第26話 君のとなり(4)

 十三時二十分に差し掛かったころ、神崎は荷物をもってアパートを出た。間山も道案内のために同行する。道中二人は無言だった。内心複雑な気持ちだったが、これが最後だと思うと寂しくてたまらなかった。

 三十分ほどかけて駅についた。四日前に再会したことを思い出して、懐かしいようなあっという間だったような不思議な心境になった。間山と神崎は駅の入り口で立ち止まる。入場券を買えばホームまで入れるが、過剰な行動は慎みたかった。

 間山はこぶしを握った。

 何か言わなければいけない。言わなければ、時間がきて本当に終わってしまう。

「あのさ、気を付けて帰れよ」

「うん……」

「えと、あと……お土産! これ、お土産に持って帰って!」

 名物と書かれた饅頭を強引に渡す。

「え……でも」

「はじめに……ストラップくれたじゃん。貰いっぱなしは悪いなって思ってたから……」

 ぎこちない間山の様子に神崎が笑いはじめた。いつも通りの優しい笑顔だった。

「ははっ、壮太。なんか変だ」

 それにつられるようにして間山も笑った。やっぱり好きだなと思った。

 これは業なのだろう。

「悠、いろいろとごめん。本当にごめんな」

 神崎は笑いかけるが良いとも悪いとも言わなかった。

 残酷だ、と間山は思った。深い悔恨の中で、間山は思う。

 もし、悠と誰かが結ばれる未来があったとして、それを祝えるかと聞かれたら、俺は間違いなくイエスと言うだろう。つまり俺は、今度こそ悠には幸せだって笑って欲しいんだ。つまり俺では、悠を幸せにすることは出来ないんだ。

 意を決して、間山は口を開く。

 最後に、許されるなら、少しだけ。

「俺さ、悠のこと……好きだったよ」

 精一杯の別れの言葉を送った。

「なんだよ、急に。恥ずかしいだろ」

 こんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。神崎が照れたように笑う。きっとこの男は、本当の意味を知ることはないのだろう。

「でも、うん。俺も壮太がいて楽しかったよ。いっぱい聞いてくれてありがとう」

 電光掲示板が切り替わり、神崎が乗る汽車の案内が表示された。神崎が荷物を持ち直して「時間だから」と背中を向けた。間山は途端に名残惜しさでいっぱいになる。固い決意をしたはずなのに、なんて意志の弱い。

 枯れた笑い声は自嘲じみていた。寂しさに、涙がこぼれそうになる。

 いかないで、傍にいさせて、愛しいよ。

 改札に向かう神崎に、あふれそうになる思いをとどめて、言う。

「ばいばい、元気で」

 さようなら、もう君と出会うことはないだろうけど。

 大きく手を振って、神崎は改札に吸い込まれていった。本当に一瞬のことだったので、神崎の言葉は聞くことができなかった。けれども唇の動きで、「じゃあな」と言ったことがわかった。昔は、別れの挨拶は「またな」って言っていたのに。

「俺も壮太がいて楽しかったよ」

 神崎の言葉を反芻する。

「違うよ……ばか」

 呟いた声は、周囲の音にまぎれて、誰にも届かず消えてしまう。

 泣かないと、決めていたはずなのに、抑えられない。ほろほろと流れるそれを、袖口で拭う。

 汽車の発車を告げるベルが鳴った。きっと神崎が乗っている。

 間山は駅の外にでて、神崎の乗る汽車を見つめた。

 走り出す汽車。少しずつ速度を上げる。遠くなるそれを見送りながら、胸を抉るように懇願する。

 ――君が、好きです。

 だから、どうか、幸せになってください。



 どうやってアパートに帰って来たのかは覚えていない。何も考えずにベッドに潜り、一日中空虚に天井を見上げた後、沈むように眠りについた。

 けれど、その日見たのはとても幸せな夢で、――朝泣きながら現実を呪った。


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君のとなり サカサモリ @sakasa-mori

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