第15話 君と届かない手(4)
「けど、死んだんだ。今年の夏に」
「えっ」
思わず声が出た間山の顔を見て、神崎は静かに笑った。やっと上がったその顔は、いつもと変わらず柔らかく優しい顔をしていて、それがいっそう間山を不安にさせた。
「病院から連絡があって、危篤だって聞いて、急いで新幹線に飛び乗ったけど、病院に着いたときには、もう間に合ってなかった」
神崎は嘆息し、いつものように優しい笑顔を、間山に向ける。どんな思いを通り過ぎて、神崎は笑って話しているのだろう。
「父さんに楽させてやりたかったんだ」
「うん」
「病気を治せる人になりたかった」
「うん」
「命を、
「……うん」
神崎が唇を結ぶ。六畳一間に響き渡る時計の音がやけにうるさかった。
「……もう意味なくなったけど」
やっとの思いで口を開いた神崎の声は、少しだけ震えていた。
「……違うよ」
間山のくぐもった声に驚いて、神崎が顔を上げる。
「なんで、壮太が泣くんだよ……」
そこで間山は自分が泣いていたのだと気がつく。とっさにぬぐった袖口は、確かにぬれていた。指摘されて、気がついて、とどめていた涙が堰を切る。とどめておくのは限界だった。
「わかんねぇよ、そんなこと」
流れ出した涙を、袖口で乱暴にぬぐいながら、間山は言葉を継ぐ。
「でも、お願いだから、意味なかったなんて言うなよ。自分のことを否定なんて、しないでくれ」
信じてもいない神様に、間山は願う。
お願いだから悠だけは、幸せに生きさせてやってください。こいつの願いをかなえてください。こいつの家族を返してください。
それを願うということは、自分が神崎のことをあきらめるということだ。つまり間山では、神崎が焦がれる家族を与えてやることは出来ないということだった。どんなに神崎のことを思っても、未来永劫神崎の隣にいる未来は選び取れない。友達でしかいられない。
神崎は困ったように眉を寄せながら、「ごめん」と言った。そのあと「ありがとう、壮太」と聞こえてきたけれど、唇が震えてうまく言葉が出なかったから、間山は頷くことしか出来なかった。その涙さえも、神崎のために流しているのか、自分のためなのか、わからなくて、逃げ出したい気持ちに駆られる。
きっと神崎の人生は、これから先も苦難が続く。たくさんの人々の命を救うのと引き換えに、たくさんの人々を見送り、涙を流しながら前へ進んでいくのだろうか。そのたびに、悲しみながら笑顔を作り、優しい顔で痛みを背負っていくのだろうか。神崎が選んだのは、そういう道だ。
神様、大嫌いな神様。俺は悠をあきらめるから。悠を、淋しがりやな悠のことを守ってください。心か笑えるような人生にしてやってください。たとえ隣で笑っているのが俺でなくても。
そんな都合のよい願いが叶わないことは、もう知っているけれど。
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