第3話 君と俺の一日目

 二人が間山のアパートに着いたのは、十八時三十分ごろのことだった。神崎に至っては重い荷物を持って三十分近くも歩き続けたのだから、アパートに到着したときには疲労困憊という様子で、部屋に入るやいなや荷物を投げ出して座り込んでしまった。

「はあ~疲れた」

 なんともだらしない様子である。

 もともと六畳しかない居城の中央に、だらりと座り込まれては足の踏み場もない。間山は「もっと奥に座れ」という旨の合図をすると、おもむろにテレビをつけた。特段見たい番組があった訳ではないが、部屋に帰るとテレビをつけるのが彼の癖だった。しかし今回ばかりは、会話が途切れたときも気まずくならないための布石という意味合いが大きいだろう。あるいは自分を落ち着かせるために、無意識にテレビのリモコンに手が伸びたのかもしれない。

 しかし、間山の心中は穏やかとは言い難かった。神崎が自分の部屋にいるという状況がだんだんと現実味を帯びて認識されるにつれて、そわそわとどうも落ち着かなくなる。神崎が自分の荷を解きながら、部活帰りに立ち寄っていた焼き鳥屋がなくなっていただとか、弁当屋が新しくできていただとか話すたびに、なんとも間の抜けた相鎚を打ちながら、目をきょろきょろさせたり、指いじりをするほかなかった。

 そんなことはお構いなしに、神崎は話を続ける。神崎の話題はいつの間にか高校時代の話になっていた。神崎が「そういえば、壮太は高校のときは寮にいたよな」と言った。そこから話を膨らませたいところだが、間山は「あぁ」としか答えない。しかし神崎は、そんなそっけない相鎚を気にすることもなく「あんときから一人暮らしなんてすごいよな」と笑う。それに対しても間山は「まぁ」と答えるしかなかった。

「でも壮太の大学って高校の近くだよな」

「あぁ」

「じゃあせっかく一人暮らしなのに、新生活って感じしないんじゃないかな」

「うん……」

 しばらくすると間山は我慢が効かなくなって、おもむろにキッチンに立った。

「悠、夕飯はどうする?」

 自分から振ったはじめての話題が夕飯についてとは、あまりに芸がない気もするが、今の間山にはこれが精いっぱいである。少し脈絡がない気もするが、そこは妥協してもらわなくては困るのだ。

「まだだけど……、なになに、何か作ってくれんの?」

 神崎はたちまち笑顔になる。

「カ、カレーなら作っといたやつがあるから」

「さすが壮太」

「まあな」

 間山は神崎に背を向けると、冷蔵庫から取り出した白米を急いで電子レンジに放り込んだ。

 会話は不自然ではなかっただろうか。声は震えていなかっただろうか。変なことは口走っていなかっただろうか。さっき目を背けてしまった気がする。というか、今この沈黙は不自然なのではないのか? 何か会話を続けなければ。

 もんもんと考え込む間山の後ろで、神崎はテレビに見入っているようだ。

 間山は溜め息を一つ吐くと、考えるのも馬鹿らしいという様子でカレーを温めだした。

「そういえばさ、なんで三日も泊まってくんだよ。みんなが集まるのは明後日の土曜日だろ?」

 間山は、ふと頭に浮かんだ疑問を口に出しただけだった。けれど神崎はその質問にすぐには答えなかった。

「ん? それは……何となく?」

 長考したにしては、なんともあいまいな答えである。

 しかし間山はその答えに言及することはしない。一線を引かれたらそれを飛び越えないのが間山の主義だ。神崎にも何か事情があるのだろう。間山は「そうか」とだけ答えると、高校時代の昔話に話題を移すことにした。

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