第14話 考えすぎて捨てられません



 葉名はなは箱から出てきた交換日記を始末しようとしていた。


 だが、原型を留めたまま、本と一緒には出せない。


 誰がなんの弾みで見るかわからないからだ。


 めぐりめぐって社長の手許にこれが行ってはまずい、と葉名は思っていた。


 なにかに包んで、燃えるゴミに出してもいいが、回収途中で袋が破れて、ポロッと落ちて。


 そして、社長の手許に届いてしまうかもしれない――。


 葉名は完全に疑心暗鬼におちいっていた。


 そのくらい、此処に書かれている内容に問題があったからだ。


 消してから捨てるとか?


 だが、社会人になってからは、鉛筆とかシャーペンとかあまり使わない。


 メモを取るのも書類を書くのも、ボールペンかパソコンだからだ。


 なので、消しゴムもすぐにはなかった。


 だがまあ、消したところで、私の筆圧は強いから、跡が残るしな。


 その上から、鉛筆とかクレヨンで、ガーッと塗りつぶしたら――


 文字が浮き出るな……。


 いっそ、燃やしたらどうだろう。


 そうだ。

 すべてを灰に! と思ったのだが、この家はオール電化だし、マッチもライターもない。


 こすったり、打ちつけたりして、火を起こそうにも、木もなければ、火打ち石もない。


 第一、火災報知器が鳴りそうだ。


 ……今すぐ、田舎に引っ越したい。


 農家の人がなにか焼いてるところに行って、そっとこれをべて来たい。


 そこまで追い詰められたあとで、いや、こういうのが問題なんだよな、と思う。


 こうやって、いろいろと捨て方を悩んでしまい、結局、物を捨てられなくなってしまうのだ。


 うーむ。

 シュレッダーは今、壊れているが。


 誰もつなぎ合わせられないくらい、ジャキジャキに切るとか、裂くとかすればいいか。


 そう結論づけた葉名は問題のページを開いた。


 だが、破り取ろうとした手が止まる。


「必ず、幸運をもたらせよ」

と言った准の顔が頭をよぎったのだ。


 葉名は少し迷ったあとで、よし、パントリーに隠そう、と日記を閉じた。


 綺麗になった此処に再び、放り込んでいるとは思うまい。


 そう思いながら、葉名は、パントリーにあるカゴの向こう側にそれを落とした。





 翌朝、目が覚めて、リビングに行くと、カーテンの隙間から漏れ入る朝の光の中で、両手を広げて吊るされ、うなだれているクマが居た。


 ジーザス! って感じだな、と思いながら、葉名は簡単な朝食を作る。


「行ってくるね、ガジュマル、クマ」

と呼びかけ、家を出た。


 その日の仕事は、秘書に上がる用もなく、順調だった。


 途中で、ペペロミアに話しかけたりしながら、昼を迎える。


 コンビニで買ってきたサンドイッチを小会議室で久田敦子ひさだ あつこたちと食べているとき、クマを洗った話になった。


 敦子が、

「えー、洗ったのー?

