第22話 再会の夜(3)
店から出るころには、天気予報で言っていた通り細雪が静かに降りしきっていた。天気予報というものは、ここぞという悪いときに限って外さないものだ。世に
本当は晴れていてほしかったが仕方がない。雪が強くなる前に帰った方がよさそうだ。
店の前で間山たちは別れ、間山は潰れてしまった神崎を背負ってアパートを目指す。松永の質問攻めにあい、強引に注がれる酒を神崎が次から次へと飲んでしまい、挙句の果てには死んだように眠りこけてしまったのだ。西野が酒を飲めない分、神崎のグラスに注がれる酒の量も増えたのだろう。断ればいいのにと間山は思うが、神崎も楽しい雰囲気にのまれてしまったのだろう。
本来なら二次会に流れるはずだったが、神崎がこの調子では間山も帰らざるを得ず、二人して早々に引き上げることにした。今頃はカラオケかボーリングで盛り上がっていることだろう。
背中に感じる重みに耐えながら、間山はいっぽいっぽ歩を進めた。思い人のためとはいえ、大人の男を一人担いで冬の道を歩くのはさすがに息が上がる。夜気が冷えるせいで指先は冷たいままだったが、背中には妙な熱がこもっていた。それが肉体労働のためなのか、神崎だからなのかを考える余裕は間山にはない。頭の中では、武田の面白がるような酒気交じりの声が反芻されていた。
——それでさ、結局分かったの? 神崎のこと。
楽しい気分が台無しだ。せっかく考えなくてすんでいたものを無理やり現実に押し返されてしまった。もし武田が言わなければ、間山はいろいろなことを曖昧さの中に保留し、晴々した心持ちで、明日神崎を送り出していたことだろう。けれど、再び目覚めた違和感は、間山を開放してくれそうもない。
あの場ではわからないと返し、適当に武田をあしらったが、間山に考えがないと言えば嘘になる。話をまとめるために今日一人の時間を作り、考えて、一つの仮説を立てていたのだ。しかし、今の段階でそれを結論にするには少々強引すぎるというものだろう。
間山は神崎を支える腕に力を入れながら、欄干の下を悠々と流れる川に降りしきる六花を見つめる。冷めた熱気が追いかけてくるように、遠くで酔っ払いの鼻歌が聞こえた。吐く息が白い。それでなくても悲しみが喉につかえているようだ。
沈黙の中で、間山はくだらないことを考えた。
せっかく空から降りてきた終着点がこんな場所だなんて、雪も存外哀れなものだ。水底にすらもたどり着けず、形となったものはすぐに溶けて消失するしかないのだ。
不意に風が吹いた。
あまりの寒さに、自然と体が震える。汗をかいていたせいもあって、間山は自分の体温が一気に下がるのを感じた。後ろの神崎も身をすくめたのがわかった。
電光掲示板に映った外気温を見やる。マイナス二度の表示が、さらに夜気を強めた気がした。
「道理で寒いわけだ」
間山が呟くと、神崎の唸り声が聞こえてきた。
「うーん」
「悠、起きた? 大丈夫か? 吐くなよ」
「……うーん」
頼りない返事に間山は溜め息を吐く。頼むからここでは吐かないでほしい。背中に汚物を受ける趣味は間山にはない。
神崎は身体の重心を少しずらすように動いた後、
「あったかい……」
と呟いた。間山は何のことか少し戸惑ったように聞き返す。
「えっ? いや、寒いだろ。マイナス二度だぞ」
「うん。でも……あったかいよ。人ってこんなにあったかいんだな」
それは当たり前のことなのに、間山には別の意味にも聞こえて、家族を亡くした少年が一人で生きてきたということの過酷さと、これからの困難を垣間見た気がした。
もし……もし俺が、今君の頭を撫でたら、君は怒りだしてしまうだろうか。
もし抱きしめてしまったら、嫌われてしまうだろうか。
もし、好きだと言ってしまったら、君はどうするんだろうか。
自分が神崎の支えになれればと思う。そんな未来を少しだけ考えて、くだらない希望だと、間山は自分を笑った。
アパート戻ったあと、自分のベッドに神崎を寝かしつけ、すぐに踵を返した。
確かめなければいけないことがある。間山は神崎をアパートに置いて、川沿いの道を歩き始めた。
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