第11話 前日の友人(3)
「児童書コーナーにいたんだよ」
「児童書コーナー?」
意外な話に、間山は眉をひそめる。
「まあ、大人が児童書コーナーに立ち寄ること自体はそんなに珍しいことじゃないんだ。子ども時代を振り返りたいとか、軽い感じの読み物がほしいとか。けど、神崎はそんな感じじゃなくて……」
武田が言葉を濁す。
「花を持っていて……」
「花?」
武田は間山の方をちらちらと目配せする。そんなに言いにくいことなのだろうか。間山は頷いて、早く言えという旨を伝える。
「神崎が持っていたのは菊の花なんだよ」
「は?」
思ったよりも大きな声が出て、間山は慌てて口を紡いだ。
菊の花。
もちろん観賞用の品種も数多くあるはずだが、だとしたら武田はこんなに気まずそうな態度はとらないだろう。では観賞以外で、日本人が、日本で育った人間が、菊の花と聞いて思い浮かべることとは。
「墓参り?」
間山が呟くと、武田が小さく頷いた。
「僕もそう思ったんだ。でも、そう思ったらなんだか話しかけづらくて……」
もごもごとした喋り方で武田が言う。当然だなと間山は思った。
もし声をかけるとして、菊の花を持ち、店内を散策する友人になんと声をかけるのだ。「よう、今から墓参り?」とでも聞くのか。それとも存在感抜群の花束から強引に目をそらし、愛想笑いでも浮かべるべきなのだろうか。そのどちらも得策とは言えず、また答えなどないことは明らかだった。
死のイメージは人を怯ませる。そして、菊の花はわかりやすく死を連想させてしまう。
間山の脳裏に、冬の保健室でうずくまる神崎の姿が浮かんだ。
「まあ、明日の同窓会で会えれば何かわかるかもだし、ただ気が向いただけかもしれないし」
苦笑いを浮かべながら武田が言った。どうってことないように言っているが、気になってしょうがないのは口調から明らかだ。間山も我に返って「そうだな」と愛想笑いを浮かべる。
「そういえば、どうして神崎がいたんだろう。西野は明日来るんじゃなかったかな?」
武田がわざとらしく首をかしげた。西野は同窓会の主催者で、神崎と同じ大学に通う医学部生だ。高校時代はクラス委員を務めていた。
確かに、どうして一緒に来なかったのだろうという疑問はある。まぁ、高校時代はそんなに仲良さげでもなかったから、当然といえるかも知れないが。しかし、間山にはそれが特別おかしなことのようには思えなかった。
「あぁ、それなら、今俺んち泊っててさ、何か用事があるみたいなんだ」
間山の答えに対して、武田は「あぁ、なるほど」と言いながら、どこか腑に落ちないといったふうに顎に手を当てた。
「どうした?」
間山が尋ねる。
「いや、ちょっと気になって」
「何が?」
「でも僕の気にしすぎかもしれないから……」
とことんもったいぶる男である。間山も業を煮やしたように、「いいから言えって」と再度促す。
「さっき壮太が『俺んち泊まってる』なんていうからさ、神崎は昨日の夜も壮太んちに泊まってるってことだろ? 今日から泊まるんだったら『俺んち泊まるんだ』って言えばいいんだから」
さすがに鋭い。武田基成の
「つまり、神崎は同窓会の前日に、わざわざ一日予定を空けたってことだろ。なんの目的で」
それは間山も気になっていたことだ。しかし昨晩神崎にはぐらかされてからは気に留めるのを極力避けていた。
「それこそ墓参りしたかったからじゃないのか? それか買い物とか」
武田が頭を振った。
「墓参りならお盆だよ、やっぱり。それに同窓会は十九時からなんだ。明日早く来ればいい。買い物にしたって、荷物になるものを前日には買い込まないんじゃないか? どうせ帰るのは明後日なんだろうし。帰りに買えばいい。だいたい、神崎の大学は大阪だろ? 土産以外のものなら、こんな田舎町で買う必要はないし、あっちで買うんじゃないか」
確かにその通りだと思い間山は頷く。
「じゃあ、誰かに会うためとか……」
「友達には明日会えるのに、誰に会うっていうのさ」
もちろん他に会いたい人がいたのかもしれない。しかし、間山はその可能性は薄いだろうと感じていた。根拠はないが、この手の感はわりと当たる。
間山はむうと唸った。自分は先ほど武田が言った質問の意味を履き違えていたようだ。
「じゃあ、どうして悠は早く来たんだ?」
隣で武田が静かに頷いた。
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