第12話 とりあえず、洗ってみよう

 

「お知り合いだったんですか?」


 コンビニの入り口で、葉名はなじゅんと誠二に向かい、そう訊くと、


「親戚」

と短くサクッと准は言った。


「お前でも、コンビニとか来んのか」

と准は誠二に向かって、素っ気なく言いながら、葉名の手にあるカゴを取る。


「来るよ。

 僕は今や商店街の花屋の店員だからね」


「……なにやってんだ、お前」


「いいよ、花屋の店員。

 花や観葉植物に埋もれて過ごす日々。


 穏やかな商店街の人たち。


 ときに可愛いお客さんも来るしね」

と言いながら、誠二は葉名を見て、微笑む。


 准と話しているときとは違う、お店に居るときのような穏やかな笑みだった。


「親父さん、文句言わないのか」


「言ってるよ。

 東雲准しののめ じゅんを追い落として頂点に立て!


 とか言ってる」

と本人を前にして、誠二は言う。


「でも、僕はまず、地固めをしてから、前へ進みたいんだ」


「俺もしてるじゃないか、地固め。

 まずは一つの会社からコツコツと」


 いきなり社長になることのどの辺がコツコツなのか教えて欲しい、と葉名は思っていた。


 まあ、あの人と同じかな、と思ったとき、誠二が言った。


「僕はお前とは違う。


 人徳を上げ、みなに慕われるような人間になってから、上に立ちたいんだ。


 お前のような絵に描いた悪代官みたいな奴とは違――」


「お前の番だぞ」

と誠二の話を遮り、准はレジを指差す。


 ああ、すみません、と誠二は店に居るときのような笑顔で店員に微笑みかけながら、カゴを出していた。


「……あの人はどっちがなんですかね?」


 誠二はどうやら、准の親戚で、彼と一族の後継者争いをしているらしい。


 だが、准はもう誠二には興味を失ったように、見切り品の菓子類やなにかを真剣に眺めている。


 珍しいのだろうかな、と思っていると、チョコの箱を手にとって見ながら准は言う。


「どっちが地ってこともない。

 あれがあいつの全部だよ」

と。


 計算高そうなところも、温厚で親切なところも、全部含めて誠二だと言う。


 そんな准を見ながら、この人のそういうところは好きかな、とちょっとうっかり思ってしまった。


 相手のあるがままを全部受け止めてくれそうなところ。


 一緒に居て、なにも無理しなくていい。


 そういえば、高校のとき、部活の買い出しで、格好いい先輩と二人でコンビニに来たことあったっけ、と夜でも明るい店内を見ながら葉名は思い出す。


 あのとき、すごく緊張して。


 楽しかったけど、どっと疲れた。


 社長はあの先輩より、もっと格好いい気がするけど、一緒に居ても疲れないな。


 ……いや、違う意味では疲れるのだが。


 まあ、特に好かれたいわけでもないから、格好つけなくていいからかな。


 准は真剣に棚に並ぶカップ麺を眺めている。


 その整いすぎているせいか、なにか含みがあるように見える横顔を見ながら、


 悪代官はないなー。


 やっぱ、悪王子だなー、

と思ったとき、准が振り向いた。


「なに人の顔見て笑ってんだ?」


 さては、見惚れていたか、と言われ、慌てて、


「ちっ、違いますよっ。

 やっぱ、悪王子かなと思っただけですっ」

とうっかり言ってしまい、ああっ、すみせんっ、と謝った。


 だが、准は、

「いや、別にいいぞ」

と笑って言ってくる。


「とりあえず、俺のことを王子だとは思ってるわけだろ?」


 いやいや、そこだけ強調しないでください、照れるではないですか、と葉名がうつむくと、

「なにやってんの」

という声が背後でした。


「何処のバカなカップルの会話だよ」


 買い物袋を手に誠二が立っていた。


「またね、准。


 葉名さん、こいつと縁が切れるように、男運が良くなる植物、仕入れとくから、今度、おいで。」


 そう淡々と語る誠二を、どんなお花屋さんですか……と思いながら、見ていたのだが。


 誠二は出口で、たくさんのビニール袋を抱えて出て行こうとしているおばあちゃんに、

