第10話 呪いの箱を見つけました

 


 来ないじゃないですか。


 帰ってから、せっせと家を片付けた葉名はなは時間を確認したスマホをテレビの前のローテーブルに投げる。


 いや、別に悪王子を待ってるわけじゃないですけどね。


 悪ですから、とそこに居ないじゅんに言い訳をするように葉名は思う。


 もし早い時間に悪王子が来たら、昨日のお片づけのお礼に、ご飯くらいおごろうと思ってたのにな、と思いながら、葉名は一応、買っておいたコンビニのビーフシチューを温めようと立ち上がる。


 これとパンとサラダでいいか、と思う。


 准が居たら、


 全部買ってきたもんじゃねえか、と突っ込んできそうだな、と思いながら、ビーフシチューの賞味期限を確認する。


 まだずいぶん先だった。


 買うときに、つい、今日食べなくても大丈夫なものを選んでいたからだ。


 余計な心配だったな……と思いながら、葉名はビーフシチューの底を、ふん、と広げる。


 最近は、封を切らずに、底を広げて立たせるだけで、レンジにかけられるものが多いので、便利だ。


 でも、上手く広げないと、倒れるときがあるんだよなーと思う。


 小心者なので、


『必ず、立たせてレンジにかけてください』


 などと書いてあると、気になってしょうがない。


 葉名の頭の中では、何故か、ビーフシチューが倒れたせいで、レンジごと爆発していた。


 さて、パンは焼くべきか。


 柔らかいまま食べるべきか。


 ビーフシチューだからな、とロールパンを見ながら迷っていると、ピンポン、と鳴る。


 来たっ?

と思いながら、葉名はオレンジに光っているレンジを振り返る。


 ビーフシチューはあらかた温まっているようだった。


 一歩、遅かったですっ、社長っ。


 いや、集金の人かもしれませんがっ、と新聞もなにもかも口座からの引き落としになっているくせに思う。


 気を落ち着けるためだ。


 そうっとインターフォンを覗くと、やはり、准が居た。


 ロビーに居る准は、何故か周囲を見回している。


 だが、葉名が応答しようとして、無言のままでいるのに気づいたらしく、

「開けろ、葉名。

 あるいは、今後、このような面倒がないよう、鍵を寄越せ」

といつものように威嚇してきた。


 はいはい、と思いながら、葉名は玄関のロックを開ける。




 ロビーから上がってきた准は、葉名の部屋の玄関に立ち、何故か、またも周囲を見回していた。


「どうかしましたか?」

と葉名が訊くと、


「いや、セキュリティのしっかりしたマンションだよな。

 高そうだし」

と言ってくる。


「ああ、今、彼氏のところに住んでる従姉のおねえちゃんのマンションなんですけど。


 ……おねえちゃん、いろいろと問題を起こす人なので、セキュリティがいい方がいいって言って、此処住んでたんですけどね」


「お前のそのねえさん、名前、なんて言うんだ?」


「え? 陽……


 陽子です」

と何故、今、そんなことを訊くんだ? とちょっと悪い予感がしながらも、葉名は答えた。


 ふうん、と言ったが、准は、それ以上突っ込んではこなかった。


「ところで、もう晩飯は食べたか」

と訊かれたので、今、温めたところだと話すと、


「じゃあ、冷める前に、俺のも買ってこよう」

と准が言い、二人でコンビニに行ったあと、葉名の部屋で食べた。


 准が買ってくれた抹茶スイーツを食べながら、こんなことしてると、なんだか普通の恋人同士みたいだな、とちょっと思ってしまう。


 だが、食べ終わったあと、准は、

「さあ、今日もお前の部屋を片付けるか。


 何処がいい?

 押し入れか?」

と訊いてきた。


 うう、一気に普通の恋人同士じゃなくなってきたぞ、と思いながら、


「あのー、社長。

 何故、私の部屋を片付けようとなさるんですか?


