第18話 こいつは俺に気がないのだろうか?



 こいつは俺に気がないのだろうか?


 じゅん葉名はなを前に悩んでいた。


 なにを言っても、なびく気配がない。


 昨日、キスさせてくれたのだって。


 わかったわかった。

 じゃあ、これで帰ってねって感じだった。


 今も葉名は逃げ気味にクッションを抱いて、眠そうだ。


 俺とこうしていて、ときめかないのか?


 俺はときめいているぞ。


 お前がそこに、ぼんやりそうしているだけで――。


「何故、俺がやった指輪をつけてくれない? 葉名」


 そもそもそこから不満があり、訊いてみた。


 すると、葉名は、えええーっ? という顔をする。


「……できると思ってるんですか?」


 できないと言うのかっ。


 うちの家宝――


 ……かもしれない、あの指輪がっ。


 幾らすると思ってるんだ。


 このマンションくらい買えるぞっ。


「何故、できない」

とソファの背の、葉名に近い位置に片手を置くと、葉名はクッションを抱いたまま、肘掛けに倒れるくらいの体勢に逃げてしまう。


 いや、そんなに倒れたら、ほぼ寝てる感じになって、かえって、襲ってくださいみたいになっているが、いいのか?

と言うくらい逃げている。


 そう思う准の腕の下で葉名は言う。


「大き過ぎるからですよ……」


「なんだ、そんなことか。

 

 じゃあ、貸せ。

 カットしてくる」

と立ち上がると、いや、待ってくださいっ、と葉名は腕をつかんできた。


「もったいないじゃないですかっ」

と言った葉名は、指輪探しを踏みとどまった自分を見、


「……あ~、びっくりした」

と言ってくる。


「ほんとにすぐさまやりそうですよね」


「俺はいいと思ったら、すぐさま実行、がモットーだ」


 だが、葉名は、

「そのモットー、ときにはどうかと思います」

とケチをつけてきた。


 この小生意気なところも可愛いといえば、可愛いんだが、と思いながら、

「葉名」

と彼女を見下ろし、呼びかける。


「俺は、仕事中、呑気にペペロミアに水をやっているお前を見て――」


 ちょっと待った、と顔の前に手を出し、葉名は言ってきた。


「何度も言うようですが、私、仕事はちゃんとしてますからね」


「もちろんだ。

 わかっているぞ。


 俺は真面目に仕事をしているお前が呑気にペペロミアに水をやっているのを見て――」


 言い換えてやったのに、葉名は不満げだったが、とりあえず、無視した。


「なんだか、うちのばあさんと植物園に居るときのような安らぎを覚えたんだ」


 葉名は、何故か微妙な顔をする。


「恋かもな? とちょっと思った。


 お前と話すうちに、恋だな、と思うようになった。


 そして、今は、運命の恋だ! まで到達してるんだが、お前はどうだ?」


「いや、まだ、何処にも到達していません」

と葉名は言う。


 ……照れているのだろうかな?


 それとも、俺が、お前が十年前のモンキーだったことに気づかなかったことをまだ怒っているのだろうか?


 そう思いながら、准は弁解する。


「この十年……確かにお前のことを忘れていたかもしれないが。


 だが、俺は、この先、何十年とお前を忘れない自信がある!


 いや――

 

 お前を愛する自信がある」


 そう言い直し、准は葉名を見下ろした。





「うちのばあさんと植物園に居るときのような安らぎを覚えたんだ」


 そう言う准に、葉名は、


 いや、ばあさんって……、と微妙な顔をする。


 すると、准は、


「今は、運命の恋だ! まで到達してるんだが、お前はどうだ?」

と訊いてくる。


 いや、それより、ばあさんが気になる。


 私と一緒に居るのは、おばあさまと一緒に居るのと変わりないってどういうことだ。


 単に、そのくらい安らげると言いたかったのかもしれないが。


 もっといい表現はなかったのだろうか。


 そんなことを考えている間にも、准は語り出す。


「この十年……確かにお前のことを忘れていたかもしれないが」


 ……忘れてたんだ、やっぱり。


「だが、俺は、この先、何十年とお前を忘れない自信がある!」


 いや、そりゃまあ、私、貴方の会社に居ますからね、クビにならない限り……。


「いや――

 

