顔のない三姉妹




 昔々の大昔、あるところに顔のない三姉妹がおりました。普通なら顔が在るべき所が三人ともつるりとしているのです。彼女たちには眼も鼻も口も耳もなく、まるで「ゆで卵に髪だけが生えている」ような姿なのでした。


 長女が産まれた時、両親は驚きすぎて失神してしまいました。次女が産まれた時、なぜ自分の子供ばかりが、と創世の女神を恨みました。そして三女が産まれると、またかと諦めました。


 口がないので食べ物も食べられないわけですが不思議なことに三人はすくすく成長しました。しかし両親は三人のことをだんだん疎ましく思い始めていました。何しろ三人は何も話せず、何も聞こえず、何も見えないのです。どうやって接すればいいのか見当がつかず、三人が何を考えているのかさえわかりませんでした。正直に言うと両親は娘たちを不気味にすら思うようになっていたのです。


 そんなある日、父親は三人の手を引いて出掛けました。何日も何日も歩いて遠く離れた人気のない場所まで連れていきました。そしてそこに三人を残し、ひとりで帰ってしまったのです。残された姉妹は自分たちに何が起きたのか全くわからず、暫くその辺りをただうろうろするばかりでした。


 そしてそれから数日が経つと彼女たちはその場でただ抱き合って動かずにじっとするようになりました。それがお互いの存在を確認する唯一の方法だったのです。そしてまた時間だけが過ぎていきました。


 姉妹たちが抱き合うようになり一週間ほど経った頃のことです。一人の青年がその場を通り掛かりました。彼は左手に大きな本のようなものを持ち、右手には鞄を持っていました。もちろん眼も耳もない三姉妹は彼に気が付きませんでしたが、彼の方は彼女たちに気が付きました。三人で肩を組んで下を向き道の真ん中に座り込んだ女性たち。彼は不審に思い、彼女たちに声を掛けました。


「君たち、こんな所で何をしているんだい?」


 反応がありません。青年は一人の肩を軽く叩きました。びくっと振り返った女性。そこに顔はありません。当然、青年は悲鳴を上げると思いきや、軽く驚いただけで平然と話を続けました。


「ほお、君たち、顔がないのかい? おお、三人ともか。ひょっとすると姉妹なのだろうか?」


 もちろん反応はありません。


「ん、なんだ、耳もないのか。いくら喋っても聞こえないんだね。こいつは困ったな」


 やはり反応はありません。


「よし、こうしよう。実は僕は画家なんだ。意外と有名なんだぜ。なにしろ僕が描いた絵は本物になるからね。よかったら君たちに顔を描いて……、ああ、聞こえないんだったな」


 青年はぶつぶつとそう言いながら鞄から筆と絵の具を取り出しました。


「じゃあ、顔を……、あっ、しまった、絵の具が足りないぞ。これじゃあ、ぎりぎり一人分くらいになってしまうな。さて、どうしよう?」


 青年は三姉妹を見て考えました。


「……仕方ない。不公平にならないように三人平等に分けるか」


 そう言うと青年はまず一番上の姉をいきなり捕まえました。何が起きたかわからず動転して暴れる彼女を彼は無理やり押さえつけ眼を描き入れました。綺麗に描かれた眼は瞬く間に本物の眼となって彼女に産まれて初めての光を与えました。彼女は未経験の刺激に戸惑い、力が抜けて動けなくなってしまいました。


 次に青年は次女を取り押さえました。逃げようとする彼女に無理やり口を描き入れたのです。産まれて初めて口を手に入れた次女は恐怖のあまり「ひああああ!」と大声で悲鳴を上げました。


「うわっ、うるさいな。あっ、そうか、俺以外は聞こえてないのか。よし、次が最後だ」


 いよいよ三女を強引に抱きしめた彼は彼女に耳を描き込みました。突然に音が聞こえ、その初めて聞いた音が次女のうるさい金切り声だった三女は出来たばかりの耳を手で押さえてうずくまりました。