「大丈夫ですか?」

とあの穏やかな笑顔で話しかけていた。


「誠二さんって、おばあちゃんにやさしいですよね」


「あいつ、ばあちゃんっ子だからな。

 俺もだが」

とコーンの缶詰を手に言ったあとで、准はこちらを見、


「嫌か、そういうの」

と言ってきた。


「いえ、別に。

 マザコンだと、ちょっと気になりますが」

と答える。


 なんでだろうな。

 おばあちゃんが好きとか言われたら、やさしい感じがするのに、母親が好きとか言われると、ちょっと引く。


 おばあちゃん好きでも母親好きでも身内にやさしいことには違いないのに。


 そして、結婚したら、自分もその身内になるのに。


 うーむ。

 何故、母親好きだと抵抗があるのかな?


 おばあちゃんがいろいろ言ってくるとか聞かないけど、姑はいろいろ口を出してくると聞く。


 そんなとき、嫁ではなく、母親の意見に従ってしまいそうだからか? と何故か、結婚後のことに思いをせてしまった葉名の前で、


「よし、葉名。

 コーンをツマミに飲もう」

と准はそのコーンの缶詰を手に言い出した。


 ええっ? と言うと、

「いや、他のものも買うが。

 俺はこれを大きなスプーンにザクーッとすくって食べるのが子どもの頃からの夢だったんだ」


 なにかの付け合わせで出てるのとかじゃなくて、缶の中のコーンを山盛り食べてみたかった、と准は言う。


「まあ、なんとなくわかりますけど……」

と葉名が笑うと、よし、早速買って帰ろう、と言ったあとで、准は、


「いいな、お前んち。

 なんか秘密の隠れ家的で。


 子どもの頃、できなかった悪さがいろいろ出来そうだ」

と言って笑う。


 おいおい。

 うちを悪の巣窟にしないでくださいよ、とは思ったが。


 この悪王子、缶詰から、コーンをザクーッとやるのが悪らしい。


 ささやかすぎるな。


 所詮はお坊っちゃま。


 女性が痺れるような悪の魅力には乏しいが、なんだか可愛らしい感じがしてしまう。


「行くぞ、葉名」


 意気揚々とレジに向かう准に、はいはい、と葉名はついて行った。





 葉名の家に戻った准は、念願の、『缶詰からコーンをザクーッ』をやりながら、言ってきた。


「あれを供養してやらねばな」


 その視線の先には、窓辺のガジュマルの横に置かれた、呪いのクマがあった。


 いや、呪われていたのは箱とあのチョコレートの空き袋だったが。


「えっ?

 飾っておこうかと思ったんですけど」


 どうやら、捨てる気だったらしい准に葉名は言う。


 本などは、あのお菓子の本以外は縛って捨てる準備を整えてある。


 ……美文字練習帳もだ。


「そうなのか。

 じゃあ、洗った方がいいぞ」


「そうですかね?

 天日干ししてたら、大丈夫かな、と思ったんですが」


「汚れてるじゃないか。

 ぬいぐるみのクリーナーみたいなのあるよな。


 それか、風呂場で押し洗いしてみるとか」


「そうですね。

 クリーナー買っても、他には使わないのでもったいないから、ちょっとやさしく洗ってみましょうか」


 縮むかな、と思っていると、

「じゃあ、風呂に入るか」

と准は言ってくる。


「……洗ってくださるんですか?」


「そうだな。

 一緒に洗おうか」


 えーと?


「うちの風呂の洗い場、二人で入ったら狭いですよ?」


「じゃあ、お前は湯船に浸かっとけばいいじゃないか」


 えーと……?


「あのー、さっきから、会話が噛み合ってない気がするんですが」


「なんでだ。

 俺は明確に意思を伝えているぞ。


 仕事のときも、短いメモで的確に、が俺のモットーだからな。


 葉名。

 一緒に風呂に入って、一緒にクマを洗おう」


「一緒に風呂の洗い場に入って、一緒にクマを洗おう?」


「一緒に風呂の湯に浸かって、一緒にクマを洗おう」


 短く、明確に准は言ってきた。




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