目覚め
「…ッて…!」
俺は痛みで目を覚ました。
気がつくと俺は地べたに前のめりに成って座っており、どうやらそのまま眠っていたらしい。
「ッいてて…。」
俺は首を押さえて、またそう呟く。
まぁ、これは誰でも経験はあるだろうが、“寝違え”と言うヤツだ。
こんな前のめりで寝てたのだ。
成るべくして成ったと思うべきだろう。
じわじわと続くであろう痛みを思い、俺は少し嫌気がさした。しかし―
「…あれ?」
俺を襲っていた痛みは、瞬く間に消えていったのだ。
「長引くと思ってたのに…流石俺。」
そう言って俺は黙る。
「…」
頭が今一ハッキリしない。
俺はどのくらい眠っていたのだろうか?
まるで、何年も眠り続けて、やっと起きた様な感覚だ。
「…シャワーでも浴びるか…」
そう言って、習慣に成っている朝風呂に入ろうとした時、俺は驚愕した。
「…は?」
“森”である。
何を言ってんの?
と思われるかも知れないが、森なのだ。
周囲には、ニレやブナの近縁種らしき木々が並び、獣らしき声が時折聞こえて来る。
「…どこだよここは…。」
そう呟いた俺は、状況の変化に思わず目頭を押さえてしまう。
しかし、その行為は俺に新たな驚愕を与えた。
「なっ!?」
自慢ではあるが、俺は高身長で比較的筋肉質な体躯をしていた。
しかし、こうやって自分の意思で動くこの右腕は、細く、筋肉による起伏は減り、滑らかに伸びている。
それこそまるで、幼齢の子供の様に―。
「…!」
徐々にハッキリしていく思考。
意味が分からない。
ここはどこだ?
どうやってここまで来た?
早く街に行かなくては。
どうやって?
自分の中で沸き上がる疑問を押さえて、状況を整理すべく俺は直前の事を思い返す。
「…確か俺は春菜ちゃんにフラれて…それで……!!」
記憶をたどり、直前の事を思い出し、その事実に驚愕する。
「俺…トラックに潰されたよな!?」
そう、
体は潰れ、血は流れ出し、視界は失われ、そして息絶えた筈だった。
しかし、俺は生きている。
理由は分からないが、俺は今、生きているのだ。
パニックを起こした俺の頭の中で、様々な事が浮かんでは消える。
―これは夢なのか?
いや、違う。この五感はこれが現実だと教えている。
―何故体が縮んでる?
分からない。分からない。
―本当は死んで無いのか?
いや、違う。あの自分の全てが流れ出る様な感覚は、間違いなく“死”だった。
何故かは分からないが、それには確信がある。
じゃあ、これは―
そこまで考えて、ふと最近読んでいた携帯小説の事を思い出す。
情けない主人公がトラックに跳ねられ、異世界に転生して活躍する物語だ。
「はは、まさかな…。」
そう一人ごちる。
読み物としては面白いものだったが、あれはフィクションなのだ。
“現実的では無い”。
自分でそう考え、そして気付く。
既に現実的な状況では無いのだと―。
「…」
俺は改めて周囲を見渡した。
恐らくは、ブナやニレの近縁種であろう木々が並んでいる。
それ自体は問題にはならないが、問題は他にある。
周囲に有る木の一本一本。
その全てが太さも、高さも、凡そ日本国内で見れる様なサイズではない。
それこそ、世界遺産に選ばれてもおかしく無い程に大きい。
「少なくとも日本ではない…か。」
俺はその事実に少し身震いをする。
何せ
だが、これからする事は、それ以上の事実を俺に教えてくれるだろう。
「…」
俺は覚悟を決め、ゆっくりと空を見上げ、そして愕然とした。
「…はは…」
俺は力なく笑うしかなかった。
弓の練習の為に、俺は星空を見て目を鍛えていた。
いつも見ていたカシオペア座も。
女の子のくびれみたいで好きだったオリオン座も。
北を教えてくれる北極星も。
そこには無かった。
燦然と輝く星空の下で、無数にある星達の下で、
俺はその事実を理解した。
この世界で、俺は一人なのだと―
「…異世界転生か…こりゃ時雨に謝りに行けねぇな…。」
きっと、ラノベや携帯小説好きなら一度は憧れたであろうこの展開も、俺の寂しさを埋めてはくれなかった。
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