 ご自分の部屋を片付けられた方が、運気が上がるのでは?」

と訊いてみたのだが、准は、


「俺の部屋は帰ったときには、いつも勝手に片付いている」

と言う。


 まあ、家にメイドさんだか、お手伝いさんだかが居そうだもんな~と思っていると、


「お前は俺の妻になる女だ。

 お前の運気も上げておかなければな。


 俺は妻とは一緒に暮らすつもりだから。


 それが子どもの頃からの俺の夢だ」


 そう准は語ってくる。


 ……ささやかすぎるな、と葉名は思った。


 まあ、ずっと両親が別居している准としては、全然、ささやかな願いではないのかもしれないが。


 でも、私もちょっとわかる―― と葉名が思っていると、


「でも、あの夫婦、あれでいいらしいんだよな」

と食べたあとのゴミを葉名と一緒に片付けながら、准が言ってくる。


「ずっと別居してるのに、別れもしないし、浮気もしない」


「そうなんですか。

 役者さんって、恋をした方が芸の肥やしになるとか言って、浮気したりするのかと思ってました」

と言うと、


「そんなもの肥やしになるか。

 たったひとりの妻も愛せない奴に愛を語られてもな」

と准は言う。


 ……意外とまともだ。


 まったくもって、悪王子ではない、と思っていると、


「結婚してから、そう何度も会っていない夫婦だから、たまに会うと、新鮮らしいぞ。


 だが、俺は、新鮮味を感じなくなるとしても、毎日、好きな女の顔を見て暮らしたい」


 そんな可愛らしいことを言ってくる。


 本当に悪王子ではないようだ……と思う葉名の前で、

「よし、始めるか」

と准は言い、周囲を見渡し始めた。


 何処から手をつけようか、と思っているようだ。


 まあ、いろいろとやり甲斐がありますからね、と思ったのだが、結局、その位置から一番近い、パントリーを片付けることになった。


 いや、パントリーとは言っても、食器も食料品もほとんど入ってはいない。


 このマンションは収納が少ないので、陽子は此処を物置にしていた。


 なので、葉名も引っ越してすぐ、此処にぎゅうぎゅうに物を押し込んだのだ。


 落ち着いたら片付けよう、と言い訳をして。


 もちろん、落ち着くことなど永遠にない。


 パントリーのドアを開けた准は、黙って、その各段ぎゅうぎゅうに詰められた荷物を見ていたが、


「……これは、ねえさんの物も入っているのか?」

と訊いてくる。


 いや~、と葉名は曖昧な相槌を打ち、苦笑いした。


 陽子は、

「今度こそ、運命の恋」

と言って、もう帰ってこないつもりで、家の中のものは全部持ち出していったので、これらの荷物はすべて葉名のものだった。


「……お前、引っ越して、一ヶ月やそこらじゃないのか?

 入社に合わせて引っ越したのなら」


 なんでこうなる?

とぎっちり詰まった荷物を前に言う准に、


「いえ、前住んでたアパートから引っ越すときに、そこの荷物、全部持ってきちゃったので」

と言ったあとで、ふと気づいたように、葉名は足許を見た。


「……そういえば、開かずの箱があるんですよ」


 まだ冷える季節なので履いている、ふかふかの靴下とふかふかのスリッパの先、一番下の段にその箱は詰められていた。


 ダンボールもガムテープも少し変色している。


「確か、子どもの頃、引っ越すときに自分で詰めて。


 それから転居するたび、開けることなく持ち歩いてたやつなんです。


 一人暮らしをするとき、母が、これもあんたのでしょ、持っていきなさいって言って、トラックに突っ込んだんですけど。


 此処に越すときも、そのまま持ってきちゃって。


 なんか、既に呪いとかかかってそうで、怖いんですよ」

と言うと、


「待て」

と准は言った。


「そもそも、お前が詰めたんだろうが。

 なんで、時間の経過とともに、呪いがかかる?」


「……なにかのファンタジーのようですよね」

と重々しく言う葉名は無視して、准はそこにしゃがんだ。


 そのちょっと湿っている感じの大きなダンボールを引きずり出してきた准は、そこに書かれている黒いマジックの文字を声に出して読む。


「『はな』」


 ……漢字が書けなかったんだな。


「『あけたひとは、たたたられる』」


「なにか、こう――

 禍々しい感じがしませんか?」

と葉名は言ったが、身を屈め、箱の文字を眺めている准は、


「『た』が一個多いぞ……。


 もう既に、かなりバカバカしい感じがしているが」

と呟いていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る