弟子入りの理由




時間は遡り、3ヶ月前―





「タナス老、お腹が減り申したでござる。」



「なんじゃそのしゃべり方は。後、師匠と呼ばんか。」



フム…確かに悪ふざけが過ぎたな。しかし、しつこいじいさんだ。弟子入りはハッキリと断ったにも関わらず、何度もこうして弟子入りを強要して来る。俺がこの人に弟子入りしたって、何のメリットも無い。ここはスルーだ。


俺は努めて紳士に自分の要望を再度伝えた。



「爺、馳走を用意致せ。」



「なんじゃそのしゃべり方は。後、師匠と呼ばんか。」



そうお腹が減ったのである。

あの後、夜が明けて来て、



「ヤバい!!日光が来る!日光が来る!ヤバいよヤバイよ!

日光はマヂ無理…

太陽とゎかれた。

ちょぉ大好きだったのに、ゥチのことゎもぅどぉでもいぃんだって。。

どぉせゥチわ遊ばれてたってコト、いま手首灼けた。

身が焦げ、燻っている。」


「何を言っとるんじゃ。」



と、言うクールなやり取りをし、ジジイに日光に対する完全耐性がある事を調べて貰い、安心したその直後である。



―俺はお腹が減ったのだ。



「日光に対する完全耐性か…。

更にお前さんの言うとった説の可能性が上がったのぅ…。」



「…ですね。

まぁ、まだまだ可能性の域は出ませんが…。

ですがタナス老。結構ヤバい感じでお腹が減りました。」



「じゃろうな。

肉体の再生と、長時間の運動の後じゃ。

レッサーヴァンパイアとて腹は減ろう。

しかし、先ずは食性を調べねばならん。

待っておれ。ワシの研究室に各種族の血が置いてあるでな。それで飲める血を確認するぞ。」



そう言って、タナス老は血のサンプルを持って来てくれたのだが…



「オゲェェェッッ…」



「…まさか全滅とはのぅ…。」



そう、タナス老が持って来てくれた血の中に、俺が飲める血は無かったのだ。



「…グッ!…はぁ…はぁ…。

タナス老、これ等の血って何の血ですか?」



「これ等は、この世界に住まう闇の獣以外のメジャーな種族の血じゃ。

獣人ライカンスロープ人獣ワイルドハーフ竜人ディノサウロイドの物じゃな。」



ふーむ、獣人ライカンスロープは聞いた事あるけど、人獣ワイルドハーフ竜人ディノサウロイドは聞いた事無いな…。



まぁ、気には成るけど―



『ぐぎゆるぐるるりぎゅるるりる…』



「お腹が減った…お腹が減り過ぎてジジイがハゲて見える…。」



「言いたくは無いが、ハゲておるわ。

まったく…しかし光の民が対象では無いとなると…。よし、少し待っておれ。」



そう言ってタナス老は再度別の血を持って来た。

今度は何処かどす黒く、異様な雰囲気を出している。



「…」



「さあ、飲め…。」



「なんの血ですか?」



「…」



ジジイは無言で見つめ返す。

…これは教えてくれそうに無い。


…グロいな…。

また違ったら…。


しかし、飲まねばいずれ死ぬだけだ…。

俺は覚悟を決め、その血を口に含むと―



………!!!



うまい…!!



旨いぞーッッッ!!




なんか、ちょっと物足りない気もするけど、兎に角これは俺の食糧だ!!体を駆け巡る充足感!



「飲めますタナス老!!美味しいです!」



「………………………そうか。」



「はい!なんと言いますか、まるで子羊のモモ肉を香草と沢山の野菜と共に煮詰め、香辛料とほんの少しの塩で味を整えたスープの様です!

口の中で広がるハーモニーィイ!!」



「ゴブリンの血じゃ。」



「死ねぇぇぇえぇ!!」




ドゴォッ!!


と、いう音と共に俺はジジイの頭を殴った。

手がめっちゃ痛い。折れてる。



「腕が…腕がァァァァァァッッッ!?」



「…フン!

師の頭を殴るからじゃ。

自業自得じゃな。」



「師事するなんて言ってねぇだろハゲ!!

手がぁぁあ!!折れてる折れたぎぁぁぁぁぁ!!!」



「…案ずるな。糧を得た直後じゃ。

骨折ぐらい直ぐ治る。」



「そんな訳ねぇだろハゲ!!

この手を見てみろよ………ってあれ?」



そう言うが早いか、俺の折れた手は元の位置に戻り、段々と痛みが引いて行く。

折れたままの方向で治る訳では無く、折れる前の綺麗な状態に治っていたのだ。


そういやチートが有ったな…。



「…すげぇ…。」



「フム…確かに素晴らしい回復力じゃな。

不意討ちに飲ませたのは悪かったが、ゴブリンの血じゃと言えば飲まなんだじゃろう?

お前さんの食性を知るには試さねばならんかったしのう…。」



う…。

こう、“俺の為に”と言う前提に正論を言われると、こちらは何も言えない。

不必要な言い訳はイケメンのする事では無いのだ。



「…タナス老、いきなり手を上げてしまい、申し訳有りませんでした。

…僕の為に尽力して下さってありがとうございます。」



「うむ…。構わん。じゃて…。」



………………このジジイ!

暗に“弟子で無くば許さぬ”と言ってやがる!!

なんて奴だ!どさくさに紛れてこんないたいけな超絶イケメンを嵌めるなんて!!


…ムキに成って否定すれば何とかなるかも知れないが………。



…それは出来ない。



………



………俺もそこまで馬鹿じゃない。



「…どうした?」



ジジイがなに食わぬ顔で此方を見ている…。

ただ、その顔には多分のドヤァが含まれている。






…そして、それ以上の優しさが―。






命を救われ、施しを受け、過失があり、



…タナス老に、俺を弟子にするメリットなんて何一つ無い。

レッサーヴァンパイアと分かっただけで殺そうとしたのだ。この世界で、俺がどれ程厄介者かなんて、言われなくても分かっている。

タナス老は、俺が気に入ったなんて言っていたが、そんなのは見え透いた嘘だ。

何も分からず戸惑い、自分の有り様にも悩んでいた俺を気遣って、そう言っただけなのだ。




…俺が迷惑掛けない様に、最低限の話を聞いてから出て行こうとしてたのも見破られている。


その上で、こう言ってくれてる。








『此処に居て良い』と。







俺はジジイの手を取りこう言った。



「…ありがとうございます。師父タナス…。」








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