第21話 再会の夜(2)

 間山たちを案内する店員はご丁寧に藍色の作務衣を着込んでいる。間山より少しばかり年上の印象を受けるが、十中八九大学生だろう。ガタイはいいが、作務衣を着こなせてはいない。まだ着られているといった印象がぬぐえず、新品同様に藍の濃い作務衣が、なんとも不格好だった。間山は店員の後を歩みながら、客の数を目で数える。六人掛けの個室が十室ほど並んだ空間に四人が二組と五人が三組。それとは別に二人の席が二組ある。空間には、基本的に四人以上の小団体が通されるのだろう。確か別のスペースにカウンターや二人掛けの席もあったはずだから、その席がすべて埋まってしまい、少人数の客もこちら側に通されてきているのだとしたら、なかなか繁盛している店だ。

 土曜日だから当然とも言えるか。

 間山たちが案内された席は奥から三番目の一室で、小豆色の座布団が敷かれた座敷だった。間仕切りは障子一枚だが、隣の席の声は丸聞こえだろう。幸いまだ両隣に客はいないようだが、もし誰かが座った場合、声の大きさには注意しなければいけない。

 間山は西田に促されるまま、一番奥の座布団に腰を落とした。神崎と西野は間山と向かい合うように席に着く。

「西田はよくこの居酒屋のこと知ってたよな」

「この前の夏休みに帰って来たとき見つけたんだよ。まあ、たまたまだよ」

「けっこう旨いよな、ここ」

 先ほどのアルバイトらしき青年が、おしぼりとメニューを持ってくる。西田はいったん話を止めると、それを受け取り二人に手渡す。間山がメニューを開いてみると、飲み物とつまみが所狭しと並べられ、一見するとどんな料理かわからないものが多くある。所謂創作料理というものか。間山が以前訪れたときには無かったメニューも新たに加わっている。その後店員は、食べ物はコース料理なのでドリンクのみを注文するように、という旨の注意事項を説明し、すぐに去っていった。

 メニューを眺めていると、廊下で短いやり取りをする声が聞こえてきて、店員に連れられた武田と松永が顔をのぞかせた。

「よう、みんな久しぶり!」

「松永! 武田も! 久しぶり! 元気だったか! 間山の方が空いてるからそっち座って」

 間山の隣に武田が座り、その隣に松永が座った。武田とは昨日偶然出会っていたし、大学も同じこともあって懐かしさは感じないが、松永に出会うのは神崎や西野と同じく三年ぶりだった。会う前は何を話そうかと少し緊張していた間山だが、一度はじめてしまえば、まるで三年前に戻ったかのように話が弾んだ。

「二人ともスーツ似合わねぇな」

 メニューをまわしながら、西野がからかうように言う。

「うっせ」

 シャツの裾をめくりあげながら、松永が答えた。

「俺だって就活じゃなきゃスーツなんて着たくないよ。私服で通勤できる会社に受かんないかな」

「おいおい、そんなんで会社絞っていいのかよ」

「冗談だって」

 最後にメニューを受け取った松永が、テーブルの呼び出しボタンを押す。インターフォンのような音を店内に鳴り響き、奥から、ただいまお伺いいたします、という声が飛んできた。足早にやってきた店員に向かって、間山と松永と武田は生ビールを、神崎は梅酒のソーダ割を、西野はウーロン茶を注文した。それと入れ違いになるように唐揚げや酢の物といった料理が運ばれてくる。陶器の器に盛られた唐揚げは、少し色が薄く揚げられていた。火が通っているのか不安になる色合いだった。

「竜田揚げだよ、それ」

 西野が話を止めて間山に言った。西野は間山が何の料理か分からず料理を眺めていると思ったのだろう。間山は、だからこんなに衣が白いのかと納得した。しかし、改めて考えてみると唐揚げと竜田揚げの違いとは何だろう。今ここで調べるのはなんとも滑稽に思えるので、家に帰ったら調べてみようと間山は心に固く誓った。

 しかし西野よ、できればもう少し小声で教えてくれると嬉しかったのだが。

 羞恥心に耐えながら、間山は最初の竜田揚げに手を伸ばした。


 料理は、特別上等なものではなかったが、値段に相応の満足が得られた。値の張るような食材はなく、むしろいつも大学の食堂で食べるものに近い。しかし大の男五人が満腹になるほどの量がでた。それは酒の量を減らすための店側の策略かもしれなかったが、食い盛りの大学生にとってはそちらの方が嬉しかった。身近な料理が出たぶん、家で飲むような妙な親近感が湧いたことに少し笑いそうになる。

 話や酒が進んで料理の進みが悪いことが飲み会の常であるが、この同窓会には当てはまらなかったようだ。膳が進み、目の前の大皿に乗った料理が次々に完食されていく。

 神崎の食べ方はきれいだった。箸を正しく持ち、そこに乗せる料理の量は多すぎず、少なすぎず、鷹揚おうように食べてはいるが遅いわけではない。心なしか、背筋も少し伸びているように思う。

 それが無意識なのだとしたら、父親の教育のたまものだろう。箸の持ち方にコンプレックスを抱いている間山からすれば、トマス・ホッブスを理解するより、それはよほど重要なことのように思えた。

 箸の動きの間合いを見ながら、

「みんなは地元に戻る気はないのか?」

 と切り出す。

「モトとマツは今日こっちの企業説明会行って来たんだろ?」

 焼き鳥を頬張りながら、松永が答えた。

「まあ、候補の一つってだけだよ。今日はたまたま予定がかぶったから参加したって感じ。今のご時世、いい条件で受かればどこでもいいかなって」

「俺もまあ、できれば地元に残ろうかなって考えてるくらいかな」

 すっかりぬるくなったビールを煽りながら武田が言う。

「そういう壮太はどうなの?」

「俺は……まあ、考え中だよ。就職は二年後だからな」

「そんなこと言ってるとすぐ二年後だぞ」

 松永はからかうように言いながら、空になった間山のコップにビールを注ぐ。

「医学部組は……あと三年後か。いいなぁ、医者。勝ち組って感じで」

 心底うらやましそうに言いながら、松永が神崎と西野に大学のことを聞き始めた。質問攻めに合う神崎と西野を横目に、間山は残りの竜田揚げを頬張りながらけらけらと笑う。

 間合いを見ながら、隣に座っていた武田が、三人にはわからないように、間山に耳打ちをした。

「ねえ」

 間山は箸を止めることなく、「うん?」と聞き返す。

「それでさ、結局分かったの? 神崎のこと」

 武田のこういうところが嫌いだ、と間山は思った。

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