第15話 買った!
そいつら連れて、誠二のところに行くつもりか?
そう思いながら、
「社長、準備整いましたので、どうぞ」
と言ってくる。
自分が早く来すぎただけだから急がなくていいと言ったのだが。
働き者の社員たちは、急ぐなというと、より急ぐ。
「すまないな、ありがとう。
ところで、黛、秘書に来るつもりはないか?」
今、ひとり欠けて大変だし、浅田室長もそろそろ退職なので、次の人事異動のときには、誰か秘書にと思っていたところだった。
少し早めに異動させても、と思ったのだが、黛は笑顔のまま、
「……いやあ、私など。
私は、自分の出来る分野で、社長をお支えしたいと思っています」
とやんわり断ってくる。
みんな嫌がるな、秘書。
かと言って、やる気満々な奴は、野心満々みたいな奴が多くて、なんか怖いし。
とりあえず、誰か三浦のサポートが必要だが。
そう思ったとき、一瞬、葉名が頭に浮かんだ。
一見、落ち着いて見えるし、品もある。
見た目は秘書にピッタリだが……。
あいつ、仕事は出来るのだろうかな?
入社して一ヶ月。
仕事ぶりを間近に見たことはあまりないが、普段の感じがあれだからな、と思う。
今にもお茶とかひっくり返しそうだ。
そういえば、葉名は最終面接のとき、延々と猫について語っていた変わり種だった。
話は不思議な展開を見せ、上手いところに着地したが。
もうちょっと大手の会社に決まりかけてたのを蹴ってうちに来たと聞いた気がするが。
なんでうちにしたんだろうな。
……運命かな。
真面目に考えているのに、葉名が絡むと、思考が横滑りする。
らしくもなく、そうだな、運命だろう、と結論づけた。
横から葉名たちの抑えた笑い声が響く。
ランチタイムに小会議室は解放しているのだが。
……壁を厚くせねばな、と思いながら、准は会議室に入る。
黛がふたたび、ドアを叩き、
「ごめんもうちょっと静かにしてー」
と葉名たちに言っていた。
「なにあの絵に描いたような爽やかなイケメンは!」
と敦子が叫ぶ、夕暮れの商店街。
女三人、肉屋の前から、店先でおばあちゃんの応対している誠二を眺めていた。
「社長も黛さんもちょっといいと思ってたけど――」
すみません。
社長は、ちょっといい程度なんですか……?
と思う葉名の前で、敦子は祈るように手を合わせ、
「あの人は魂が震えるわ!」
と叫び出す。
いや~、意外とあの人が一番やばい人のような気がしてますけどね~と思う葉名を振り向き、敦子が、
「あんた、なに呑気にコロッケ買ってんのよっ」
と言ってきた。
えっ? と言いながら、葉名は肉屋で茶色い紙袋に入ったコロッケとお釣りを受け取る。
「いや~、お肉屋さんのコロッケって美味しいじゃないですか」
葉名は、はい、はい、とその場で食べられるように個別に茶色い袋に入っているコロッケを二人に渡した。
「あんた、コロッケ食べながら、イケメンに、こんにちは、とかって行けると思ってんのっ」
と言う敦子に、
「美味しいですよ、じゃがいもホクホクで」
と言うと、
「肉の部分を褒めてあげなさいよっ」
と言いながら、敦子は肉屋を指差す。
いや~、と笑いながら、肉屋の太ったおじさんはこちらを見ていた。
歩きながら食べるのも行儀が悪いので、三人で肉屋の前で立って食べる。
肉屋のおじさんが、
「なになに?
誠二くん見に来たの?
