第20話 再会の夜(1)

 アルバイトを終えた後、間山なんとなくアパートには戻り辛くて、町中を散策しながら時間をつぶした。少しでも神崎と一緒にいたいと願っていたのに、不思議な心地がする。神崎にメールで帰りがギリギリになることを伝えると、「俺も寄るところがあるから」と返信が返ってきた。やはり神崎には何か用事があったのだ。不穏な感情が間山を苛立たせたが、それは一瞬のことで、間山は深呼吸を一つすると、もう苛立ちは消えていた。諦めも大事だという負け犬めいたフレーズが、妙に合っているように間山は感じた。

 空いた時間で何か買い物をしようかとも考えたが、特に必要なものは思い当たらず、ふらりと寄ったカフェで、昨日買った文庫本を読んだ。名前も知らないような新人作家の本だったが、意外に面白く、読み終わる頃には、集合時間の一時間前になっていた。それからいったんアパートに帰り、神崎と一緒に同窓会の会場に向かう。

 帰宅途中のサラリーマンが闊歩し、深夜の不穏さとはまた違う賑わいを見せる路地を進み、繁華街に着いたのは十八時四十五分を少しばかり過ぎたときだった。時間厳守というわけでもないので急ぎはしないが、時間がギリギリになってしまったことに一抹の罪悪感を憶える。

 赤や黄色のネオンサインが洪水のようにうねる繁華街を進み、石畳に反響する活気を踏みつぶしながら、足早に目的地を目指した。昨日も神崎と二人で通り過ぎた店だが、活気に当てられてか、人ごみに酔ってか、昨日よりも長い道のりだった気がする。

「アルコールがメインなのに店の名前『All Free』っておかしくない?」

 一応店の名前を確認しようとケータイを開いた間山の手元を見ながら、神崎が呟く。間山は自分のアルバイト先の店名を思い出して、危うく吹き出しそうになった。

「この街は変な名前の店が多いからな」

 面白そうに言う間山の様子に、神崎は怪訝そうに首を傾げるばかりだ。



 目的地の前では、白いニット帽を被った若い男が何やらしきりに時計を気にしていた。その男に気が付いて、神崎が「おーい」と言いながら手を上げる。間山ははじめ、ニット帽の男が誰だかわからなかったが、近づくにつれてそれが西野であることに気づいた。西野も嬉しそうに手を振り返し、こちらに小走りで向かってくる。

「悠! 間山! 久しぶりだな! まあ悠は一週間ぶりくらいだけどな。間山は……三年ぶりくらい? 本当に久しぶり」

「ああ、西野も久しぶり」

 久しぶりに会う旧友の姿に、少しだけ間山は驚いていた。

 以前は真面目が服に着たような男だった。学生服を着崩すことも、眼鏡をコンタクトレンズに変えることも頑なに拒んでいた高校時代、西野は真面目過ぎて近寄りがたい、と陰でクラスメートから評されていたことを間山は知っている。だから、たとえ大学生になったとしても、西野は高校時代と同じ姿のままだと想像していた。しかし目の前に現れた男は、髪をダークブラウンに染め、流行に後れすぎない絶妙なファッションに身を包んでいる。トレードマークだった眼鏡もなくなっていた。真面目な雰囲気はそのままだが、同世代には親しみやすい見た目に変わっている。

「眼鏡やめたんだね」

「そうなんだ。ずっと悠に言われ続けてさ、泣く泣くって感じかな」

「いやいや、樹木いつきも結構喜んでたじゃん。樹木に彼女できたのは俺のアドバイスのおかげだろ」

「え、西野って彼女できたの?」

「悠! 言いふらすなよ!」

「いいじゃん! せっかくだし」

「せっかくってなんだよ」

 間山は二人のやり取りを見ながらクスクスと笑った。

 西野はこんなやつだっただろうか。間山の記憶の中にある高校時代の西野はもっと陰気な性格だった。間山は西野が下の名前で呼ばれているところを聞いたこともなかったのだ。それに考えてみれば、同窓会を開こうなんて、率先して言うタイプの人間ではなかったはずだ。会わなかった三年間のうちに変わったのだろうか。それとも、西野はもともとこんなに明るい性格で、それに気づいていなかっただけだろうか。前者だとしたら、人の成長とはこういうことを言うのだと感心する。もし後者であるのなら、もったいなかったと思う。もっと話しかけておけば、西野とも良い友人でいることができたはずだ。そう思う程度に、間山は今の西野に好印象を受けていた。

「そうそう、あとの二人はまだ来てないんだよ。まあ、十八時開始だからあと十分くらいあるんだけどさ、少し遅れるのかな?」

「それなら、今日この近くで企業の合同説明会あるらしいから、それに行ってから来るんじゃないかな。ちょうど十八時までの予定だし」

「へえ、やっぱり就活組は大変なんだな。今の時期からもう説明会始まってるんだ? 間山は?」

「俺は院に進むから」

「うへ、まだ勉強か。なかなか大変だな」

「医学部に比べたらそうでもないと思うよ。結構忙しいんじゃないのか?」

「まあね。他の学部は就活してるけど、俺らはまだまだ勉強だもんな。バイトしてる余裕もないくらいだからさ、金欠で大変なんだよ」

 大袈裟に肩を落とす西野の様子がおかしくて、間山は自然と笑顔をこぼした。

「まあ、卒業できたら後は金なんて使い放題だろ。あと少しの辛抱だよ」

「他人事だと思って」

「まあ実際他人事だしな」

 話に夢中になりかけていたとき、西野がもう時間だぞという合図をしたので、間山と神崎も西野について先に店内に入ることにした。あとから来るであろう二人には先に入ったことと、席の場所をメールで伝える。すぐに返信があり、あと十五分ほどで来るというメッセージを受け取った後、三人は店の引き戸を開けた。

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