのとき、

「よしっ」

と准が握る手に力を込めてきた。


「今から、うちの父親に会いに行こう!」


「えっ?」


「ちょうど近くで巡業してるんだ。

 夕方の部なら見られるぞ」

と言ってくる。


 は?


 そのまま手を引かれ、病院前でタクシーに押し込まれる。


 タクシーは駅へと向かい、新幹線に乗って、違う県まで行ってしまった。





 新幹線が着いたあと、葉名たちはまたタクシーに乗って、健康ランドに向かい、准の父も出演している芝居を見た。


 終わって、廊下を歩いていると、准が言ってくる。


「お前、いつまで泣いてんだ?」


「いや、だって、素晴らしかったですっ」

と葉名はハンカチ片手に訴える。


「私、子どもの頃、家族旅行に行ったときくらいしか、こういうお芝居見たこと無かったんですけど。


 涙あり、笑いありで、感動しましたっ」


 会場の半分くらいは追っかけのような常連さんで、楽しげなかけ声も微笑ましく、和気あいあいとした雰囲気で凄くよかった。


「うっかり私も次の巡業先まで追いかけていきそうになりましたよ」

と言って、


「……そこまではやめてくれ」

と言われてしまう。


「あっ、准!

 久しぶりー」


 曲がり角の先から、ひょいと現れたのは、白塗りに着物姿、舞台に上がっていた状態から、カツラを外しただけの若い男だった。


 楽屋には連絡してあったようだ。


 しかし、こうして見ると、普通のイケメンだなあ、と葉名はマジマジとその座長の息子とかいう美しい人を見た。


 さっきまで、色の白さと細さも相まって、ゾッとするくらい綺麗な女の人に見えていたのに。


けいさん、中居るよ、どうぞー」

と言われ、楽屋に通してもらう。


 うわー、なんか緊張する、と思っていると、鏡の前に座る男の人が鏡越しにこちらを見て、微笑む。


「准、それと、葉名さんか」


 そう言う准の父を見て、葉名は思わず言っていた。


「……社長は、お母さん似なんですね」


「どういう意味だ」


 いや、整った顔立ち自体は似てはいるのだが。


 准の父、慶一郎けいいちろうは室田医師くらい人の良さそうな顔をしていて、邪悪さのカケラもない。


 そして、准の父親もさっきまで綺麗な女の人だったのに、今はちゃんとお父さん、という雰囲気を醸し出していた。


 まだ頭はカツラとったそのままだが……。


「やあ、可愛い娘さんだね。

 おばあちゃんの若い頃に似てるかな?」

とこちらを振り向き、慶一郎は言ってきた。


 ま、また、此処で私、おばあちゃん疑惑がっ、と笑顔のまま怯える。


 それに気づいたように、慶一郎は、

「おばあちゃんは若い頃はとても綺麗な人だったんだよ。

 自分の母親に対して、そんなこと言うのもおかしいけどね」

と言って笑った。


 あ、サクラソウだ。


 慶一郎の後ろ、鏡の前に白いサクラソウの鉢があった。


「あ、これ?」

と葉名の視線を追い、慶一郎が微笑む。


「これ、ひとみさんに、昔もらったんだ」

と嬉しそうだ。


 瞳さんというのは、准の母親らしい。


 慶一郎は、昔、瞳がくれたというそのサクラソウの鉢を大事にして、毎年、花を咲かせているという。


 ピュアな人だな、と葉名は思った。


「全然、悪王子のお父様っぽくないですね」


 思わず、口からそんな言葉がもれて、


「おい……」

と准に睨まれ、慶一郎に笑われた。





「素敵な人ですね」


 帰り道、タクシーの中で葉名がそう言うと、

「ありがとう。

 自慢の父だ」

と准は言ってくる。


「お母様も素敵な方ですね」

と言うと、准は眉をひそめて訊いてきた。


「会ってないのに何故わかる?」


「あのお花、銀婚式のあと、お母様が贈ってこられたと聞きました。

 白いサクラソウの花言葉、なんだかご存知ですか?」


 准は黙ったが、その表情から、おそらく知っているのだろうと思われた。


 植物園のような庭を持つ准の祖母に育てられた慶一郎も。


 そして、そのことをわかっているからこそ、准の母は、あの花を慶一郎に送ったのだ。


 白いサクラソウの花言葉は『初恋』。


「素敵なご夫婦ですね」

と葉名は微笑む。


「ああ見えて、ピュアな人たちだとは思うよ。

 だが、俺は、例え新鮮さが薄れようとも、離れて暮らすのは嫌だな」


 葉名、と見つめてきた准は、

「例え、お前に飽きても、一生見捨てないでいてやるからな」

と両の肩を叩いてくる。


「そっ、それはこっちのセリフです~っ」


 何故、そっちが一方的に飽きる話にっ、と思いながら、准の手を引きはがそうと頑張るが、准は笑って離さない。


「……このまま、何処か行こうか」


 思わず、どきりとしたとき、葉名のスマホが鳴った。


 葉名が片手で鞄からそれを出すと、

「スピーカーにしてやろう」

と准もまた片手だけ外して、勝手にスマホの画面に触る。


「ええっ?

 なんかまずい電話だったら、どうしてくれるんですかっ」

ともう片方の手で、まだ准の手を外そうとしながら、葉名は言う。

 

「まずい電話がかかる当てでもあるのか」

「ありませんけどっ?」


 他に浮いた噂もありませんが、それがなにかっ?

と喧嘩腰に思ったとき、


『葉名~』

と陽子の声がした。



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