第16話 君と届かない手(5)

 夜になると、神崎と二人で近くのコンビニに向かった。近くといっても自転車で十分ほど、歩きだと十五分はかかる距離だ。肌に突き刺さるような夜気が、容赦なく二人の熱を奪う。冬になると星が見えやすくなると、どこかの天文学者が言っていたような気がするけれど、道沿いにともる街灯のせいで、間山の目にはよく見えなかった。それがまるで自分への罰のようにも思えて、隣を行く神崎と目を合わせることが出来ない。間山はぎこちなく、途切れがちな会話を繰り返しながら、氷点下一度を告げる電光掲示板を、冷めた目で見やる。靴底にへばりついてしまった雪を踏み固めるたび、自分に残る神崎への思いも靴底の雪と同じなのだと思いが巡った。固く踏まれた雪は少しの熱を当てたところで解けてはくれず、地面に擦り付けたところで靴が磨り減るばがりだ。なにより、靴底にばかり気を取られて下を向いていると、いつか何かにぶつかって転んでしまう。目は常に前を向いておかねばならない。結局靴底の雪というものは、長い間まとわりついて、間山の歩みを遅くするだけなのだ。そこまで間山の考えが巡ったところで、突然神崎が歩みを止めた。

「明日行く居酒屋ってここ?」

 神崎が看板を指差しながら、珍しそうな声をあげた。

「あぁ、そうだよ」

 そこは確かに、明日同窓会が行われる会場だった。値段のわりに食べ物の量が多く、学生や若いサラリーマンに人気の居酒屋だ。間山は一度しか入ったことがないが、山のように盛られた唐揚げは確かに美味だった。

「こんなところに居酒屋なんてあったんだな」

 神崎が首をかしげる。

「そうか、悠は知らないんだっけ? 二年くらい前に出来たんだ。そういえば西野はよくこの場所知っていたよな」

 西野は神崎と一緒の大学に進学したので、神崎同様この場所を知っているとは思えない。

「まあ西野はちょくちょく帰省してたからな。そのときに見つけたんだろうな」

 神崎が頷きながら答える。

 西野がよく帰省していたことは知らなかった。近くに住んでいるはずなのに気づかないものだな。

「悠は帰省してなかったのか?」

 間山が聞くと、神崎は笑いながら「時間が取れなくて」と答えた。

「それにわざわざ帰ってこなくちゃいけない用事もなかったし。でもないと帰ってこないよ」

 そんなものなのだろうか? でも確かに、間山も実家にはあまり顔を出していない。県外に出ている神崎からすると、何年も帰省しないことは普通のことなのかもしれない。

「でもそれで帰ってくる悠は律儀だよな。山田なんて電車賃がもったいないからって欠席したのに」

「え? 山田?」

 神崎が首をひねった。

「山田は休みって西野から聞いてなかったのか?」

 間山が尋ねると、神崎は首を振りながら「ごめん、勘違い」と言った。

「山田が来ないのは知ってたよ。でも一瞬なんのことかわからなくて」

 ごめん、と謝る神崎の姿に、間山は眉を寄せた。

 しかしそれは一瞬のことで、間山は気に留めなかった。

 それから二人はコンビニに辿り着き、アパートに戻ったときには22時を回っていた。明日も朝からアルバイトに行かねばならない。間山は神崎に断ってから、神崎よりも先に布団にもぐりこんだ。

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