第24話 君のとなり(2)

 神崎が自嘲気味に笑った。

「そんなことまで考えていたのか」

「西野は悠と同じで医学部生だ。だから就職はまだ先なのに同窓会の企画をした。それに、医学部にいるとわからないかもしれないが、今の時期就活生は忙しい。本当は無理して集まるような時期じゃないんだ」

 これには神崎も少し驚いたようで目を見張っている。

 二月と言えば、説明会のエントリーや面接で忙しい時期だ。当事者にならないと分かりにくいが、就活にはいろいろと準備がいる。大学入試のように、願書を取り寄せて記入すれば試験を受けることができるというようなものではないのだ。だから本当に就活のことを考えるなら、同窓会は就活が終わってからか、去年の夏にするべきだった。そうすれば、もっと出席率はよかったはずだ。

「これは想像でしかないが、西野がこんな半端な時期に同窓会を開いた理由は、悠にあるだろう? 悠、お前は西野に実家のことを相談していて、西野は昔の友達に会わせるために同窓会を開いた。そうじゃないのか?」

 神崎は何も言わない。次の言葉を待っているようにも見えた。

 間山の言葉が荒くなる。激昂はしていない、ただ声が大きくなるだけだ。

「どうして西野は同窓会を開いたのか。どうして同窓会という名目でみんなを集めたかったのか。悠、お前、実家を売った後はもうここへは帰ってこないつもりなんじゃないか? 家を売った後ろめたさを隠すために、昔の知り合いには会わないと、そう決めているんじゃないか?」

 神崎は間山の言葉を受け取るように微笑んだ。聖人君子のような穏やかな表情だった。

 その顔を見て、間山は奈落に落とされる心地がした。

「ばかやろう……」

 声が掠れて、なぜか涙があふれそうになった。

 考えてみれば自然な話だ。神崎は大学へ通い続けるために実家を売ってしまうことに対して罪悪感を憶えている。だとすると、その実家にはできるだけ近寄りたくないはずだ。もし神崎が、父親が倒れるところを見ていたのだとしたら、それがあの家なのだとしたら、あの家には悲しい過去が染みついている。もし父親の看病のために病院と往復し、一人で暮らしていた時期があるのだとすれば、その過去は恐怖として神崎の中に残るだろう。

 だから神崎は家を売ることに罪悪感でいっぱいで、同時に近づきたくないと思うのではないだろうか。「こんなことでもないと帰らない」と言ったのは、「手続きでもないと近づきたくない」という意味ではないだろうか。そしてそれを聞いた西野は同窓会を計画した。あれは同窓会ではなく、神崎の送別会のようなものだったのではないか。もう会えないかもしれない友達に、最後に会わせるための。

 間山は俯いて神崎の返答を待つ。

「樹木には、学校を辞めようか悩んでるって言ったんだ……」

 消え入りそうな声が、ゆっくりと響いた。間山が顔を上げる。

「やっぱりお金が足りなくて。そしたらいろいろ調べてくれてさ、家を売るのが一番いいって提案されたんだ。もちろん迷ったんだけど、それでも医者になりたい気持ちは変わらなかった。だから、家を売ることにした。樹木には家を売ることしか伝えていなかったんだけど……やっぱりそうか。家を売ったことを後ろめたく思っているって、バレていたんだな」

 抑揚も感情も乏しく、神崎は間山に言った。

「もう少ししたら墓も違う場所に移す。……ここに帰る理由はもうない」

 間山は自分が笑うのを知った。

 痛いほどの沈黙が、二人の間に流れる。

 コーヒーは既に熱気を失い、どぶ水のようなひどい味がした。

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