 めんどくさいじゃん」

と言ってくる。


「ビニール袋に重曹とぬいぐるみ入れて振ればいいじゃない」


 私はそうしてるわ、と言う敦子に、吉川美沙よしかわ みさと二人が、えーっ? と声を上げる。


「久田、ぬいぐるみ、綺麗にしてあげたりするの?」


「久田さん、ぬいぐるみ持ってるんですか?」


「あんたね……」

と二人で言ったのに、葉名だけが睨まれた。


 美沙は敦子より、年上だから、というより、葉名の方が発言内容が、よりロクでもなかったからだろう。


 そのとき、

「お疲れさまでーす。

 私も入れてくださいーっ」

と可愛いランチボックスを手にした涼子がやってきた。


「お疲れ様です」

「お疲れー」

と葉名たちが言い、


「三浦ー、今日はちゃんとお昼にお昼?」

と美沙が笑う。


「そうなんですよー」

とドアを開けてすぐのところの椅子を引きながら、涼子は言った。


「今日は室長が居てくださるので、助かります」


「めーこ、まだ大変そうだからねー」

と美沙が眉をひそめる。


 めーこと言うのは、美沙の同期の秘書の人だったらしいのだが。


 つわりがひどく、あまり顔を合わせないうちに、休みがちになり、ついには入院してしまったのだ。


「いやー、うちもおねえちゃん、つわり、すごくてさー。

 生まれるまで、這って家の中、移動してたからねー」

と齧りかけのチーズバーガーを見ながら、美沙が言ってくる。


「まあ、今後、どうなるかわかりませんが。

 とりあえず、めーこさん、帰ってくるまで、頑張りますよ。


 でも、人手が足らないときもあると思うので、そのときは、総務系の部署に手伝い要請が行くと思います。


 よろしくお願いします」


 涼子はそう頭を下げたあとで、

「――というわけで」

と頭を上げ、葉名を向いて、言ってきた。


「例の花屋のイケメン、紹介して」


「……すみません。

 今の話がどうつながって、花屋のイケメンに行ったんですか?」

と葉名は訊き返す。


 だが、涼子は、

「だって、疲れてるんだもんっ。

 イケメン眺めていやされたいのよっ」

と訴えてくる。


 あのー、お花屋さんだと言っているのに、花と緑は無視ですか。


 観葉植物にだって癒されますよ……?

と葉名が思っていると、敦子が、


「あっ、なにその話っ。

 我々も混ぜなさいよっ。


 ねえ? 吉川さんっ」

と話に割り込んできたが、美沙は余裕だ。


「いやいや。

 私は別にいいわよ。


 ひろちゃんで満足してるから」


 広ちゃんと言うのは、美沙の彼氏らしい。

 よく話に出てくる。


「やだもう、ムカつく、吉川さんーっ。

 じゃ、吉川さんは置いて行こうっと」

と敦子が言い出した。


 いやあの、連れてくの、私ですけどね、と葉名が苦笑いしたとき、誰かがドアをノックした。


 はい、と振り返り、涼子が言うと、若い男が顔を出す。


 営業のまゆずみだ。


 そんなにイケメンというわけではないが、すっきりと清潔感があって、笑顔がいいので、イケメンに見える。


「お嬢さん方、楽しそうなのはいいけど、少し声抑えてー。

 隣、会議の準備してるのに、筒抜けだから」

と言われ、あっ、すみませんっ、と敦子が真っ先に謝る。


 その感じに、久田さん、黛さんがちょっと気に入ってるのかな、と葉名は思った。


 ……なのに、違うイケメンも見に行きたいんですね、とは思ったが、まあ、涼子が言うように、単にでて癒されたいのかもしれない。


 そう思ったとき、黛の後ろに准が見えた。


 准も隣の大会議室に行くようだ。


 それを見た涼子がお弁当も途中なのに、

「やばい。

 もう戻らなくちゃ」

と慌てて片付け、立ち上がる。


 じゃあ、失礼しますねっと言って、外に出ると、准たちに頭を下げ、走り去っていった。


 それを見ながら、美沙が、

「何処に行きたくないって、秘書には行きたくないわねー」

と呟く。


 すると、敦子が、

「えー、でも、社長とお近づきになれるチャンスですよー」

と言い出した。


 いや、久田さん。

 黛さんと、花屋のイケメンは……?


「久田さん、イケメンなら、誰でもいいんですか?」

と思わず、言って、


「……あんた、ちょっと表に出なさいよ」

と敦子にすごまれ、美沙に笑われた。


 いえ、別に久田さんが社長に気がある風だったから、うっかり言ってしまったとかではないんですよ。


 ええ、ほんとうに……。


 そう思いながら、葉名は残りのサンドイッチを急いで食べた。





 花屋のイケメンがどうした。


 早く会議室に来すぎたせいで、準備が整うのを廊下で待っていた准は、葉名たちの話を聞いていた。


 こいつら、声デカイな。


 社外の人も交えての会議でなくてよかった、と思う。


 こんなしょうもない話は、よその会社の人間には聞かせられないからだ。


 それにしても、葉名め。

 そいつら連れて、誠二のところに行くつもりか?


 そう思いながら、准は小会議室の扉を睨む。




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