第10話 前日の友人(2)
「めずらしいじゃないか、壮太が大学の書店以外で本を買うなんて」
あいかわらずひょろひょろした見た目である。食費を削って本を買っていたら、それも当然かもしれない。
「さっきまで近くでバイトしてたからな。モトの方こそ、家こっちの方だっけ?」
「いや? 別に近くってわけでもないけど、ミステリーの目利きに関しては、この書店が一番信用できるからさ」
「目利き?」
間山が興味を示したことが嬉しいのだろう。武田はどこかはにかんだように頷く。
「そう、目利き。世の中にはたくさんの、それこそ無限に近いような本があるだろ? でもすべてが傑作や快作と呼ばれるわけじゃない。面白い本の数と同じか、それよりも多くのつまらない本がある。だから書店は世の中にある本を全部並べればいいわけじゃないんだ。けど、ネットで面白い本を検索して、それを並べただけだと味気ない。それならネット通販で事足りるしね。だからさ、どれが面白い本かを見極める書店員の目っていうのが書店には必要なんだよ。そして、もしミステリーを読みたくなって、どの本を選ぶか迷ったら、ここの書店員のおすすめを読んでおけば、まちがいない」
武田は満足そうに、照れくさそうに微笑んだ。
「ふうん」
間山はあまり興味なさげに答える。わざとだ。
カテゴリーによって本を買う場所を変えるなど、間山にはあまり理解できない話だが、武田はそれがさも当然であるように言う。もちろん書店によって強みは違うだろうが、それを読み取ろうと思ったことはない。そもそも何を強みにしているかなんてわかるものなのだろうか。もしわかるようになろうと思えば、それを評価しうるに足る、相当な読書量が必要だろう。いかに文学が好きだからといって、月に何十冊も読めるものではない。武田は今までどれほどの本を読んできたのだろうか。読書量は人間の厚みに比例するように思う。ならばこの男の核はどんなに洗練されたものなのだろう。そんなことを考えると、たとえ学業成績については自分が上でも、やはり武田は底が知れない男のように思えた。対して、こんなことに臆する自分の器は、やはりお新香を乗せる小鉢のように小さいのかもしれない。
間山が僅かな悔しさに眉を寄せていると、武田が「そういえば」と声を上げた。
「さっき店の中で神崎にも会ったよ」
「悠に?」
思いがけない話題である。
「うん。二時間くらい前かな。まあ、会ったというか、見かけたって言うほうが正しいんだけど」
ちょっとまってくれ、武田よ。お前はこの店に二時間も滞在しているのか。と内心呆れつつ、間山は武田の話に耳を傾けた。
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