第2話 君との再会

 たとえば、友達に相談をして告白の作戦を考えてみたり、好きな子とのデートを想像して満足したり、近づく自分以外の異性に意味もなく嫉妬したりして身を焦がすことを片思いとのたまうならば、自分のそれはある時を境に一線を画してしまったらしい。

 淡い思い出を心に浮かべながら、悴む指にそっと息をあてる。一瞬だけのぬくもりを置き去りにして、しかし口を閉じるころには、指はたちまち熱を失っていた。

 いつの間にか空を覆った鉛色の雲からは、大きく重い牡丹雪が、沈むように降り続いている。舞い踊るように落ちるそれをしきりに眺めながら、間山は同じようにして肩に積もった雪を、はらはらと掃った。二月に入ったというのに、冬将軍は一向に立ち去る気配がない。なんとも胆が据わっている。

 彼がここに立ち続けてもう一時間になる。約束の時間にはまだ三十分も余裕があるが、どうしても待ちきれず、かなり早くアパートを出た。

 高校時代の親友から連絡が来たのは三日前。今週末に行われる旧友との同窓会に参加したいので、ホテル代を浮かせるため、できれば三日間ほどアパートに泊めてほしいという内容のもので、これには二つ返事で了承した。

 今日がその待ち合わせの日で、会えば三年ぶりということになる。同窓会は当時クラス委員をしていた西野が企画したもので、就活が忙しくなる前の景気づけに、仲の良かった者で久しぶりに会おうというのがもともとの趣旨だ。出来るだけみんなが参加できるようにと、今度の土曜日に開催される。

 間山はポケットに手を突っ込んでカイロを握りしめ、曇天の空を仰ぎ見る。明日には止むと天気予報は言っていたが、どうだろう。蒼天を覆う厚い雲からは、回復の兆しは伺えない。

 そのようなことを考えていたところで、突然ケータイが鳴った。切れてしまわないように急いで取り出す。

 画面に現れた待ち人の名前に驚きながら、間山は通話のボタンを押した。

「もしもし……」

「もしもし、壮太?」

 本当に懐かしい声。

 三年前とちっとも変らないその声に、無意識に笑みが零れる。

「あぁ、久しぶり……悠……」

「待ち合わせだけどさ、ちょっと早く着きそうなんだけど大丈夫かな」

 いつも聞いていた優しい声が、少し申し訳なさそうに響く。間山はそれに目を細めながら、了解の旨を電話越しの相手に伝えた。

「あぁ、大丈夫。実は買い物しててさ、ちょうど駅らへんぶらぶらしてるとこなんだ」

「えっ、うそ、どこ」

「えっ……?」

「あっ、いた」

 驚いて間山が振り返ると、駅の入り口付近で手を振る旧友の姿を発見した。

 間山は旧友、神崎悠に手を振り返す。それを見た神崎は、満面の笑みで間山の方へ向かう。

「壮太、久しぶり。一本早い電車に乗れてさ」

「へぇ、そりゃよかったな。でもそうなら乗ったときに連絡しろよ。びっくりするだろう」

「わるい。忘れててさ」

 他愛のない会話をしながら、間山はこの男、神崎悠を見る。神崎は高校時代、間山と同じ弓道部に所属していた友人である。ひょろひょろとして小柄な見た目とは裏腹に、力強く伸びのある弓を引く弓士で、顧問やチームメイトからの信頼も厚かった。二年生の冬に、医学部受験をしたいからという理由で退部してしまったが、三年生まで続けていれば、間違いなく上位の大会にコマを進めていただろう。それに加えて、医学部受験も有言実行してしまうのだから、本当に大した男である。

 神崎と間山は高校時代、親友と呼べる間柄だった。クラスが三年間同じだったことも手伝って、高校時代のほとんどを共に過ごした。本当に良い友人だった。良い友人のままでありたかった。

 そんな中、間山が自分の下心を自覚するのに、さほど時間はかからなかった。

 間山は神崎に恋をしていた。間山はそれを自覚したとき、自分でも制御できないほど混乱した。自分が同姓を好きになったことに驚いたのは言うまでもないが、神崎のことを好きだとすんなり認めた自分に一番驚いた。しかし自分の思いを伝えることができるはずもない。それから間山は神崎への思いを隠すために全身全霊をささげた。良い親友であり続けたのだ。適度に話をし、適度に離れ、居心地の良い関係を作り上げた。たとえ会話が好きな女子のタイプについてであっても、絶対不自然な態度はとらなかったと思う。神崎が見せる優しさはいつもめまいがしそうなほどだったので、うっかり思いがこぼれそうになることはたくさんあったけれど、そのたびに頭を抱えながら、間山は秘密を保持し続けた。

 そして二人は卒業し、間山は地元の大学に、神崎は大阪の医学部にそれぞれ進学した。神崎に対する気持ちが消えたわけではないが、高校時代の燃えるようなものとは違い、今は穏やかなものに変わっている。きっとあのときよりもうまく、自分の気持ちを隠すことができるだろう。

 間山がそんなことを考えていると、神崎が「そうだ」と言って手を打った。

「忘れる前に渡しとくよ。これ、大阪の土産な。駅で買ったやつで申し訳ないんだけど」

 鞄から無造作に取り出された小さな紙袋を受け取り、中をのぞく。それはたこ焼きを模したキャラクターのキーホルダーで、間山は「なんだこれ。センスないな」と笑いつつも、自分のために土産屋のキーホルダーを睨む神崎の姿を想像して、やっぱり俺はこいつが好きだなと思わずにはいられなかった。

 

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