第11話 ……祟られました


「もう開けずに捨てたらどうだ?

 今までこれなしでも生きてこれたんだろうから、別にいるものじゃないんだろう?


 何年か開けない箱の中のものは、どうせ使わないものだって言うじゃないか」

とその箱を前にじゅんは言う。


「でも、どのみち、分別しなきゃいけないじゃないですか」


「一つ一つ、手にとって、思い出に浸るなよ、と言ってるんだ。

 捨てられなくなるから」


 俺が機械的に分けてやる、と言う准に、葉名はな

「でも、忘れてるだけで、なにかすごいお宝が入ってるかもしれませんよ」

と言う。


「……いや、忘れる程度の物なんだろ。

 だが、気になるのなら、開けてみろ」

と言われ、葉名は、開けると、『たたたられる』箱を開けてみた。


 少し変色しているガムテープをはがす。


 すると、中からは普通に当時の漫画雑誌などが出てきた。


「あれっ?」


「ただのお前の宝物箱だったんじゃないのか?」


 そうですねーと言いながら、編み物の本、お弁当の本、落書き帳を引っ張り出す。


「あ、交換日記、と……

 美文字練習帳……」


「それじゃないのか、恥ずかしい思い出。

 見られてまずいものがあるから、あんなこと箱に書いてんだろ?」


 確かに、美文字練習帳はちょっと恥ずかしいな。


 しかも、百均の薄いものなのに、最初の二ページくらいしかやってない。


 そして、未だに字は汚ない。


 なるほど。

 黒歴史だな、と思いながら、それらをポイポイと脇に投げ、湿った匂いのする本を更に幾つか取り出した。


「紙類が多かったので、重かったんですね。

 あ、ぬいぐるみもある」

とそういえば、昔持っていたクマのぬいぐるみを眺めていると、准が後ろから言ってきた。


「見覚えがある……」


 え? と葉名は振り返る。


 准の視線の先には、色褪せたお菓子の本があった。


 床に投げた弾みにページが開いたらしい。


 何故か、間に、徳用大袋チョコの空き袋が挟まっていたからのようだった。


 葉名はそのページを見、

「ああ、バレンタインのチョコレート、懐かしい」

と笑ったが、その袋を手にした准は笑わない。


「そうだ。

 思い出したぞ」

と言う。


「お前、昔、俺にバレンタインのチョコくれたろう!」


「ええっ!?

 覚えてませんっ!」


「放課後、龍王山公園に行ったら、お前が一番乗りだったらしく、そこに居た。


 俺の姿を見たお前は、俺に、

『チョコあげるねー』

と言ったんだ」


 その話で一番恐ろしいのは、私が上級生の貴方に、タメ口だったことのような気がするんですが……。


 まあ、社長、可愛い顔してたからだろうな、と思う。


「俺は嬉しかった。

 お前がその年、俺にチョコをくれた一番乗りだったからだ。


 だが、お前はそのあと、来た全員に配り始めた……」


 この淫乱女め、と罵られる。


「ええー?

 そんなにたくさんチョコ作った覚えは――」

と言いかけると、これだ! と准はそのお徳用チョコの空き袋を突き出して来た。


「あのとき、お前は俺の手のひらに、これをザラザラッと五個くらいくれたんだ」


「それ、たぶん、お菓子分けてあげただけですよね……?

 あの頃、みんな、持ってきたお菓子を、『あげるねーっ』って分けてたじゃないですか」


「でも、二月十三日だったんだ!」


 十四日ですらないのか!


「しょ、小学一、二年生がそこまで考えてないですよっ!」


「いや……、あの時期の男は、訳もなく、ドキドキしているものだ。

 今年は一個ももらえなかったらどうしようと思ってな」


 貴方でもそうなんですか……と思う。


「誰にもまだもらえてなかった男の何人かは、お前が、ザラザラーッと手に入れたチョコのおかげで、きっとお前を好きになったぞ」


「じゃあ、モテたかったら、バレンタインにみんなの手にザラザラーッとやればいいわけですね……」


 そんな莫迦な……。


 准は、あの、悪王子っ、と思ってしまう悪い笑みを浮かべながら、その空き袋を見る。


「初めてのお前に、勝手にキスなどして悪かったと思っていたんだが。

 純真だった俺の男心をお前は既に、もてあそんでいたわけだな」


「いや、そもそも、ちょっと好意を抱いただけで、私を好きになったわけでもないんですよね……?」


 それ、私じゃなくて、チョコを好きになったんじゃ、と思う葉名の両の手首をつかんだ准は、


「お返しにもてあそんでやる」

と言い、開いているパントリーの扉に葉名を押し付けた。


「いやっ、あのっ、だからっ。

 あげたの、大量袋詰めのチョコですよっ?」

と葉名は叫ぶ。


 ……『たたたられ』ました。


 長年しまい込んでいた呪いの箱に――。


 また開かずの箱を見つけたら、今度こそ、迷わず捨てよう、そう葉名は誓った。





 散々、葉名をもてあそんだ准は――


 とは言っても、実際には言葉でいたぶっただけで、なにもしては来なかったのだが。


「なんか喉乾いたな。

 酒でも買いに行くか」

と言って、立ち上がる。


 あー、ひどい目にあった、とようやく准の手から逃れ、床に手をついた葉名を見下ろし、准は言う。


「どうした。

 物足りないような顔をして」


 ……してません。


「やはり、キスのひとつもして欲しかったか?」


 していりません、と思っていると、准は、

「次のキスはお前が俺を好きだと思ったときな」

と言ってきた。


「えっ?」


「嫌がられたくないからな」

とこちらを見ずに言った准は、早く支度しろ、と言う。


 ……意外とまともな人ではないか。


 まあ、そもそも、子どもの頃だって、ちょっと生意気なだけで、普通に可愛かっ――


と思いかけたが、公園の芝の上を滑るソリが怖くてなかなかできなかったとき、自分のソリを准が笑いながら、押してきたことを思い出す。


 やはりそうでもないか、と思いながら、財布と鍵だけを持って出かけようとすると、准は葉名の、外が黄色で中が紫の手のり財布を見、


「なんだ、その欲望まみれの財布は……」

と言ってきた。


「いやっ、可愛いから買ったんですよっ」


 そういえば、昔、友だちが、黄色い財布は金回りが良くなると言ってたな、と思いながら、准について、外に出た。


「葉名、黄色の財布は金は入るが、出るのも激しいらしいぞ」

とエレベーターで言われ、金運を気にしてのことではないと言ったくせに、葉名は、ええっ? と叫ぶ。


 准が笑った。




 また二人でコンビニに行き、こんな何度も来てると、暇人だと思われそうだな、と思いながら、葉名はカゴを取る。


 少なくとも、社長は暇ではないが、と思ったとき、レジに並んでいる男と目が合った。


 背が高く、すっきりした顔立ちなので、人目を引くその男は微笑み、


「やあ、よく会いますね、葉名さん」

と言ってくる。


「……せっかく、運気の上がるガジュマル買ったのに、下がってるじゃないですか。


 男運が」


 誠二は准を見てそう言った。


「誠二、なんでお前、葉名を知ってるんだ?」

と准が言う。


 そういえば、と葉名は思い出していた。


 誠二が通りの向こうを厳しい目で見つめ、いけすかない奴が通ったと言っていたのは、自分のマンションから、准が出て行ったあとだった、と。





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