 それから少し時間が経ち、彼女たちがようやく落ち着いてくると青年は満足そうに頷きました。


「うんうん、いい感じだね。鼻を描くことが出来なかったのは残念だが。ところで君たち名前は?」


 青年の問いかけに対し、声が聞こえるはずの三女も不思議そうな顔(?)をするだけでした。それというのも彼女たちは「言葉」というもの自体知らなかったのです。もちろん自分たちの名前はおろか、自分たちに名前があったのかどうかさえわかりませんでした。


「あっ、そうか、君たちには知識自体が何もないのだね、かわいそうに。待ちたまえ、ええと」


 青年は持っていた本のようなものを開きました。それは真っ白いただの紙でした。そこに彼は持っていたペンを使って「知識」と書き、それを三枚用意しました。そして今度はそいつを破り、くしゃくしゃに丸めると三人の頭に押し付けたのです。不思議なことにそれは三人の頭の中にすうっと消えていきました。その途端、三人の中で何かが変わりました。普通の人間たちが持っているような基本的な情報が脳に入ったのです。


「これでよし。じゃあ、僕が君たちに名前を付けてあげよう。しっかり覚えたまえ」


 青年は長女にミエル、次女にクッチ、三女にミミと名前を付けました。そしてまずミエルには紙に書いて見せて、それぞれの名前を教え、ミミには話して、それぞれの名前を教えました。しかしクッチにはどうやって教えたらいいか、青年はいくら考えてもわからなかったので仕方なく諦めました。


「じゃあ、これで僕は行くね。三人の力を合わせて幸せになるんだよ」


 手を振り去っていく青年をミエルとミミは手を振って見送りましたが、クッチだけが状況を飲み込めずいつまでもおろおろしていました。


 さて、また三人だけになった姉妹は結局途方に暮れました。今後どうするか、相談のしようがないのです。何しろミエルは眼が見えるので字を書くことが出来ますが、その書いた字を他の二人には見えません。ミミは音が聞こえるのですが口が無くて話せません。代わりにクッチは喋られますが、眼も耳もないので一方的に言葉にならない唸り声のようなものを上げるだけです。姉妹なのに何一つ噛み合わず三人は結局その場に居続けるしかありませんでした。


 それからさらに三日程経った時、姉妹にひとつの変化が起きました。クッチが突然倒れてしまったのです。それを見ていたミエルや倒れる音を聞いたミミは大変驚きました。青年に与えられた「知識」から二人は一つの推測をしました。


 きっと口が出来てしまったことでクッチは食べ物を摂らなければ生きていけない体になってしまったに違いない。おなかが空き過ぎて倒れてしまったのだろう、と。


 相談は出来ませんでしたが二人は同じ結論に達し、力を合わせクッチを担いで歩き出しました。すると半日ほど掛かり、ようやく村らしいものが見えてきたのです。


 三人が村に入ると一人のおじさんがこちらに背中を向けて畑仕事をしていました。ミエルたちは食べ物を分けてもらおうと彼に近づきました。気配に気付き、男は振り向きました。しかし異様な顔をしたミエルたちを見ると悲鳴を上げて逃げていってしまったのです。


 仕方なくミエルたちは次の人を探そうと歩き出しました。そこに逃げた男から噂を聞いた村人たちがぞくぞくと集まってきました。村人たちは遠巻きに姉妹を観察し、ひそひそと何かを囁き合いました。するとその陰から杖をついた老人が前に進み出てきました。


「おい、あんたらは何者だ?」


 それを聞いたミミはミエルに合図を送りました。自分たちを指差し、空中に字を書くような素振りを見せたのです。ミミが何を言いたいのか、理解したミエルは老人の所まで進み出て、木の枝を使い地面に自分たちのこと、これまでの簡単な経緯を書いて説明しました。


「……ふむ、なるほど、そうか、随分と苦労なさったのだな。そういうことなら我が家にいらっしゃ……、あっ、あんたは耳が聞こえないんだな。よしよし」


 老人はミエルと同じように地面へ字を書きました。


 わしはこの村の長セッシンだ。わしの家へ来なさい。食べ物も用意してあげよう。


 感激したミエルは何度も頭を下げ感謝を示しました。


「皆の者! 彼女たちは怪しい人ではない。これから私の家に来て頂くから心配するな。戻りなさい」


 村人たちを帰すとセッシンは三姉妹を自宅に案内しました。家には優しい奥さんが居て、事情を知るとすぐにご飯を用意してくれたのです。それを食べたクッチはおかげで元気を取り戻しました。セッシンはさらに泊まっていきなさいと紙に書いてくれたのでミエルたちは大喜びしました。


