第12話 君と届かない手(1)

 武田と別れて茜通りに出ると、帰路の途中らしき小学生の集団が目の前を通り過ぎた。様々な色のランドセルが歩道を占領し、低学年とおぼしきやんちゃ坊主が、ときどき車道にはみ出しそうになっては、女の子たちに怒られている。いまどきのランドセルはあんな色もあるのかと、時代の移り変わりを感じつつ、間山は自身の腕時計を確認した。

 もう小学校が終わる時間だ。そんなに長居したつもりはなかったが、思いのほか時間がかかったのだろうか。

 間山の腕時計の針は三時二十分を刺していた。書店に入店してからおよそ一時間がたっている。平均的な滞在時間だった。

 小学校はこんなに早く授業が終わるものだっただろうか。

 大学の生活スタイルに慣れすぎていた間山は、小学生は十五時には帰路につけるという事実に少なからず驚愕し、羨望せんぼうの眼差しで色とりどりのランドセルを見送った。

 もうそろそろ神崎も帰ってきているころだろう。

 小学生たちとは反対の方角に歩みを進め、間山もアパートの六畳一間を目指す。

 


 帰路の途中、間山は武田との話を思い出していた。

 どうして神崎はこんなタイミングで帰って来たんだと思う?

 まるで小学校のクラス担任が、子どもたちに宿題を出すような口調で、武田は言った。解けるところまででいいよと言いつつ、必ず解決して来なければ許さないというような口調だった。その声が壊れたCDのように頭の中で繰り返し流れている。頭の中で響く武田の声は、少し愉しんでいるようにも聞こえて、一段と間山をイラつかせた。

 しかし武田の言うとおり、神崎がなぜ帰ってきたのかはわからない。気になることは確かだが、間山にははぐらかされた前例がある。これは足を踏み入れていい問題なのか、それとも神崎の気分を害してしまうことなのか、間山はずっと計りかねている。もし、神崎がただの友人であれば、間山はもう一度、懲りずに同じ質問を投げかけるだろう。どうしてこんなに早く帰ってきたんだ、と。しかし間山にとって神崎だけは別だ。それで神崎を不快な気持ちにさせることはどうしても避けたかった。

 まったく、と間山は嘆息する。自分への失望と落胆が隠しきれない。

 神崎のことをいつまでたってもあきらめられない。けれど、嫌われたくないから告白しない。苦しい苦しい片思い。友達以上になりたくて、でも、友達以下にはなりたくなくて。

 もし、神崎に好きな人がいたとして、それを報告されたとして、それで神崎が幸せになれるのだとしたら、自分は素直に喜ぶことが出来るだろうか。世界で一番好きな人が、世界で一番幸せになれることを、心のそこから幸せだと言えるだろうか。

 神崎の力になりたいと思う。けれど間山に黙っているということは、間山には知られたくない何かがあるということではないのか。考えすぎなことくらい、自分にだってわかっている。けれど、考えないわけにはいかなかった。

「悠……俺には言えないことなのか……」

 神崎のいるアパートまではあと百メートル。書店で買った三百ページほどの文庫本が、岩のように重かった。

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