 お前を愛する自信がある」


 そう言い直し、准は葉名を見下ろした。


 ソファの背に手を置くと、身を乗り出し、言ってくる。


「なんでだろうな……。

 理屈じゃないんだ」


 そう言い、そっとキスしてきた。


 なんでだろうな……。


 あんまり逃げる気にならないな。


 葉名は強くクッションを握りしめながらも、逃げなかった。


 だが、そこのところの微妙な感じは、まったく准には伝わってはいなかったようで、准は、葉名を逃すまいとするように、ソファについていない方の手で、葉名の右手首をつかみ、言ってきた。


「葉名。

 ……どうしたら、俺を好きになってくれる?」


 真っ直ぐに自分を見つめ、言ってくる准に、迷いがないな、と思っていた。


 仕事中は、短く、明確に意志を伝えるという准だが、それは恋でも同じなようだった。


 だからこそ、少し不安になる。


 本当に好きだったら、こんなにストレートに言ってこれるものかな、と思って。


 少なくとも私は言えないな、と思ったとき、スマホにメールが入った。


「す、すみません、ちょっと」

と准から逃げるようにローテーブルの上のそれを取る。


「誰だ?」


「母です」


 黙って読んでいると、

「どうした?

 深刻な話か?」

と准は訊いてくる。


「いえ、持ってきて欲しいものがあると」


「持ってきて欲しいもの?」


「入院してるので」

と言うと、


「そうなのか。

 じゃあ、ご挨拶とお見舞いに行かねばな」

と言ってくる。


 いや……遠慮してください。


 なんだか嵐を呼んできそうなので、と思ったが、この人行くと言い出したら、きかないんだろうな、とも思っていた。





 その日は、見舞いに一緒に連れて行くことを条件におかえりいただいたので、しょうがなく、葉名は休みの日、准を連れて、病院へと向かった。


 葉名は母に頼まれたものと、ケーキを、准は色とりどりのガーベラでできた花束を持ってきていた。


「なんでガーベラなんですか?」

と言いながら、二人は病院の廊下を歩く。


「花言葉が好きだからだ。

 『常に前進』」


「……貴方らしすぎますよね」


 そんな話をしながら、扉が開いたままの個室を覗く。


 母はちょっと小太りな医師と話をしていた。


 人の良さそうな顔をして、肌がつるんと白い、母の主治医、室田むろただ。


 あら、という顔を母、佳恵よしえがする。


 丸顔でほんわりした印象の母は、よく姉と間違えられる。


「やあ、葉名ちゃん。

 お母さん、そろそろ退院できそうだよ」


 回診というわけでもなく、訪れていたらしい室田が言う。


 そうですか、と葉名は、ほっとしながら言った。


「葉名、そちらの方は?」

と佳恵が准を見た。


「ああ、この人は、うちの会社の社ちょ――」


 社長さんです、と言い終わらないうちに、

「あらっ」

と佳恵が言う。


「社長くん!

 社長くんじゃないのっ。


 懐かしいわねえ、元気ー?」

と言って、側に来た准の腕を子どもにするように、ぽんぽん、と叩く。


「社長さんなんですか?」

と室田が佳恵に訊く。


「そうなのよ。

 葉名の幼なじみでね」


 いや、今は本当に社長なんですが。

 わかってますか……? お母さん、と思う葉名の前で、


「可愛い顔だったから覚えてるわよ」

と准を見上げて、佳恵は笑う。


 原型留めてないのに、よく一発でわかるなーと感心していると、准が、こちらを向いて、


「葉名。

 お母さんが覚えているのに、何故、お前が覚えていない……?」

と言ってきた。


 いや、貴方もじゃないですか、と思っていると、まあ、ほほほ、と笑う佳恵に、准は言った。


「お母さん、娘さんをください」


 またしても、短くストレートで明確だっ。


 何処かに情緒をっ、と思う葉名の前で、


「あら、いいわよ」

と佳恵は軽く言ってくれる。


 いいわよ? と佳恵を見ると、佳恵は、

「助かるわ。

 そしたら、私も安心して再婚できるから」

と言ってきた。


 ええええええーっ?




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る