 その晩のことです。眠っていたミミはふと何かの物音を感じ目を覚ましました。気のせいかとも思いましたが耳を澄ますとはっきり聞こえるのです。それは遠くからこちらにやってくる大勢の人間の足音のようでした。耳しかないミミには普通の人間には聞こえないような音まで敏感に聞こえたのです。その音に嫌なものを感じたミミはミエルを起こしました。


 ミエルは眠い眼を擦りながら何事かと妹を見ました。ミミはそんな姉を強引に引っ張って外に連れて行きました。そして必死にある方向を指差すのです。ミエルは妹の指差す方向をじっと見つめました。すると何やら大勢の人影が見えます。眼しかないミエルは普通の人間では到底見えないような遠くのものでも見ることが出来たのです。そのおかげで真っ暗闇の中、こちらに向かってきている遠くの人影が盗賊の集団であることに気が付きました。驚いたミエルは慌てて村長を起こしました。寝惚けているセッシンにミエルは字を書いた紙を突き付けました。


 盗賊が今この村に向かってきています!


 驚いたセッシンは眠気もふっとび、すぐに外へ飛び出しましたが、もちろん何も見えず何も聞こえません。何かの勘違いではないかとも思いましたが、ミエルたちは真剣な様子です。それを信用した彼は急いで村に召集をかけました。村中の若い者が集まります。村長の話を聞いた連中は皆半信半疑でした。


 それでも村長の提案で村民たちは少しの間だけ村の入り口で待機してみることにしたのです。しかし暫くしても何も起きません。やはり彼女たちの勘違いか、そろそろ解散しようとセッシンが言い掛けたその時でした。風に乗って微かに足音のようなものが聞こえてきたのです。村人たちは身構えました。すると月明かりに照らされ武装した盗賊たちがとうとう現れたのです。


「ど、どういうことだ? こんな夜中なのに村人が村の入り口に集まってやがるぞ!」


 盗賊の頭と見られる男がやや狼狽した様子でそう叫びました。寝ている不意をついて襲うという作戦が完全に崩れてしまったのです。


「し、仕方ねえ。野郎ども、こうなったら力ずくでやるぞ!」


 盗賊たちは武器を抜きました。それに対して村人たちも予め武器として用意していた鍬や鋤を手にしていました。睨み合った双方は一触即発の状況になり今にも戦いが起こりそうでした。


 その時です。それまで何もせず姉と妹に連れられているだけだったクッチが突然歌い出したのです。それは世界を全て包み込むような音でした。耳のないクッチの口から出る音は声というより鳥の囀りや風の音に近いものでした。不規則に揺らめくようなその声は聞く者の心まで激しく揺らすのです。


 歌を聞いた人々は一瞬で動けなくなりました。やがて盗賊も村人も手にしていた武器を地面に落としてしまいました。皆、顔が青ざめ、がたがたと震え出してしまったのです。そのうち盗賊の頭が突然悲鳴を上げてその場から逃げ出しました。それをきっかけに彼らは次々と逃げ出し始めたのです。歌が終わると盗賊は誰ひとり残っておらず何事もなかったかのように村に静けさが戻りました。


 三姉妹の活躍のおかげで村には何の被害もありませんでした。村人たちは三人に厚く礼を言いました。


 次の日の朝、セッシンは旅の準備をしていた三姉妹にこう伝えました。


「君たちのおかげで村は助かった。ありがとう。昨日妻とも話し合ったんだが、どうだろう、このまま私たちの娘として村に住まんかね? 私らには子供もいないし、君たちがいてくれればこれからも村は大助かりだよ」


 喜んで三人はその申し出を受けました。それ以来、三姉妹はこの村で助け合いながら幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。




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