彼、格好いいよねー。
なんか品があるしさー」
と笑って言ってくる。
そうですよねー。
いいとこのお坊ちゃんみたいですもんねーと思う葉名の横で、もう食べ終わった涼子が、
「いいけど、ちょっと私の好みじゃなかったなー」
と贅沢なことを言い出した。
落ち着いて食べられない秘書に居るせいか、涼子は食べるのが早い。
涼子が丸めたコロッケの包みをおじさんが、はいよ、毎度あり~と言いながら、受け取ってくれていた。
「というわけで、あんたに譲るわ」
と勝手に涼子は、誠二を敦子に譲る。
誠二は此処で自分が売り買いされているとも知らずに、丁寧にお年寄りに花の説明をしていた。
「ありがとう」
と言った敦子が食べ終わった紙袋を丸めると、また、おじさんが取ってくれる。
敦子が振り向き、
「あんた、いつまで食べてんのよ。
――そして、何個買ってんのよ」
と葉名の腕にある紙袋を覗き込んできた。
「いやー、晩ご飯にしようかと」
とごまかし、ははは、と笑う。
なんとなく、誠二と准の分まで買ってしまったのだ。
そして、気がつけば、涼子は晩ご飯の味噌豚を買っている。
「此処、誠二くん眺めるのに、絶好のポイントだよ。
また来てね」
と言うおじさんに見送られ、
「待って、ネギも」
と既に本来の目的を忘れた涼子を敦子が引きずり、ようやく店の前に到着した。
「ああ、葉名さん」
とちょうどおばあちゃんを見送ったあとだった誠二がこちらを振り向き、笑う。
「素敵なお花屋さんがあるって言ったら、会社の皆さんが行ってみたいとおっしゃるので、お連れしました」
本当は、『素敵なお花屋さんが居るって言ったら』なのだが――。
「そう。
ありがとう。
ゆっくり見ていってね」
と誠二が微笑むと、敦子が小声で言ってくる。
「なによ。
ずいぶん親しそうじゃない」
「ああ……」
と葉名が言いかけると、聞いていたらしい誠二が、
「葉名さん、僕の従兄弟の彼女なんだ」
と言ってきた。
ジーザス!
頭の中に、窓辺に吊るされたクマが浮かぶ。
いや、今、吊るされている気分なのは、私だがっ、と思いながら、
「誠二さんっ」
と言うと、
「あれっ?
話したら、まずかった?」
と言い、誠二は笑っている。
いやいやいや。
まずいとわかっていて、わざとですよね?
最初に准の会社の人たちだと言ったはずだ。
嫌がらせですか……? と思っている間にもう、
「なにそれ、聞いてない」
「あんた、彼氏居たのっ?」
と二人に突っ込まれる。
「いや~、彼氏っていうか。
まあ~、そうですね~」
と曖昧なことを言いながら、助けを求めるように誠二を見ると、穏やかに微笑む彼の目に、
『助けてあげてもいいけど?』
と書いてあった。
『助けてくれるんですか?』
と葉名も目で訴える。
『その代わり、ひとつ貸しね』
と誠二の目に書いてあった。
「あ、ねえ。
ちょうどいいものが入ったんだよ。
恋愛運が上がるグリーンネックレス」
えっ? と女子二人は葉名を締め上げるのをやめ、誠二を見た。
誠二は上から下げてあるブリキの缶を手で示し、そこから垂れ下がる緑の玉がたくさんついた観葉植物を彼女らに見せる。
「あ、可愛いですね~」
と二人は言った。
「窓辺とかに飾るといいよ。
ちょっと水やりの加減が難しい植物ではあるんだけどね。
緑の鈴、とも言われる植物で、とても縁起がいいんだよ。
鈴は幸運をもたらしてくれると言うからね。
恋愛運とか結婚運を上げるんだったら、東南に――」
「買った!」
と話の途中で、涼子が手を挙げる。
「……ありがとうございます」
と誠二が微笑んだ。
「あっ、涼子ずるいっ」
と二人は揉め始める。
その様子を見ながら、誠二は、ぼそりと葉名に言った。
「准と縁が切れるのはまだ入れられてないんだけどねえ……」
と。
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