第4話 君と冬の思い出
カレーライスを食べてすぐに寝落ちてしまった神崎の隣で、間山は手酌をしながら梅酒を啜っていた。その梅酒も、長い間放置していたものだから、風味はほとんど落ちているが、口さみしいのを紛らわせるくらいの役には立つだろう。その間にも雪はどんどん降り積もり、時折窓ガラスが音を立てた。大して面白い番組がやっているわけではないが、余興がてらにテレビは見続けている。
ふと神崎を見やる。相当疲れたのだろう。ときおり体をひねりながら、静かな寝息を立てている。
思えば、神崎が保健室で泣いていた日も、今日みたいに雪が降っていた。
高校二年生の冬。放課後になっても部活に来ない神崎を探して、保健室の中をのぞいた。するとそこには、ベッドで膝を抱えてうずくまっている神崎の姿があった。間山は一瞬どうしていいのかわからなかったが、漏れ出る嗚咽と、力を込めて真白になった指先を見て、どうしようもなく胸がざわついたことをよく覚えている。そっとしておくべきかどうかを少しの間迷ったが、一人にはしておけないと声をかけた。
「……悠?」
神崎の肩がびくりと震えた。
「悠……どうした?」
顔を上げた神崎の頬には、とめどなく涙が伝う。その姿さえ愛しいと思った。
神崎はしばらく何も言わなかったが、少しだけ落ち着くと、「父さんが……」とこぼした。
「父さん?」
神崎の父親に何かあったのだろうか。そういえば担任が「神崎くんのところは片親だけだから、お父さんが働き詰めで大変ね」という旨の話をしていた気がする。間山が神崎の言葉を待っていると、神崎は一瞬苦しそうに眉を寄せ一言、「……なんでもない」と呟いた。
「なんでもない、なんでもないから」
間山は「そうか」と言うだけで、何も聞かなかった。神崎は苦しいことであればあるほど誰にも話さない。相談しても事態が好転しない問題を人に吐露することを嫌がるふしがある。仲のいい友達であればなおさらだ。
間山は神崎が泣き止むまで、背中をさすり続けた。背中に回した手が熱を帯びて、少し震えた。
神崎が部活を辞めたのは、その翌日である。
冬の寒い時期になると、いつもこのことを思い出してしまう。しかし未だに、どうして神崎が泣いていたのかはわからない。滑稽だなと間山は思う。一人の人間にこんなに執着してしまうことの、なんと愚かなことか。しかも相手は男で、高校時代の親友ときている。本当に救いようがない。
神崎の顔を見ながら昔の思い出に浸っていた間山の視界が突然ぼやけた。目頭が熱くなり、頬にしずくが伝う。自分が泣いていると気づいたのは、涙が机に落ちる音を聞いてからだ。
「なんで……」
自分でもわからなかった。間山はどうして泣いているのか。うれしいからなのか悲しいからなのか。ただ、隣で幸せそうに寝息を立てる神崎の姿が愛しくて、胸が詰まった。
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